ヴィランを愛する穢れ姫

広晴

プロローグ


 温かな風が吹く草原の夜空の下、2人の男が星を見上げている。


 彼らはつい先ほどまで、ある邪悪との命を賭した死闘の只中にあり、犠牲を払いながらもその戦いを制したばかりであった。


 先ほどまで共に戦った仲間、あるいは利害の一致から手を組んだ者たちは、すでに自分たちの居場所へ帰るためにこの地を去り、残ったのは定まった帰る場所の無い、旧知の彼ら2人だけだ。

 彼らは2人とも東洋人の男で、年配の方がライターで煙草に火を付け、煙をくゆらせながら、30代くらいのもう1人に話しかける。


「なあ、これからどうする?」


 比較的若い方の東洋人は、目線を夜空の星から年配の男へ降ろし、自身の気持ちを確かめる様にゆっくりと返事をする。

 その瞳は、先ほどの星を見上げていた邪気の無いものから、煮え滾るような熱を孕んだものに変わっていた。


「僕は……僕を殺し、友をも嬲って殺した連中を殺しに、あの国へ帰るよ」


 年配の男は、胡乱な目線を若い方へ向ける。


「はあ? 誰にも誇れないとはいえ、あのそびえ立つクソを倒した俺たち9人は、人類の英雄サマだぞ。お前がヒデエ目にあってから6年? 7年か? どっちでもいいが、今更なにつまらねえこと抜かしてやがる」


「お前自身が自分を英雄などとは思ってないだろうが。……仮にそうだとしても、奴が撒き散らした混沌の源が消えたわけじゃない。世界は元に戻らないが、その混沌に乗じて富と栄誉を手に入れ、他者を踏みしだいたあの連中は、僕が必ず殺す」


「正義の味方気どりか? 青二才が」


「ニヒル気どりの老人に言われる筋合いはない」


 静寂。


 ガツンッ!

 彼らが互いに放ったパンチを互いにガードする。


 ガンッ! ゴッ!

 拳と蹴りが互いを襲い、攻撃と防御を交わしながら足を止めて殴り合う。

 攻撃には容赦の類は見られない。


 ゴンッ!!

 クリーンヒットが互いに入り、ふらついて少し距離が離れる。



「……分からず屋が」


「……綺麗ごとで僕を止められると思うな」


 年配の男はペッ、と血が混じった唾を吐き捨てる。


「……勝手にしろ」


「……元よりそのつもりだ」


 2人は背を向け合い、違えた道を歩き出す。


「おっと、そうだ」


 年配の男が何かを若い男に投げる。

 片手で受け取ったそれは、一本の何の変哲もない鍵だった。


「帰るなら事務所の掃除をやっとけ」


「……引き受けてやるよ」


「達者でな」


「そっちもな」


 2人はそのまま別々の方角へ歩き去った。


 夜空の星は瞬き、その地には、ついに誰もいなくなった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る