第3話 夢じゃない

宿の寝台の上、俺は鳥の声で目を覚ました。


日差しが窓から差し込んで眩しい。


「うっ、痛ぇ……」


目をすぼめながらバッと身体を起こすと右肩に激痛が走った。

思わず視線を向ければこれでもかとぎちぎちに巻かれた包帯が目に入った。


そうだ、昨日はあのまま……。


身体は汗でベトベト、おまけに目が覚めてからすぐの激痛で気分は最悪だ。


そうしてようやく意識が覚醒してくる。


「てことはあれは、夢……」


そもそも夢だったのだろうか。

現実なのか、夢なのかすべてがあやふやだ。


今は、感覚がある。

痛みも、手を指を動かす感覚がしっかりと感じられる。


ぺちぺちと頬を叩いてみる。

汗ばんだ手がぬるりと不快な感触をもたらした。


ということは今が現実。


「なんだったんだ」


奇妙にすぎる夢だった。

神を自称する謎の光の塊が話しかけてくる奇妙な夢。

ペラペラとこの世界の管理がどうのとその辺を歩いている人間から聞いたのならば妄言だと話の半分も聞かずに立ち去ったことだろう。


だが夢にしてはあまりにも異質な、その内容を今でもはっきり覚えている。

あの神の声を思い出す事ができる。


「……これは」


そこでふと、ある変化に気がついた。


自分の身体の内に、昨日まではなかった力を感じる。


胸に手を当てるとよりその力の波動を感じ取れる気がした。


ーーこの感覚は


自称神が俺に授けたという、異世界人が使う類の力。

チートと呼ばれる異質な力だ。


額に滲む汗を拭う。


「はは、まじかよ」


ぼやけていた頭が冴えてくる。

あれが夢ではない、現実に起きたことだというのなら。


口角が上がるのを感じる。


今、この瞬間は現実。

だがあの夢のような空間で起きた事、話した内容もまた現実だった。


『ーー彼らに裁きを下してほしい』


元々神さまなんてもんが現れなくてもやってやるつもりだったんだ。


異世界人だろうがなんだろうが関係ない。

これまでやりたい放題やってくれたツケを払わせてやる。


ぐっと手に力を込めると妙に調子よく力が入る。

更には全身にこみ上げてくる万能感。

原因は神から授かったこの力によるものだろう。


ーー一度も使ったことがないのに、何をどうすればこのチートが使えるかがわかるなんて気味が悪ぃ


自称神からもらった俺のチートは使い方にずいぶん癖があるようだった。

感覚で使い方を理解できる点は不可解極まりないが、何故かそんなものだろうと納得している自分がいる。


まぁ貰った相手が神なんだ、理屈やらを考えた所で到底理解のできない力なことには変わりない。


ーー深くは考えねぇ。今はただこの力でやつを葬ることだけを……


昨日の怒りはまだ身体の中で燻ったまま。

突如舞い降りた復讐の機会に激痛に苛まれているはずの身体は歓喜に震えていた。



不意に舞い降りた好機。

これを最大限に活かすためには何が必要だろうか。


「とりあえず武器は要るよな」


いくらチートがあろうが丸腰での戦闘は御免被る。

どんな状況になろうが素手の方がましということはないだろうしな。


ちなみに神から貰ったチートは闇雲に使って効果を発揮するタイプの能力ではないらしい。

あの異世界人が放った光の攻撃のようにいつでも使えるというわけではないようだ。

使用すべきタイミングを見極めなければならない。

従って、奴を仕留めたいならチートを最大限に活かせる場所が必要だ。


「ヤツのチートは光を用いた攻撃。それならなるべくリーチの長い武器が良いか?」


忘れもしない俺の愛剣をバラバラにしたヤツの能力。

威力はもちろん、発射までの速さも相当なものだった。

視界に光が瞬いたかと思えば次の瞬間には着弾、俺の腕も剣もたやすく貫いてみせた。


まともにやりあってはこちらの攻撃が届く前にヤツの光がこちらを襲う。


「……いや、関係ねぇな」


脳裏によぎったのは俺の肩を貫いた光。

突き抜けていった光は後ろの木を貫通した上で更に真っ直ぐに伸びていった。


