第8話 偵察

ボカン山、その中腹。


カイト達一行はとあるモンスターを討伐するため、周囲を捜索していた。


「はぁ、疲れた。」


「もー、この依頼選んだのカイトでしょ?」


「そーだけどこんなに険しい山とは思わなかったし」


赤髪の女に対し、ふてくされる表情を見せるカイト。


「まぁまぁ、身体の疲れは私が癒やして差し上げますから」


「あー、それめっちゃいい」


側にあった岩に腰掛け、伸ばした足を紫髪の女に揉ませながら締まりのない表情を浮かべる。


それ見て赤髪の女が頬をふくらませている。


そんな一時の休息。


「カイト、そろそろ!」


上から聞こえてくる声。

木のてっぺんによじ登り、周囲を捜索していた金髪の女が何かを見ながら声を上げている。


「えー」


「今一人、二人やられて。後二人!」


「はいはい」


気だるそうに返事を返したカイトは紫髪の女に目配せする。

すっと従者のごとく揉んでいた足を離した紫髪が、


「続きは帰りにしましょう」


「おーっし」


立ち上がったカイトが金髪の指示のもと、木々の間を駆け抜ける。


数分後、正面に現れたのは大きなとぐろを巻いた蚯蚓のようなモンスター。

シワシワの頭の先にはねじ巻き型の角が生え、小さく裂けた口から漏れる吐息がうっすら地面を溶かしている。


高難易度依頼に指定されるブロスハムと呼ばれるモンスター。


うねらせた身体がずるずると音を立て、近くに生えている巨木に接触する。


ブロスハムの身体がわずかに擦れただけでその幹の表皮はガリガリと削れ、巨木は瞬く間に倒れていった。


ブロスハムの外皮は鋭いヤスリのようになっており、少し触れただけでも大怪我は免れない。


近接戦を得意とする前衛職の冒険者が最も忌み嫌うモンスターである。


加えて魔法に対する耐性も強く、並の魔法使いでは十人数を揃えた所で彼のモンスターの外皮を貫くことはできない。


そしてそんなモンスターの目の前に倒れ伏しているのは脇腹に血をにじませ、満身創痍の冒険者。


髪を後ろで結び、気の強そうな目つきが特徴の女冒険者だ。


彼女のパーティーと見られる者達は周りに見えず、いくつかの濁った血溜まりが存在するだけ。


そして唯一生き残った彼女もシュルルと音を立て吐息を吐き出すブロスハムによってすぐに血溜まりと化すことだろう。


瀕死の獲物を前にブロスハムが身体をくねらせ、バネのように伸縮した身体を伸ばす。


まさに絶体絶命の状況。


その状況下を目撃し、カイトはその口元を歪めた。


「ナイスタイミングっ」


右手に光を収束させながら、わざと女冒険者の前へ飛び出す。


すぐに放てた光を溜めながら、詰める必要のない距離を詰めたカイト。

女冒険者の視界に自分が映っているのをちらと確認してから、その右手に宿した光を正面に掲げた。


眩い光が放たれ太く巨大な光の線が真っ直ぐにブロスハムを撃ち抜いた。


伸びてきていた頭から胴の七割を消し飛ばし、ブロスハムは即死した。


勢いを失った身体が勢いよく地面に倒れ、小さく地響きが起きる。


カイトは標的が死んだのを確認し、歪んだ口元を引きむすんで表情を作ると、


「大丈夫っ!?」


必死さが伝わるように声を上げ、迫真さを演出する。


「え……」


未だ何が起きたのかわかっていない窮地を救われた女冒険者。


「……怪我してる。早く治療しないと」


今気づいたとばかりに脇腹の傷をみて予め用意していた治療薬を取り出す。


「俺はカイト。君は」


「アイリーン」


「アイリーン、君の仲間は?」


そう問うとアイリーンは呆然としていた表情をくしゃりと歪め、その眦から涙をこぼす。


「み、皆あいつに……」


「そうか……。ごめん、僕がもっと早く来ていれば」


そう言ってカイトは涙を流すアイリーンを抱きしめる。

抱きしめられたアイリーンは一瞬抵抗しようとしたものの、カイトの言葉を聞いて嗚咽をもらしながらその背中にしがみついた。


自分の胸の中で泣いているアイリーンの温もりを感じながら、カイトはほくそ笑む。


こうしてまた一人の救世主となったカイトはアイリーンが泣き止むのを待ってパーティーメンバーと合流した。


傷心のアイリーンをパーティーに加えたその帰路。

カイトは徹底的にアイリーンに優しくし、丁重にもてなした。


仲間を失った彼女の悲しみに寄り添い、今回の依頼で失った武器や防具なども良ければ用意するとこれからの冒険者生活への手助けを約束した。


元のパーティーメンバーはそうしてカイトがアイリーンに構うのを不満そうに見つめていたが、カイトがこうして弱った女冒険者に優しくするのはいつものこと。


もし不満を口にすればカイトが不機嫌になると分かっているため、口を挟むことはない。


窮地を救われ、ひたすらに優しくされたアイリーンは戸惑いながらもカイトの言葉に耳を傾け、その横顔に自然と熱い眼差しを送る。


いつものこと……そう。

これはこれまで何度も繰り返してきたカイトの手口。


絶対絶命の女を探し、あえてその命の危機が迫るまで待ち。

