つい
「きさん、こんやろう!! 高梨しゃんの身体になんしょっと!!」
中村先輩の左頬に鮮やかな右ストレートがクリティカルヒットした。
「ひぇ――――――!! す、すいませんでした――――――!!」
李依の視界がまた切り替わる。再び映画館のあの現場である。右の拳がじんじんと痛み、とても熱い。外に目をやると全速力で遠ざかる先輩の後姿がかすかに視認できた。洗面台の鏡を見上げると、何やら文字が浮かび上がっている。誰かが、息を吹きかけて、指で描いたのだろう。
「間に合ってよかった」
わけもわからぬまま、李依は信人の家へと向かった。
「あらっ、高梨さん、今日は別の女の子が来てるわよ。信人ったらモテモテね」
「あっ、お母さん、おじゃましま――す」
李依は、完全スルーで階段をかけ上がり、信人の部屋をノックもせずに開けた。
「どういうこと!! 説明して!!」
息も整えぬままに言葉をぶつける李依。
「まずは、神坂さんにお礼からでしょ」
信人にさとされ、少し冷静さを取り戻す。
「本当に助かったわ、ありがとう、神坂さん」
「お礼だなんて、でも間に合ってよかった」
心の底から李依の生還を喜ばしく思ってくれているようだ。
「って、だから、どうなってるの! 説明して!」
李依は信人を睨み付けた。
「あの後、心配でずっと廊下で中村先輩と李依の心の声を聞いてたんだけど……」
「いい人っぽく言ってるけど、それってどうなの? 私の声は聞く必要あった?」
「まあ、それは、ついでに」
「ほんと、いい加減にして!」
声に出さなくてもすべて伝わってしまうという状況が李依の口を自然と滑らかにしていた。
「そうしたら、中村先輩のやべ――声が出るわ出るわ。二人の後を付けることにしたんだけど、途中で見失っちゃって、それで、神坂さんに急遽出動してもらったってわけ」
「後半、全然意味わかんないんですけど! なんでそこで、神坂さんが出てくるわけ?」
何かとても重要な部分を意図的にはしょられた気がして癇に障ったようである。
「言ってなかったっけ? 神坂さんの能力……」
「能力?」
――そう、そう、それをはしょるから分からなくなるのよ!
「私から言わせて下さい」
神坂さんが神妙な面持ちで李依の方へ近付いてくる。
「ずっと、前から好きでした。付き合って下さい」
「そっちじゃない!!」
相変わらず、ツッコミが早い李依。
「ごめんなさい。つい。」
――ついって何よ!!
この百合っ子こそが、推定時速60キロで坂道を下る信人の自転車に並走していた女子生徒である。
――あん中村げなゆうサッカー部んやつ、うちん高梨しゃんに手ば出しゅっちはどげんゆうこった! よか度胸しとる、ゆるされんちゃ! ちかっぱ羨ましか――
信人はこのストーカーチックな心の叫びに惚れ込み彼女を仲間に誘い入れたのである。
「高梨さんの緊急事態を知らされて、『交換』を使わせてもらったの」
――交換?
「私、一度会ったことのある人なら、その人の体に憑依できるの。10秒程度だけどね。正確にはその人と身体と中身が入れ替わるから『交換』って呼んでるわ」
「あなた、それってまじ? 本物の能力者じゃない!!」
「高梨さんだって予知能力者だって聞いたわよ。信人君だって私の心が読めるみたいだし」
「そんな、大層なもんじゃないわよ。それに、あいつのはただの覗き魔だしね」
「出た――、なんだか、扱いが随分ぞんざいじゃないですか?」
自分のターンはしばらく回ってこないと気を抜いていた信人。突然の攻撃に防御しかできない。
「あら、そう? 本当のことじゃない。変質者の方がよかったかしら」
すかさず、連続攻撃を食らう信人。
「お二人は仲がいいんですね」
少し離れたところから羨ましそうに二人を見つめる神坂さん。
「それはそうと答え合わせがまだだったよね。それで結局、何カップなのさ?」
「やっぱり変質者じゃない」
一瞬、沈黙する信人。
「ふ――ん、Dか――」
「信人、あなた!! また使ったわね!!」
そこへ、満を持して神坂さんが割って入った。
「おかしいな――、あのボリュームというか感触だと……EかFはあったんじゃないかなぁ――」
「神坂さん、あなた……まさか……」
「こぎゃん、チャンスそ――そ――なかっち、つい」
信人なんかよりも、よっぽど変質者に似つかわしい表情を浮かべる神坂さんであった。
「ついって、なんだぁぁぁぁ――――――――――――――――――」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます