リアリティ

「高梨さん、そのままじゃ風邪ひいちゃうわ。こっちにいらっしゃい」


 信人の母に連れられて李依は部屋を出る。一人取り残される信人。



「あの子友達少ないから仲良くしてあげてね」


 信人の母はバスタオルで頭を優しく撫でるようにして濡れた髪を拭いてくれた。二人はその瞬間お互いのことをなぜか本当の家族のように感じた。過去に存在した無数の分岐点のその先にそんな未来があってもよかったのではないかという根拠のない奇妙な感覚に襲われたのだった。ほどなくして、李依は照れくさそうに部屋に戻った。



「遅かったね。何かあった?」


 信人は李依が母に何かされるのではないかと、気が気ではなかったが、李依の表情を見る限り、その心配は杞憂だった。


「別に何もないわよ。それで、どういうこと?」

「まぁ――いろいろと例外はあるんだろうけど、総合的に考えると、物理法則に反することや確定済みの事象を覆すことはできないってところかな。ママとの一件は驚いたけど。不確定な事象であれば人の感情すら左右できる。それが分かっただけでも大収穫だよ!」

「左右できる?」


 李依は不満そうに信人を睨み付けた。


「ごめん、ごめん、予測できるって話だったね」

「あなたがそう言ってくれたんじゃない!」


 そして、信人は確信に迫る。


「で、やっぱり、お父さんのことは試したんだよね」


 彼女は小さく頷いた。


「お父さん死なないで」

「もう一度だけ、お父さんに会わせて」

「お父さんの声を聞かせて」

「お父さんに謝らせて」

「何百、何千回って、願ったわ。けど……叶わなかった……」


 水族館前でのあの怪異現象が、僕に李依の父親の魂が憑依したものだと仮定するならば、4つのうちすでに半分は叶ったと言っても良いのではないかと思ったが、李依の心の声は微塵もそんなことは語っていなかった。彼女は憑依などというあるかどうかも分からない非現実的で曖昧なものではなく、もっとリアリティのある明確な結果を求めているのだろう。そして、いつの日か、残り半分もすべて叶えてしまうのではないかという期待感、いや恐怖心を覚えたのだが、それを声に出して彼女に伝えることはできなかった。


「そして、君は、心を閉ざした」

「だって、人を不幸にすることしかできない能力だと思ったから」

「だから、人との関わりを絶つためにしか使わなくなった」


 信人は、今の李依の性格が、能力の弊害によってねじ曲げられたものだと改めて理解した。そして、明らかにされつつある本来の性格がどのようなものであったのか、さらに解明したいという好奇心を抑えることができなかった。

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