ヴィランを愛する穢れ姫
広晴
プロローグ
温かな風が吹く草原の夜空の下、2人の男が星を見上げている。
彼らはつい先ほどまで、ある邪悪との命を賭した死闘の只中にあり、犠牲を払いながらもその戦いを制したばかりであった。
先ほどまで共に戦った仲間、あるいは利害の一致から手を組んだ者たちは、すでに自分たちの居場所へ帰るためにこの地を去り、残ったのは定まった帰る場所の無い、旧知の彼ら2人だけだ。
彼らは2人とも東洋人の男で、年配の方がライターで煙草に火を付け、煙をくゆらせながら、30代くらいのもう1人に話しかける。
「なあ、これからどうする?」
比較的若い方の東洋人は、目線を夜空の星から年配の男へ降ろし、自身の気持ちを確かめる様にゆっくりと返事をする。
その瞳は、先ほどの星を見上げていた邪気の無いものから、煮え滾るような熱を孕んだものに変わっていた。
「僕は……僕を殺し、友をも嬲って殺した連中を殺しに、あの国へ帰るよ」
年配の男は、胡乱な目線を若い方へ向ける。
「はあ? 誰にも誇れないとはいえ、あの
「お前自身が自分を英雄などとは思ってないだろうが。……仮にそうだとしても、奴が撒き散らした混沌の源が消えたわけじゃない。世界は元に戻らないが、その混沌に乗じて富と栄誉を手に入れ、他者を踏みしだいたあの連中は、僕が必ず殺す」
「正義の味方気どりか? 青二才が」
「ニヒル気どりの老人に言われる筋合いはない」
静寂。
ガツンッ!
彼らが互いに放ったパンチを互いにガードする。
ガンッ! ゴッ!
拳と蹴りが互いを襲い、攻撃と防御を交わしながら足を止めて殴り合う。
攻撃には容赦の類は見られない。
ゴンッ!!
クリーンヒットが互いに入り、ふらついて少し距離が離れる。
「……分からず屋が」
「……綺麗ごとで僕を止められると思うな」
年配の男はペッ、と血が混じった唾を吐き捨てる。
「……勝手にしろ」
「……元よりそのつもりだ」
2人は背を向け合い、違えた道を歩き出す。
「おっと、そうだ」
年配の男が何かを若い男に投げる。
片手で受け取ったそれは、一本の何の変哲もない鍵だった。
「帰るなら事務所の掃除をやっとけ」
「……引き受けてやるよ」
「達者でな」
「そっちもな」
2人はそのまま別々の方角へ歩き去った。
夜空の星は瞬き、その地には、ついに誰もいなくなった。
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