第4話 ペンドルトン子爵家の顛末


 研究所へ出勤してこず、連絡にも応じないことを不審に思ったジョージ・ペンドルトン博士の助手から警察へ届けが出され、ペンドルトン邸を訪れた警官は、呼び鈴を押しても何の応答も無く、外から見える広大な庭に、警備員の姿が一人も見えないことに不審感を抱いた。


 上司に相談して応援を呼び、踏み込んだ警官隊が見たものは、あちこち窓が割られ、ひどく荒らされた邸と、寝室で拘束されて死んでいるジョージ・ペンドルトン博士、および別室で、鎖に繋がれている全裸の少女だった。

 ジョージ・ペンドルトン博士の死体には多くの傷が残されていて、拘束されたままひどく暴れたような痕跡がいたるところにあり、眼球から出血し、肩関節は脱臼し、拘束された部分が擦れて骨が見えていた。

 死因は、数十回以上におよぶ執拗な殴打と、四肢への銃撃、男性器と睾丸の破壊、肛門へ差し込まれた鉄の棒、これらによる出血死だった。

 

 屋敷をくまなく捜索した結果、警備員と番犬たちの遺体が地下室で見つかり、その同じ地下室で、おびただしい数の女性と乳児の遺骨が見つかった。

 ただちに追加の人員が配置され、ペンドルトン邸は出入りを厳重に禁じられて、最初に突入した警官隊には厳しく箝口令が敷かれた。

 唯一生き残った少女は意識が混濁しており、すぐに警察病院の隔離病棟へ送られた。


 ゆっくりと平静を取り戻した少女から聞きとった『真相』は驚くべきものだった。

 この生き残りの少女は、生まれた時から邸内に監禁されており外へ出たことも無く、自身の年齢も、誕生日すら知らなかった。

 彼女以外にもいたという少女たちはいつの間にか邸から姿を消していたが、生き残りの少女を含めて、博士から日常的に性的な虐待を受けていたと語った。

 地下の遺体の検死結果も、少女の証言を裏付けた。DNA鑑定により、うち一人のごく若い女性の遺骨が、生き残りの少女との血縁関係、それも高い確率で母娘であることが示された。

 また、さらにおぞましいことに、生き残りの少女と遺体の幾人かは、DNA鑑定にて99%以上の確率で博士の実子であるとの結果が示された。


 邸内は荒らされ、いくらかの金品や薬品類が盗まれた形跡があった。

 街の監視カメラの映像には、深夜にペンドルトン邸の方向へ向かい、2時間後に逆方向へ走り去る黒いバンの姿が捉えられていた。

 警備員と犬は、頭を小さな何かで打ち抜かれ、いずれも一撃で殺されていた。

 ペンドルトン博士と警備員および犬は死後3日~5日、女性たちの遺骨は1年以上経過していると診断された。


 生き残りの少女は事件当夜、覆面を被った男たちに発見されていたが、何も手は出されなかった代わりに助けもされず、足を繋がれていたので発見までの数日、部屋にあった水だけを飲んで怯えて過ごしたと語った。

 

 状況証拠と、監禁され錯乱した少女の曖昧な証言から類推するしかなかったが、最終的には、『世界的に有名な博士は、長年にわたって多くの幼い女性を監禁し、暴行し、その結果、生まれた実子にまで手を出す非道な犯罪者で、恐らくはそれに関わる何らかの恨みによって、超能力者を含む犯人たちに強襲され、拷問されて殺された。犯人たちは少女の様子に同情して殺さなかったが、足が付くことを恐れて助けず、放置したのではないか』と推察された。

 


 だが、世界的に有名な研究者であり、貴族である老人のおぞましい実態など、国の、貴族の体面のため、ありのまま発表できるわけが無い。

 生き残った痛ましいとしか言いようのない少女の、今後の人生への影響を考えれば、なおさら公表はできない。

 貴族の都合と人道的対応が奇しくも一致し、事件の真相は隠蔽されることになった。




 世界の進歩に大いに貢献した偉大なる頭脳の突然の『病死』に、世間は驚き、嘆いた。

 ペンドルトン博士に身よりは少なかったが、唯一、血のつながりがある、博士が引き取る予定になっていた幼い姪がいたため、特例として故人であるペンドルトン博士の養子に入ることとされ、彼女には後見人が付くことになった。彼女が成人するのを待って、子爵位と財産が引き継がれる予定である。

 博士の多大なる知的財産、および研究成果は、ただ一人の親族である彼女の同意のもと、国と後見人に委ねられ、多大な金銭と引き換えにその権利の一切を放棄した。

 広大なペンドルトン邸は売りに出され、退院から半年後、彼女が本で読んで憧れていたという古都、ベクトラシティにある学園に通うことが許された。


 博士の死から2年が経過したころ、彼女が立地と外観を気に入り、買い取ってペントハウスに居を構えた古びたビルに、東洋人が個人で運営する調査事務所がテナントとして入っていた。

