第1話 復讐鬼


 霧が煙る倉庫街に灯る街灯は、滲むように狭い範囲を照らしている。

 深夜のこの物流倉庫内には木製のパレットに高く積まれたダンボールが整然と並んでいて、倉庫中央にはフォークリフトが通るための広い通路が白線で示されている。 

 就業時間を大きく外れた今は、倉庫内に彼ら2人以外の人影は無い。


 うち一人、腹の出た中年の男は、猿轡を噛まされ、両手両足を縛られ、倉庫の固く冷たいコンクリの床に転がされている。

 ワックスで整えられていた赤髪は乱れ、吊るしではない、深紫のオーダーメイドのスーツはすでに皺と埃まみれで見る影もない。

 呻き、睨み、もがく小太りの男を見下ろしながら立っている側の、黒いコート姿の東洋人の男は、低い、静かな、けれど明るく機嫌よさげな声で転がる男に語り掛けた。


「やあ、久しぶりだね、レスター・モーガン。今は超能力犯罪者を倒すヒーローで、騎士爵になったんだったな。……僕の自己紹介は不要だろう?」


「----! ----!」


 返事は当然ながら意味の読み取れない呻き声だけだ。


「会いたかったよ。ずっと。ずぅっとね。意味は分かるだろう?」


「ッ----?! ----! ----!」


 東洋人の男の口調とは裏腹な冷たい眼差しに、転がされている男、モーガンの呻き声がいくらか高くなる。

 額に大粒の汗が浮かび、睨んでいた眼も卑屈な上目遣いに変わる。


「悪いけど、お前の言葉を聞く気は無いんだ。不快になるだけだからね。お前は『2人目』で、『1人目』からいろいろと話を聞いてるからね」


「----?!」


 東洋人の男は話しながら、倉庫内にあった折りたたまれた台車を手に取り、肩に担ぐ。

 縦1mほどの大きめの台車は15kg以上はある重い物だが、片手で厚紙のように軽々と扱っている。ただの怪力にしては、やや挙動が不自然だ。元から宙に浮いているものを、ただ引っ張っただけのような、そんな動き。


「この台車が、モーガン、君の最期の晩餐だ。しっかり味わうと良い」


 ビュゥン! ゴッシャ!


「----!!!!!!」


 振り下ろされる台車。

 台車とコンクリの床に挟まれた、右の膝関節の砕ける音。

 男のくぐもった悲鳴。


「美味しいかい?」


 縮こまって呻く男を蹴り転がして反対を向かせる。


 ビュゥン! ゴッシャ!


 再び振り下ろされる台車。

 左の膝関節の砕ける音。苦鳴。


「僕に麻袋を被せて殴り続けた君たちの気持ちは、ちょっと理解できないな」


 ビュゥン! ゴッキャ!


 三度、振り下ろされる台車。

 肉の潰れる音。左の脛骨の砕ける音。泣き声の混じった悲鳴。


「だって顔が見えないと、つまらないじゃないか」


 ビュゥン! ゴッキャ!


 振り下ろされる台車。

 肉の潰れる音。右脛骨の砕ける音。太った男の悲鳴。悲鳴。悲鳴。


 モーガンの膝から下を歩けない程度に壊し終えた東洋人の男は、台車を再び肩に担ぎ、涙と鼻水と涎にまみれたモーガンの頬を革靴の底で踏みにじる。

 丈夫なゴムチューブを使った猿轡は、その程度ではズレもしない。


「ハハっ、僕はすごく楽しいよ。惨めで醜い、君の顔を見るのが」


 モーガンの腹に容赦の無い蹴りが入る。

 せりあがってきた吐しゃ物が猿轡に遮られて、モーガンの口と顔に飛び散る。

 精悍で整った東洋人の顔に浮かぶ、柔らかな、心底楽しそうな微笑み。


「君の能力は、『自分の体』と『掌をかざした先、約100mの細いコーン状範囲』に触れた超能力を消すだけだ。だからこうして後ろ手に縛り上げ、『超能力の絡まないただの暴力』や『君に直接影響を及ぼさない超能力』を振るえば、君は無力だ。敵が超能力を使わないと、他の3人が居ないと、君はただの太った中年に過ぎない」


 嘲りを込めて語りながら、じゃり、じゃり、と足で頬を踏みにじり続ける。


「さて、この後の予告をしておこう。ミッシェルを輪姦した君のイチモツは、息が止まる前に念入りにすり潰す。生まれ変わっても生えてこないくらいにね。それまでは……」


 ビュゥン! メキャ!


 中手骨が砕かれ、手指がばらばらの方を向く。

 悲鳴。


「体中を殴られて銃で撃たれた僕とミッシェルの気持ちを、体の端からゆっくり味合わせてやる」


 ビュゥン! メキャ!

 ……悲鳴。



 街灯が照らす深夜の倉庫街には人影は無い。

 ある倉庫内で一晩中響いていた騒音も、倉庫の外へはまったく漏れていなかった。


 静かな夜だった。



 

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