タイミングを計って助け出す。


そうやって何人もの女を口説いてきた。


弱った心につけこんで、徹底的に優しさを見せる。


そうして距離を縮める。


また一人窮地の女を自分が救ってみせた。

カイトはその胸の内が満たされていくのを感じた。


仲間を失い、心も身体も傷ついた女が潤んだ瞳と共に自分を頼ってくる。


この瞬間がたまらなく気持ちがいい。


ギルドで高難度の依頼を受けるパーティーを調べ。

そのパーティーの中にいる女をチェックして好みならその後を追い。

標的が一人になり、窮地に陥るよう仲間達に要請して環境を作る。


そうして自分が最も魅力的に映る登場を終え、呆然とこちらを見上げてくるあの表情といったら。


「癖になっちゃったなー」


「……何か言いました?」


「いーや、なんでも」


呟いた言葉はアイリーンにはよく聞こえなかったらしい。

適当に誤魔化して、カイトはどうやってアイリーンを宿に連れ込むかを考えていた。


そんなカイト達から離れること数キロ。


「……なるほど」


千里丸薬を飲み込み、はるか遠方までを見渡すトトフがカイト達が帰路につくのを確認して目を閉じた。


トトフの存在が彼らにバレた様子はない。


「探知系の魔法は使えない、もしくは使ってないだけか。それでも遠くからの狙撃は有効かもな」


連日、トトフはこうしてカイト達のパーティーを付け回してはその情報をかき集めていた。


決して姿を見せず、距離を取り。


カイト達がどう戦うかを観察する。


「にしても毎回毎回一撃……。もう少し手の内が見れそうだと思ったが」


奴等は、というかカイトの行動目的は事前に聞いていたとおり。

窮地に陥った女の命を救うという馬鹿げた英雄気取りをするために動いているらしい。


やっていることは馬鹿らしいがあのチート能力は何度見ても脅威だ。


これまで三度奴等が高難度のモンスターを殺す場面を盗み見たが、どれだけ討伐難度が高いモンスターであろうとすべて一撃。

苦戦なんて気配は微塵もなく、カイトが掌をかざしただけで終わり。


他にどんな攻撃パターンがあるか何もわからなかった。


「女に見せつけるようにすべて一撃……、それで十分だからか?」


いや、違うなと首を振る。

ここ数日観察していて気づいたのはカイトが思っているよりもずっと子供のような振る舞いをすること。


どうせ女の前でカッコつけたいとかそんなところだろう。

強い自分をあえて見せつけるような素振りが多い。


話には聞いていたが実際にモンスターに襲われる寸前まで助けるタイミングを見計らっている様はいっそ邪悪さすら感じる。

あのブロスハムというモンスターが助けられた女冒険者のパーティーを壊滅させるまで時間を潰し。

そうして標的の女が一人残るのを金髪の女に見張らせ、報告を待つ。


今回はなかったが標的の女が殺されそうになればバレないように横槍を入れ、狙いの女が間違って死なないように舞台を整え。


そうして待っている間はヘラヘラと女に足を揉ませる……まるで王の如き振る舞い。


「チート能力をもらっただけのガキが……」


圧倒的な力。

この世界でその力によって思い通りに振る舞い続けた結果があのざまというわけだ。


借り物の力を誇示し、女を侍らせ愉悦を味わう。


痛みも苦しみもない彼の冒険はさぞかし快適なのだろう。


逆らうものはすべてねじ伏せ、強大だと呼ばれるモンスターも一撃で屠る。


それなのにああやって回りくどく手を回し、女が自分に惚れるように舞台を整えているのは一体何が理由なのか。


「ま、興味ねぇけど」


トトフは懐から取り出した干し肉にかじりつく。


「それにしても無駄に働くなあいつら」


それは奴の底なしの欲望によるものなのか、これだけ高頻度で依頼を受けるのはかなり珍しい部類に入る。


一度依頼を受け、街へ戻り。二日ほど羽を休め、また依頼へ出る。

トトフが三度の依頼を付け回して把握した彼らの行動パターン。


つまり、ここから街へ帰り奴等は二日休息を取る。


「……」


もう二週間以上奴等を監視し続けた。


しかしそれでもあのチート能力の全容は見ることが出来なかった。

ただ放つだけでどんなモンスターであろうともほぼ即死まで持っていく強力すぎる能力。

仮にあのチートに他の使い方があるにしろ、奴がそれを使う可能性は限りなく低い。

モンスターはすべて一撃。

奴に絡むような冒険者はおらず、盗賊、山賊といった類の輩には仲間の女たちで手が足りてしまう。


これ以上監視していても同じ光景の繰り返しだろうことが想像に難くない。


なら、もう仕掛けるタイミングはここだろう。


本当は慎重に慎重を重ね、全ての懸念事項を排除して奴のすべてを丸裸にしてから襲うのが一番。


しかしそれをするにはどれだけの月日がかかることやら。

元よりリスクは承知。


「よし」


トトフはペッと小さな骨片を吐き出し、奴等よりも早く街へと駆け出した。

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