 年若い少女が大家としての挨拶に訪れた際に、探偵を一目で気に入って、護衛として雇用契約を結ぶことを強く希望した。

 後見人代理の弁護士は難色を示したが、最終的には『父性を求める彼女の境遇と強い希望』、『傲慢で奔放な他の貴族令息・令嬢にもまま見られる希望であり、だがそれらに比べればささやかな類の希望であること』を理由に、目こぼしされた。


 こうして子爵令嬢となった少女は、空いた時間にいつでもお気に入りの探偵に会いに来る環境を手に入れたのである。



◆◆◆



 ケンタロウ・クサカベは、きしり、とデスクチェアを揺らして雨音を聞きながら、軽く嘆息する。

 あれきりのつもりだった。

 道筋は示した。不要な痕跡を消し、都合の良い証拠を作って、ようやく警官が突入してくれたあの朝、僕たちは袂を分かち、レインは未来へ進んでいくものだと思っていた。

 ケンタロウの住んでいる街と職業を教えたのは、暗い過去に繋がる場所を避けられると思ったし、困ったときには手を差し伸べる程度には、同じ下衆からの被害者として感情移入したからだ。

 けれど……。


 微笑むレインを見ていると、荒れた心がいくらか凪いでいくのを感じる。

 同時に、あの鮮烈な復讐の夜のことも思い出す。

 安寧を求める心と復讐に酔う心は、互いに矛盾し、錯綜する。


「あの夜のこと。今でも夢に見るわ。月光を背負って狭い世界を切り裂いた私のジャバウォック。きっと一生、忘れられない。最高の夜だった」


 来客用のソファに深く腰掛け、湯気を立てるコーヒーに視線を落としながら、レインが口にする。

 似たことをほぼ同時に考えていたケンタロウは、心を見透かされているようで恐ろしく、また、通じ合っているようでこそばゆい。

 意図的に話題を逸らす。


「今日はミス・スミスは?」


 ケンタロウは、レインの後見人代理で、後見人の指示で同じビルで暮らしている女性弁護士のことを尋ねる。

 ミス・スミスは面と向かって言われたわけでは無いにせよ、あからさまに後見人から派遣されたレインの監視役であり、うさんくさい探偵の事務所にレインが度々訪れるのを、半ば諦めながらも苦々しく思っている。

 レインは唇を尖らせ、無粋な男に少しばかり恨めし気な視線を向けながら問いに答える。


「……仕事に出たわ。朝食を一緒にとってからね」


「あからさまな監視役の割には、さほど付きっ切りじゃないんだな」


「もともと弁護士としての仕事以外は割といい加減な人よ。どうもミス・スミスは弁護士だっていうプライドが高いみたいで、小娘の世話みたいな雑多なことはやりたがらないし。後見人の大貴族様も、過去について吹聴する気がなければ小娘一人くらいどうでもいいんじゃない? 大人しくしてれば放っておいてくれるのは楽だし、さすがにこの暮らしにももう慣れたけど、ほぼ毎日顔を合わせるのはやっぱり窮屈ね」


「勉強は順調かい?」


「当然よ。家庭教師ももう週一だけで良くなっているんだから」


「そりゃすごい。たった1年ちょっとで勉強も、貴族の作法も学び終えるなんて、優秀なんだな」


「ええ、そうよ。……ねえ、だからご褒美が欲しいわ」


 スチールデスク越しにケンタロウを見つめるレインの瞳は、悪戯っぽくて、幼い容姿にそぐわぬ色気を放っている。


「……できる範囲でなら、なんなりと、お嬢様」


「貴方にしかできないことよ」


 レインはソファの、自身の隣をぽふぽふ、と叩く。


「私を甘やかして。たくさん。夜まで。二人きりで」


 その微笑みは、あの夜の彼女に似て妖艶でいて、でも少しだけ違う。

 誰かに強いられたわけではなく、復讐のためでもない、彼女自身の望みだから。


 その笑顔に惹かれている。

 考えてみれば、最初に彼女の微笑みを見た時から。


 ケンタロウは頭を振って、ひとまず迷いや葛藤を振り落とした。

 デスクから立ち、窓のブラインドを閉め、彼女の隣に座って肩を抱き寄せる。

 レインは両腕をケンタロウの首に絡め、甘く、嬉しそうに、蕩ける様に笑う。


「愛しているわ。ロウ。私の悪魔。私の恋人。絶対、離さない。もう置いて行かせないから」


「……困ったお嬢さんだ」


 おとがいに指を触れて上を向かせ、ゆっくりと唇を重ねた。

 きっともう、2人とも、出会う以前の2人ではなくなっていて。

 少女は積極的に、男は消極的に、そんな自分を受け入れ始めていた。

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