第4話 協力者を求めて

手早く腹ごしらえも済ませた所で宿を出る。


まずは奴らの情報収集に向かうべく、ギルドへと足を向けた。


「ラタン、はいないか」


あの遠目からでも目立つ強面スキンヘッドの姿が今日は見えない。

まだギルドへ来ていないのか、それとも既に何か依頼を受けたのか。


張り出された依頼の掲示板前に集まっている連中の中にもそれらしき人物は見当たらなかった。


「まずはあいつに声を掛けようと思ったが……」


伊達に七年も冒険者をやっていない。

ラタンがいないなら別の知り合いに声を掛けようとギルド内を練歩く。


しかし誰もいない。


というか、


「なんか人が少ないな」


知り合いがいないというよりもそもそもの人の数が少ない気がする。

いや、気がするのではなく実際に少ない。

意識してみればガラガラだ。


この時間帯のギルドはいつも依頼を吟味する冒険者たちでひしめき合っている。


掲示板の前なんかはむさ苦しくて息がしにくいくらいだというのに。


「なぁ、ラタンの奴を見てないか?」


俺は掲示板の前にいた背が高くひょろりとした棒のような男に声を掛けた。


「おお?トトフじゃねぇか。どしたその傷?」


「あのチート野郎だよ」


「戦ったのか?」


「ちょっと腕を掴んだら、ドンだったよ」


「かー、そりゃ災難だこと。やっぱあいつにゃ近づかないのが正解だなこりゃ」


「まぁそれは今は良いんだよ」


「あぁラタンだっけか、見とらんねー」


「ちょっとあいつに頼み事があってさ、見かけたら俺が探してたって伝えといてくれよ」


怪我が治るまではしばらく時間に余裕がある。

今日会えなくても明日か、なんなら明後日でもいい。


「いやぁ悪いがこれからしばらく街を出ることになったからその頼みは難しいんよ」


「そうなのか」


タイミングが悪かったか。


「遠出か? 珍しいな」


基本的にこの街の冒険者は近場での討伐依頼を主に受けるのが常だ。

距離の遠い場所での討伐依頼は時間もかかるし、何かと不都合が多い。

だからあまり冒険者達には人気がないのだが。


「もう実の良い依頼がねぇのよ、それこそチート野郎のせいでね」


「それでこの辺じゃなく遠目の依頼か」


「まったく嫌になるね。ぽっと出てきた外様野郎に好き勝手荒らされて」


「言ってもあのパーティで厄介なのはチート野郎くらいだ。そこまでするなら皆で協力してチート野郎を叩きのめせば」


「はっ、冗談言うなよ。数をそこそこ揃えたところで異世界人のチートにどれだけ太刀打ちできるってんだ。やれるならとっくにやってる。けどどうにもならないからこうして皆我慢して遠目依頼を受けてるんだ」


