第7話 準備

「そうして戻ってきたのは中衛を担っていた一人だけ。パーティーはほぼ全滅した」


平坦な声、感情が抜け落ちたように語っていたマムロッドが静かに言う。


「生き残った彼は激昂しながらギルドにいた異世界人に詰め寄ったそうよ、お前が横槍を入れたせいでジャムジャマが暴走した。そのせいで仲間が死んだのだと」


危険行為なんて言葉では言い表せない最悪の行為を行ったチート野郎。

そのせいで仲間が死に、一人生き残った彼の気持ちを想像すれば自然と拳に力が入る。


「激高する彼に異世界人は、自分は悪くない仲間の友達の仇を取ろうとしただけと平然と言ってのけたそうよ。当然すぐに乱闘騒ぎになって話を聞いたギルドが異世界人に厳重注意を下したわ」


「冒険者同士のいざこざには不干渉を貫くギルドだけどキッテス達のこれまでの貢献度を考えると無視できなかったのね、ギルドは異世界人に対しキッテスパーティーの要求を呑むように言ったの。そうしなければ今後ギルドで仕事を受けられなくすると」


「生き残った彼が『キッテスは恋人のためにこの依頼を受けた。彼女に買うはずだった薬の金額と、今回の被害の賠償をしろ』と要求すると異世界人はふてくされたような顔をした後舌打ちを一つして渋々承諾した……」


「そうして届けられた薬で私の病は治り、こうして今も生きているわ」


語り終えたマムロッドが顔を伏せる。

淡々と語っていたはずの彼女が、喋り終えた瞬間から肩を震わせている。

それは悲しみか、怒りか。

ぐっと唇を噛みしめる彼女の表情は俯いて見えない。

しかしその激情は言葉にせずとも伝わってくる。


「キッテス達が死んで、なのに、私は生きているのよ!」


顔を上げたマムロッド。


その瞳には言い表せないほどの感情が宿っていた。


それは自分を救うために命を落とした恋人に対する悲しみか。


ただ与えられるだけ、何も出来ず救われた自分への無力感か。


「けど、最も生きていちゃいけない奴がいるわ」


しかし最も色濃く映るのは恋人を死に追いやった男への憎しみ。


その憎悪が彼女の震えを止める。


「……教えて。あなたに協力すれば、あの男を殺せるの?」


「あぁ」


「絶対に?」


「俺が確実に奴を葬ると誓う」


はっきりと、トトフは告げた。


「……」


しばしの沈黙の後、マムロッドは口を開き、


「ならあなたに協力するわ」


「本当か?」


「えぇ。あいつを殺せるならなんだってやってみせるわ。それで私はどこにあいつをおびき出せばいいの?」


「いやそれはまだ決まってなくてな」


「それならーー」


そう言ってマムロッドがある場所を提案してきた。


「ここならあいつを連れ出しやすい」


「……ならそこにしよう」


「時間は? いつ?」


「こちらの準備ができしだい、伝えに来る」


奴を嵌めるためにはまだやることがある。

マムロッドにはそれらが終わってから奴を誘い出してもらう。


そう言って席を立ち上がり、トトフは扉を出た。


「必ず奴の死体をお前の元に持ってくる」


「別に死体なんて見なくたっていい。ただこの世から葬ってくれればそれで」


扉を閉める時に見えたマムロッドの視線。

その暗く冷たい眼差しに強力な味方を得たという実感が湧く。


「協力者は得た……。後は」


トトフが出ていった後の家。

扉が閉まり、隙間から入ってきた風が再び家の中を揺らす。


マムロッドは扉の前に立ったままじっと正面を見据えている。

美麗な口元をわずかに釣り上げ、見るものを凍りつかせるような冷たい笑みを携えて。


「力に溺れし者……彼に代わって私が死の使いを送ってあげる」


底冷えする声と共に呟かれた怨嗟の響き。

カタカタと揺れる家の中で復讐の炎は絶えずその灯火を膨らませ続けた。


ーー


森の中、トトフは駆ける。


木の根を跳び越え、目の前を走る小型モンスターの背に迫る。


モンスターはトトフの気配から必死に逃げようと鼻息を荒くしながらドッドッと足音を立てて走る。

しかし逃げるモンスターとトトフの距離は徐々に詰まっていき。


「ふっ」


きらめいた銀閃が前を走るモンスターの足を切り裂いた。


グモゥと悲鳴を上げたモンスターが身体のバランスを崩す。


そのまま強く地面を転がり木の幹へと衝突、ひくひくと痙攣するその首元へナイフを振り下ろした。


「大分動けるようになったな」


肩の激痛は鳴りを潜め、それに伴い全身の倦怠感もなくなった。

腕もこの通り動くようになった。


もうモンスターだって倒せる。


完全に治り切るまでそうかからないだろう。


そうして森の中を走っているとふと妙な匂いを感じた。


「この匂い……」


嗅いだことのある匂いだ。

トトフはすんすんと匂いを嗅ぎながら周囲を見渡す。


周りに生えた薄い白みがかった幹の木。

その幹へと近づき、コツコツと軽く拳で叩いて音を鳴らす。


「ここはもしかして……」


一つ木を叩き、音に耳を済ませる。


なんの動物だか知らぬ低いうめき声。天敵にでも絡まれたらしい鳥の群れがバタバタと飛び去る音。

木の葉を踏みしめる音や枝の折れる音。

昆虫達の羽音など色々な音があふれる中、トトフは意識を集中させて目当ての音がしていないかどうか静かに感覚を研いでいく。


一本の木を聞き終わったらまた隣の木に近づき、叩く。


何十本と生えている木々の何かを確かめながらトトフは音を鳴らし続ける。

トトフはそれから目に映る木すべてに同じ作業を行い続けた。


陽は陰り、半日を越える時間をそうして過ごした。


その夜、ギルドを訪れたトトフはこの前と同じように会議用の机を一つに陣取った。


「で、マムロッドに協力は取り付けられたのか?」


「あぁ。成功した」


先に座っていたラタンの正面に腰を下ろす。


「自分で紹介しておいてなんだが、まさか本当に協力してくれるとはな」


意外そうに喋るラタンは言った後その表情を少し厳しくすると、


「じゃあいよいよ本格的に、か」


「あぁ。まずは奴等の動向を探る」


「……本気でやるんだな」


「くどいな、もう何度も言ったろ」


ラタンは一つ大きなため息をついた。


「だってよぉお前。相手が相手だ。一つ間違えれば即死だ、そりゃ知り合いがトチ狂ってないか確かめるのも無理ないだろ?」


そうして再三の確認を取ってもトトフが考えを変える気がないと悟ったのかラタンは肩をすくめる。


「情報は渡す、だが協力はしない」


「分かってる。で、今あいつらが何の依頼を受けてるかわかるか?」


「ソリドの谷に行ってるはずだ」


ソリドの谷とはこの街を出て東にしばらく進んだ先にある大きな渓谷の名称だ。


馬車に乗れば半日で着く距離にある。


「ミンプルの甲羅狩りだ。パーティーが一つ依頼を受けた後に奴等も出発したのを見た」


今から向かっても行き違いになるかもしれないな。


「明日の夜には戻ってくるか?」


「あぁ? 異世界人だぞ、速攻で片して昼には戻ってきてるだろうさ」


「わかった」


トトフは懐から出した金を机に置く。


「とりあえず奴等が戻ってくるのを待つ」


ラタンがその金を懐にしまうのを見て席を立つ。


協力者は一人増えたが準備を進めるのはトトフ一人。

やれることをやっておかなければならない。

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