第5話 紹介

四日目

今日からは少し違う責め方で協力者を得ようと思う。

昨日の光景を見て、冒険者たちは誰しもあいつらに強い怒りを抱えていることは確認できた。

しかし、それでも表立って奴等に何か言おうとするものはいない。


そこで、冒険者達の中でも特別に奴等に強い恨みを持っている人間を探すことにした。

奴等が憎くて憎くて仕方ない奴に積極的に声をかける。


言うなれば志を同じくする同士を見つけるのだ。


恨みが強ければ強いほど奴に復讐したいと、協力してくれる確率は高くなるはず。


ただ漠然と奴等に怒りを覚えている奴にあたるより成功率は上がると俺は踏んだ。


今日は数人知り合いの姿が見受けられたのでそいつらから話を聞くことにする。


「……知らねぇな」


「そうか」


「あぁ、悪いがちょっと心当たりがない」


立ち去っていく男に手を上げて、俺は机に突っ伏した。

本日四人目の相手が空振りに終わった。


場所は依然としてギルド。

話し合いの場として設置された場所、机と椅子が並び、依頼内容の相談やちょっとした作戦会議なんかによく使われている。


「くそぉ……」


同士はなかなかみつからない。

皆等しく奴等への恨みを抱いては要るが、それはどれもこれも皆同じ内容で。

我が者顔で割の良い依頼を独占しているのが気に入らない。

女ばっかに囲まれてムカつく。

といった文句ばかりで、特別個人的に奴らに何かされたという人物はいなかった。


それでも今まで話しかけた者たちよりも恨みの深いやつらだったせいか、いつもとは少し違った話を聞くことができた。


それはチート野郎についての話。


まるで酒の席であるかのように溜まった愚痴がこぼれ出てきた。


たまたま討伐依頼の帰り際に奴を目撃した時の話。

奴は自慢のチートを存分に振るい、とある女冒険者を助けていたのだという。


巨大なモンスターを一撃で仕留め、うずくまった女冒険者の元へ流れるように近づいていった。


そしてまたまたとある日、森の中を歩いている時木の陰に隠れているチート野郎を見かけた。

奴はしきりに陰から顔をのぞかせてはどこかを覗き見ていた。

男がチート野郎の視線を追うとそこにはまたしてもモンスターに襲われている女冒険者の姿。


それも襲っているモンスターはアウルボウル。


鞭のようにしなる尻尾を持ち、その鋭い鋒を自在に操るのが特徴。

ベテランの冒険者数人がかりでようやく渡り合えるモンスターだ。


何をぼさっと見ているんだと男が駆けつけようとした瞬間に女冒険者の剣が吹っ飛び、丸腰に。

無防備になった女冒険者はそのまま為すすべなくアウルボウルの餌になろう、というその寸前でまばゆい光が放たれ、女冒険者を襲おうとしていたアウルボウルの頭が消し飛んだ。