近場で割の良い依頼があったとしてもあのチート男パーティに取られるか、横取りされるかして依頼がこなせない。

だから多少のデメリットを呑んででも場所を移動するしかないのだろう。


普段なら情けねぇ冒険者の意地はねえのか、とでも軽口を叩いたかもしれない。

だが男の言う通り、異世界人特有のチートは意地やプライドなんかを容易くへし折る程強力な能力だ。

実際にその力を体感した今であればあれに立ち向かう程馬鹿なことはない。

どこかくたびれた男の表情を見ればそんなことは言えなかった。


「お前も他人事じゃないぞ? もうほかの連中は遠目依頼の争奪戦を始めてる。街を出るつもりがないんなら早めに準備を始めるこった」


「争奪戦?」


ということはまさか。


「今日ギルドがガラガラなのは」


「あぁ、皆我先にと依頼を持って行っちまった後なのさ。多分もう出発した後じゃねーか?」


ほんじゃな、とひょろい男は去っていった。


今の話が本当ならラタンはもちろんきっと他の連中も皆出払っちまった後。


遠目依頼ということは帰ってくるまでに少なくとも一週間。

下手すりゃもっと時間がかかるかもしれない。


ーーこれじゃ協力者が……


知り合いに総当りすればなんとか協力してくれる奴がいるかもと思っていたが、そもそも話すらできないとなると……。

他の冒険者に話そうにもひょろい男の話からするに皆チート野郎とはあまり関わりあいたくないような雰囲気

を感じる。

ただ頼むだけじゃ良い返事はもらえなさそうだ。


かといって報酬として金を払える程俺には蓄えがない。


「うーん」


どうしたものか。


そうして考えている間にも冒険者達は掲示板の前からいなくなっていく。


仕方ない、もう手当たりしだいに声をかけてなんとかしよう。


「なぁ、ちょっといいか」


俺はとりあえずギルドを立ち去ろうとしている連中に声を掛け始めた。


ーーーーーー


「無理無理、奴と一戦交えるなんて勝ち目ないっての」


「じゃあこのまま遠目依頼を受け続けるのか?」


「んー、そりゃまぁ」


「それじゃこの街で冒険者やってる意味がないだろ?」


「確かになぁ」


ーーこれはもうひと押し


「ところでトトフ、その肩の傷なんだ?」


「え? これは」


まずい。


「お前がそんな傷を負う相手なんて……、まさかお前、あのチート野郎と戦って?」


「違う違う、これはちょっと不意を突かれただけでーー」


「ほらな、やっぱダメなんじゃねえか。なしなし、始めから負け戦だって分かってるのに参加なんかしねぇって」


そう言ってそそくさと去っていく男。


「はぁ」


これで六人目。


手当たりしだいに声を掛け始めてみたものの、やはり想像通りチート野郎との戦いに協力してくれる冒険者は見つけられない。


大体の奴がチート野郎に恨みを買うのを恐れ、及び腰になっていた。


なんとかあの女達を引き剥がすだけで良いからと交渉してみても、関わったことがバレた時のことを考えて皆足早に逃げていってしまう。


おかげで協力までこぎつけたのは誰もいない。


既に陽も陰り始め、依頼から戻ってくる冒険者たちの姿もちらほらと見受けられるようになった。

皆疲れた顔をしてギルドの受付まで一直線。


渡された報酬を手に街へ繰り出していく。


「なんか疲れたな」


ほとんど半日を費やしてこれでは成功する図が思い浮かばない。


とはいえ、何も成果がなかったわけではない。


交渉する際に異世界人パーティについて知っている情報を聞き出したのだ。


協力がダメならせめてなにか知っていることを教えてほしい。


涙ながらにとはいかないまでもなんとか必死に頼み込むと彼らは日頃の異世界人パーティーの行動を教えてくれた。


彼らなりに色々と溜まっていたものもあってか、後半は愚痴をこぼすようにするすると口を動かしていた。


曰く、奴らはパーティメンバー同士以外の交流が極端に少ない。


もはやないと言っていいほどに誰とも話をしようとしない。


女たちは皆チート野郎に首ったけで女が話しかけようものなら烈火の如く怒り散らして遠ざける。

ちなみに他の男が近づいて来ても相手をするどころか無言で攻撃してくるらしい。


教えてくれた内の一人のパーティメンバーがそれでかなりの怪我を負ったのだという。


その場に居合わせた連中が大慌て怪我人を運ぶ中、彼女らは眉一つ動かさずにチート野郎に話しかけていたと。


それだけ警戒心が高いとなるといくら協力者に頼んだところで女たちがチート野郎のそばを離れる状況を作り出すのが困難なように思える。


話しかけただけで攻撃とか、正気の沙汰ではない。


