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 そんなことを言われて、それでも教えてくれとかいう奴が居るだろうか。

 いるとすれば、そいつはちょっとおかしい。

 少なくとも、俺には無理だった。

 

 気にはなる。

 というか、気になって気になってシャレにならないくらい気になるけど、好奇心よりも恐怖のほうが圧倒的に強い。

 

 この時俺は、ゴシック系ファッションの人間とは一生付き合わないと決めた。

 もし将来彼女ができた時、彼女がゴスを着ようものなら、すぐさま別れるだろう。

 こういうのを、トラウマという。

 

 とりあえず、そのことは置いておくとして、置いていけない問題が一つ。

 

「あの、その子なんですけど」


 肩に担いで逃げ回った女学生こと、荷物ちゃん(仮)。

 

 彼女は相変わらず苦しげな顔をしたまま眠っている。

 眠っているというか、気絶か。

 肌には数カ所傷。

 あー、顔にも傷が付いてんじゃん。女の子なのに。

 

 この子もえらく整った顔をしている。

 ちょっと幼い感じで(高等部の校舎にいたから高校生かと思ったけど、中等部なのかもしれない)、ややボーイッシュで、月明かりが長い睫毛に長い影を落としている。

 返す返すも傷つくのはもったいねぇな。

 

 ふと三つ下の妹、桜子さくらこのことを思い出す。

 もし、桜子がこんな風に怪我してきたら? ――そう想像してしまうと、このまま放り出す気にもなれなかった。

 

 というか、あいつが顔を怪我して帰ってきたら、多分親父が犯人を地の果てまで追いかけて殺すんじゃないだろうか。

 瞬間移動してもあの親父からは逃げられまい。

 

 それはさておき。


「その子、置いていくわけにもいかないかなって」

「ん、阿君の友達?」

「いえ、初対面です。というか、見つけた時にはもう気絶してたんで。その子、俺のこと認識してないと思います」

「ははぁ」


 加賀は何を納得したのか頷いて、


「いいよ」


 とそう言った。


「いいよ、って、何が?」

「いや、知り合いじゃないんだろ? じゃあ置いていっていいよ。あとはこっちで何とかしとくから」

「ええ……」


 それは無責任なのではないだろうか。いや、そうでもないのか?


「キミのことはちゃんと話しとくからさ。この子を守るために命をかけて逃げ惑ったことを」

「いまいちカッコ良くねぇな、それ……」

「そんなことないさ。なにより、キミはこの子を一度も見捨てようとしなかった。あの状況なら、この子を見捨てて逃げる方が生存率は何倍も高い。キミだってそれは理解してただろ?」


 だから誇ればいいよ、と加賀は笑う。


「見てたみたいに言いますね」

「ん、まぁそのくらいは想像つくよね」


 どんな勘だよ。

 

 ――と。そこで気づいた。

 

『――もう、5分経ってるぜ?』

 

 あの時、加賀は間違いなくそう言った。

 つまり――。

 

「……加賀さん、一つ質問してもいいですか」

「ん? なんだい?」

「カウントダウンの5分について、ゴス双子に言い渡されたのは、2階職員室の手前の廊下です。ここからじゃ絶対に会話は聞こえなかったはずです」

「うん?」


 俺は加賀を睨む。

 

「どうして5分のタイムリミットのことを知ってたんですか?」

 

 もしかすると。

 加賀は俺たちを救ったのではなく、奴らと同じように、俺たちを――。


「あー、なるほど?」


 しかし、加賀はよく気づいたね、と笑い飛ばした。


「どういうことか説明してもらえますか」

「そんなに警戒するなよ。単に最初っから見てただけさ」

「最初から……?」

「そう、最初から。ほっといてもいいかなーと思ったんだけど、巻き込まれた一般人君が、あまりに健気でさ。ほっとけなくなって、つい助けた」


 しかし、どうやって?職員室から遠く離れたこの部屋から、どうすればそんなことが可能なのか。

 

 いや、宙に浮く連中のことを考えると、そのくらいはあり得ることなのかもしれないし、教室のドアを軽く吹っ飛ばした加賀のことだ(どんな怪力だよ)、彼らと同じような「不思議な力」を持っているのは想像に難くない。

 

 いや、現実と乖離した出来事に、俺もちょっと麻痺してきてるのかもしれない。

 

「ま、そういうことだから」


 加賀の態度はあくまで軽い。

 かなりの長身なのに、威圧感がない。

 それどころか軽薄にさえ感じられる。


「この子については任せておいて。キミも疲れてるだろ。帰ってゆっくり休むといい」

「いや、置いていくってのもなんか……」

「どうして」

「いや、男性がいるところに、一人で置いていって、なんか間違いでも起きたら気まずいですし」

 

 俺がそういうと、加賀はキョトンと固まった。

 心底驚いているというか、呆れているというか、本気で意外だったっぽい。


(演技……には見えないな)


「いやぁ、そりゃあ僕を信用しろとまでは言わないけど、さすがにそんな趣味はないよ」

「そすか」

「ま、そういうことだからさ。とりあえず、キミも疲れただろ?家に帰って休みなよ。できれば今日のことは忘れてしまうといい」


 いやいやいや、さすがにこれ忘れるのは無理だろ……。

 

「わかりました。いえ、忘れるのは難しそうだけど、一度家に帰って休ませてもらいます、けど」

「けど、何?」

「いえ、学校がめちゃくちゃになってるんで、その辺もどうなのかなって……」

「ああ」


 加賀は笑って、

 

「今更だね」

「そうかもしれませんけど」

「うん。でも、それもさ。キミがやったわけじゃないんだからさ。とりあえず気にする必要はないんじゃない?」

「そう……ですかね?」


 いや、そうか?

 

「ああ、その辺も、まぁなんとかしておくから、心配しなくていいよ」

「なんとかって」

「大丈夫」


 そう加賀は請け負った。

 

 ▽


 華道室から追い出された俺は、結局荷物ちゃんを放置して帰路へつく。

 

 帰路はいつも通りで、先ほどの出来事は全部嘘なんじゃないかと思うくらいだった。

 

 心配していたようなことは何も起きなかった。

 まるで日常に戻ったみたいだった。

 

 思うところは山程ある。

 だけど――、今はとにかく休みたかった。

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