へたり込む女冒険者へすぐさま駆け寄るチート野郎。

歯の浮くような台詞を並べ立て、腰を抜かした女の冒険者の肩を抱いた。

命を救って貰った女冒険者は涙混じりにチート野郎に感謝していたという。


しかし本来なら彼女がそこまで追い込まれる前に助けられたはずだ。


それなのに奴は木の陰に隠れ、タイミングを見計らったかのように光線を撃った。


その後も男はチート野郎が冒険者を助ける場面を何度か見かけたという。


助けられているのは必ず女冒険者。


そして必ず窮地に陥る瞬間にチート野郎が現れた。


男曰く、あれはわざと女冒険者がギリギリの場面に陥るまで待ち、勇者のように助けているのだと。

また、その際にパーティーメンバーの姿はなく、必ず男一人だったと。


話を聞いた冒険者達のうち、全員が奴のこの行動を目撃しており。

奴は討伐依頼ではなくわざと危機的状況の女冒険者を助けることを目的に動いていることがあるという。


掲示板の前で難易度の高い討伐依頼ばかりを眺め、既にその依頼を受けたパーティーがいるか受付に確認しているのを目撃したという者もいた。


「神からもらったチートで英雄気取りか」


反吐が出る。


だが以前聞いた話と合わせてこの情報は使える。


俺はそのまま聞き込みを続けた。


今度は女冒険者へと積極的に声を掛け、話を聞いた。


そうしてさらに分かったのが奴の英雄ごっこの標的となった女冒険者達は、皆難易度の高い依頼を受けていたこと。

そして彼女らに共通していたのは戦っている際にパーティーメンバーと離れてしまい、モンスターと一対一の状況に追い込まれてしまったこと。


彼女らの内の何人かは奴に対して好感を持っている者もいた。

曰く、危ない所を助けていただいた上にとても優しくしてもらったと。

ただそれと同時に一緒に依頼を受けないかとかなり強引に誘われたり、一緒に街へ買物に出かけないかと誘われたりしたらしい。


一方で奴のことを毛嫌いしている女冒険者の話では。

助けて貰った後の誘いを断ると急に態度を急変させて、拗ねたようにあっそと吐き捨てて立ち去っていったり。

かなり恩着せがましく、「助けてやったのにその態度は何だ」と激昂されたのが印象的だったと語る女もいた。


聞き込みした話をまとめると、

チート野郎は女冒険者を助けるために行動する。

必ず女冒険者が一人、かつモンスターに襲われ絶対絶命の瞬間を狙う。

その際、パーティーメンバーの姿は何故か見当たらない。


チート野郎は女好きだ。

助けた女冒険者と関係を持とうとしているのなら、パーティーメンバーがいないのはチート野郎が自らメンバーを遠ざけている。

なんなら女冒険者が一人孤立するような状況を作るのに協力させていてもおかしくない。


自分たちで危機的状況を作り出し、それを助けて自分への心象を良くする。

なんとも姑息な作戦だ。

こんな男の言うことを聞いているなんて、あの女たちの目は随分と曇っているらしい。


だがこれで一つ決まった。


協力者は女だ。

女の協力者さえ確保できれば奴はおびき出せる。


パーティーメンバーの女達に邪魔されるのを嫌って奴自ら孤立することだろう。


問題はその協力者を一向に確保できそうにないこと。


ここ数日の空振りっぷりを考えると一体後何人に声をかければいいのか。


「何うなだれてんだ? トトフ」


聞き馴染みのある声。

顔をあげると、そこには探していたスキンヘッドの姿。


「腕はもう良いのか?」


「ちょうど良かった、お前を探してたんだよラタン」


「……? 俺を?」


強面に似つかわしくないキョトンとした表情を浮かべつつ、俺の正面の椅子へと座った。


俺は諸々の事情を説明した。


ラタンは俺の知り合いの中で最も顔の広い冒険者だ。


そのへんの見知らぬ冒険者十人に聞き込みするより、ラタンに話をしたほうが効率が良い程に。


そしてこの前俺の肩の傷を見た時に激高していたのはこいつもチート野郎には散々やられているからこそ。


それなりに深い恨みを抱いているのは間違いない。


「……まさかお前がそこまで」


「当然だ。他の連中はリスクだなんだと奴からの報復を恐れて手を出したがらねぇが俺は違う」


ラタンはまさか俺が実力行使に出るとは思っていなかったのか、驚いた表情を浮かべていた。


無理もない。


あの屈辱を味合わなければ俺もラタンと同じように考えていただろうから。


蹲る俺の頭上から聞こえたあの嘲笑が耳にこびりついている。


奴をこの手で葬るまで、きっとこの声は消えないだろう。


「でもよ、いくら憎くてもよ。相手はあの異世界人だぜ? 俺も何度か見たがあの光の能力の前じゃどんなモンスターもイチコロ。今まで奴に喧嘩売ったやつで五体満足に帰ってきたやついねーんだぜ? あんなの人間の戦う相手じゃねーよ」