そりゃ皆及び腰になるはずだ。


しかし他の人間と関わりを持とうしない彼らだが、チート野郎は異性に関してはやたらと積極的に話しかけることが多いのだという。


挨拶はもとより、些細なことであっても声を掛け、その度に声を掛けられた女はパーティーの女達に睨まれるのだから溜まったものではない。


ナンパまがいのことをされ、逃げるように立ち去った冒険者も複数いると聞いた。


囲っている女達だけは飽き足らず、他の女にも興味津津の女好き。


話を聞いた限りではその他にも大勢被害にあった人間がいるのが想像できる。


冒険者は基本的にパーティーを組んでいるのならそのパーティーで行動するのが常だ。


奴らも多分にもれず討伐依頼はパーティー間でのみ行っており、彼らがどんな魔法、能力を持っているのか知っている人物はいなかった。


また一緒に行動をともにする人物もいないため、好みの食べ物や得意な武器なんかも同じようにわからなかった。


こちらはあれば良いくらいのものだったので特に問題はない。


そして聞き込みで分かったことがもう一つ。


あの異世界人の男、着込んでいる防具はかなり質の良いものだが、武器を持っている姿を見たことがない。


剣はもちろん、短剣も、ナイフですら持っているのをみたことがないという話だ。


あの光のチートを見るに、モンスターを倒す際はチートに頼りきりで武器は扱えないんじゃないかと予想している。


光のチートについては見たことはあっても具体的にどんな能力なのか知っている者は一人もいなかった。


ーーけどまだ何か知ってるやつがいるかも知れない、もう後何日かは聞き込みを続けたほうが良さそうだな


こうして一日目の情報収集は協力者こそ得られなかったもののいくつかの情報を手に入れることができた。


続けて二日目。


昨日と同じ時間帯にギルドへとやってくる。


相変わらず人が閑散としている。

二日連続でこうも人がいないとは。

どうやら棒の男が言っていたのは本当らしい。


相変わらず知り合いの顔は見当たらない。


「あいつらどこまで行っちまったんだ」


一つため息をこぼす。


ーーいないと言えば奴らの姿も見えないな


あの異世界人野郎の姿も見えていない。

サールベアの依頼を横取りして、金が入ったから遊び歩いてるのか?


だとすればいい気なものだ。


そこからは昨日と同じように掲示板の前に集まる冒険者達へと片っ端から声を掛け、協力を依頼した。


しかし結果は惨敗。


同時に行った情報収集も昨日集まったものと大差なく、二日目はまるで収穫なしに終わった。


続けて三日目。


「ちっ、そろそろ蜂合わせる頃だとは思ったが」


ギルド内に入ると、目に入ったのは忌まわしき黒髪。

女三人に囲まれてヘラヘラと閉まりのない笑みを浮かべる憎たらしい顔。


「ほら、これにしようよ! カイト」


「うーんそうだなぁ」


「これはどうだ? きっと誰も倒せないから残ってたんだ! カイトにしかできない依頼だ!」


「ヘビーパンサー? いやいや皆これくらい倒せないわけないよベル。ドラゴンとかならまだしもヘビーパンサーに手こずるわけ無いと思う」


「いえいえ、こちらの冒険者達ではきっと難しいのでしょう。報酬も悪くないですし、ここはカイトさんの力で高難易度依頼を一つ片してしまわれるのもいいかと思います」


「えー、そう? はぁしょうがないな。ヘビーパンサーに苦戦するって大丈夫かよこのギルド」


「確かに、こんな依頼も受けられないなんて雑魚ばっかりなのね。カイトが頑張って依頼を受けないと潰れちゃうんじゃないの?」


いつもよりギルド内が静かなことも遭ってその腹立たしいやり取りは隅にいる人間の耳にまで届く。


ここにいる冒険者全員を敵に回すような内容。


当然、気象の荒い冒険者達はその話を聞いて腹を立てた。


しかし、いつもなら即座に動き出す皆の足はその場から動かない。


異世界人特有のチート能力。

その魔法とも違う摩訶不思議な力の存在はこのギルドの冒険者すべてが知っている。


その力も。

奴等に歯向かったものがどうなるのかも。


ギルド中に響く声で会話している奴等はそんな冒険者達の様子などまるで目に入らないと変わらぬ調子で話し続けながら受付へと歩いていく。


冒険者達は悔しそうにその姿を睨みつけながら拳を握りしめている。


ポッとでのひょろいガキ風情に虚仮にされた怒りとそんなガキに何もできない自分の無力さを嘆きながら、皆ただただ歯噛みすることしかできない。


ーーだが俺は違う


俺が必ず、奴を殺す。

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