ラタンの言う通りこれまでにも奴の振る舞いに腹を立ててシメにいった冒険者は多かった。


その誰もが無惨に返り討ちに遭っていることを皆知っている。


「そりゃ本気になってあいつを殺そうとしてるやつがいないからだ。そこらのチンピラと同じように適当に痛めつけてやろう、くらいの気持ちで挑むから敵わない」


情報を集め、モンスターを討伐するのと同じように準備を重ねれば結果は違う。


「聞け、ラタン。詳細は省くが野郎一人との勝負なら俺は勝てる。絶対に」


「一対一? お前が奴とか?」


「そうだ、野郎はおそらく武器を使えねぇ。どんだけチート能力が強かろうと身のこなしもほとんど素人同然だ、念入りに準備すれば殺れる」


「念入りに準備ってもよぉ……」


「それだけじゃねぇ、詳しくは話せないがとっておきの秘策もある。奴とふたりきりの状況さえ作れれば確実に俺が勝つ」


「……うーん」


ラタンは額に皺を寄せて考え込む。


俺がただの愚痴ではなく、本当に奴を仕留めるつもりなのが伝わったからだろう。


今までの奴等ならここまで言った直後、即座に無理だと話を断った。


考える素振りをとったものは誰もおらず、どれだけ不満を口にしても協力は拒まれた。


「……その秘策って奴は適当言ってるわけじゃねーよな?」


「大マジだ、誰かに騙されて何かを買ったりしたわけでもない」


俺の言葉を聞いて、ラタンは再びの長考に入った。


奴がいなくなることのメリット。

襲撃を仕掛け、それが失敗に終わった時のデメリット。


諸々を考えてどうすべきかを悩んでいる。


五分、十分と過ぎ。


三十分を越えた頃、ようやくラタンは決断した。


「わかった、協力してやるよ」


「本当か?」


「俺もあいつらが消えてくれればわざわざ苦労して遠方まで行かなくて済むしな」


ただし、とラタンは表情を鋭くする。


「俺がやってやれるのは簡単な情報提供くらいだ、間違っても一緒に戦うことはない」


「あぁ、それは大丈夫だ」


もとより戦力として期待はしていない、などと口にしたらすぐさま怒って出ていくだろうから黙っておく。


「それから、危険な場面というか危なさそうな所に立つつもりもない」


「命あっての物種だってことだろ? わかってる」


「よし」


俺がうなずくのを確認して、ラタンは大きく息を吐きだした。


「確か、チート野郎に恨みを持ってる奴を探してるんだよな?」


「あぁ。奴と二人きりの状況を作るために協力者が欲しいんだ。具体的にはあいつの周りにいる女たちを奴から引き離したくてな。その手伝いをしてくれる奴を探してる」


「ちなみに俺はやらんぞ」


「わかってるよ」


めちゃくちゃ釘をさしてくる。

内心ではチート野郎なんかに関わりたくないのがありありと伝わってくる。

それなのにこうして協力してくれるこいつには感謝しかない。


「引き離すっても、あの女達って強いのか? 野郎に関してはよく聞くがパーティーメンバーはからっきしでよぉ」


「強いかどうかは知らん。ただ一人は魔法を使う、薄紫髪の女だ」


「魔法か……、そりゃ確かに面倒なこって」


「植物系を操る魔法だ、おかげで左腕が使えなかった」


「体験談かよ、しかし魔法がつかえるとなると適当なゴロツキを集めて誘拐する手は失敗する可能性があるな」


「おまけにあの女ども常にチート野郎のそばにべったりだ」


「話だけ聞いてるととてもどうにかできそうな気がしねぇぞ、おい。今からでもやめといた方がいいんじゃねぇのか?」


俺はラタンの前に手を伸ばす。


「まぁ聞けって。ここ数日の聞き込みの結果チート野郎は随分な女好きらしいことがわかった」


「周りに三人も女侍らせてんだ、そんなの聞かなくたってわかる」


「女三人が周りにいるにも関わらず、他の冒険者にも粉をかける程の女好きって所が重要なんだよ」


訝しげな顔をしているラタン。


「女にチート野郎を誘導してもらうんだ。女達はずっと野郎の周りにへばりついてる。だがチート野郎が自分で女たちから離れれば女たちも従わざるを得ないだろ?」


「で、俺に誘導役の女を紹介してほしいってわけだな」


ふんふんと頷いていたラタンにそうだと返事を返す。


「ただの女じゃ多分断られる、奴に強い恨みを持ってる女だ」


「お前な、そんな都合よく行くわけねぇやろ」


「……」


やはりダメか。

ラタンの交友関係ならば、と思ったが。


「と言いたいところだけどよぉ、知ってるヤツが一人いる」


「本当か?」


「あぁ」


そう言ってラタンはその人物がいる場所を教えてくれた


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