考えてみればそもそもリーチがどうのという話でもない。

槍なんかを使えば剣の倍以上はリーチに余裕ができるが、そんなものを持って奴に接近している時点で剣でもナイフでも変わりはない。


戦うならあの光撃を掻い潜り、懐まで接近しなくちゃならない。


防具もまた何を付けていてもさして変わらないだろう。

あの光の貫通力を見れば革だろうが、鉄だろうが容易く貫いてくる。


それならどうやってあの攻撃を交わすか……。


見てから避けるなんて芸当ができたら良かったのだが俺にそんな力はない。


極まったトップ層の冒険者達でもできないと思う。


攻撃は躱せない。

盾は使っても意味ない。


「んー……」


まともにやりあっても勝てるイメージが掴めない。


いや、そもそも奴と真正面から戦おうとする必要はないんだ。

不意打ちでもなんでもこっちが一方的に攻撃できる状態を整えて。


そうすればあんなガキ一人、どうにでもできる。


「そうだ、端から戦う気だったらこの前だってもっとやれたはずだ」


あのときはあくまで依頼の横取りの忠告をする為に絡みに行っただけ。

まさかいきなり攻撃を受けるとは思ってなかったんだ。

言うなれば不意を突かれた。


だから今度はこっちが不意を付けばいい。


「街の中、は人目につく。やるなら人目がない場所が良いよな……」


できるなら一対一の状況を作り出すのが理想。

人気のない場所へおびき出し、そこで奴を狩るのが最善だろう。


だがおびき出すといっても俺が一人でやつに近づいていって素直にやつがついてくるとも思えない。

人の言うことを素直に聞くようなやつなら端から問題になっていないしな。


「しかも奴にはパーティメンバーがいる」


あの取り巻きの女ども。


ただの取り巻きだと思って放置するには少々能力を持ちすぎている。


誰がどんな魔法をつかうかわからないが、薄紫髪の女が使った植物を操る魔法は厄介だった。

魔法を使った気配すら感じさせず、気づけば左手が拘束されていた。


ーーあそこで左手が止められていなければ奴の顔面に一発は入れられたってのに


あれを見るに女たちを放置して異世界人だけを狙うのにはリスクが高い。


残りの二人も冒険者だ。

町娘を連れ出しているわけでも無ければそれなりの戦闘能力を持っていると考えるのが自然。


単純に考えても人数不利。


奴としてはただ女を囲っているだけ。

依頼もチート攻撃一発で済ませてるのは間違いないだろうし、さほど連携能力が高いわけではないだろうがやはり数が多いのはそれだけで有利だ。


もしヤツの不意を突くことに成功しようと、周りの女どもにバレていたということもあるかもしれない。


ーーとなれば……


こちらにも協力者が必要か。


幸い奴らに恨みを持つものは多い。

話を出すだけでもそれなりに協力を取り付けられるはず。


あまり人数を集めすぎてもやりづらい。

五人程度集まればいいだろう。


「最悪報酬を払う形でも良いか」


協力者たちには女たちを奴から引き離して引き付けてもらい、俺が奴と一体一をできる舞台を整えてもらう。


邪魔さえ入らなければ確実にやれる。


その自身が今はある。


そうして異世界人を狩るために、やるべきことを頭の中で組み立てていく。


ただとにもかくにも今は情報が足りてなさすぎる。


おびき出す場所についても、奴らが普段どんな依頼を受けているのか。


どこに寝泊まりしているのか。


パーティメンバーが離れる瞬間はどんなタイミングか。


その他武器構成、使える魔法、得意な行動、苦手な相手。


標的の基本的な情報がまだほとんどわからないままでは作戦の成功率も下がる。


当面は肩の怪我が治るまで奴らの情報収集を優先しよう。


どれだけそうしていたのか。

ぐるると腹の音が鳴ったことで思考が途切れた。


随分と長い間集中していたようで陽はすっかり上がっている

階下からも他の客が動き出す音が響いていた。


「とりあえず飯だな」


思えば昨夜も早々に寝てしまったからろくに食べていない。

俺は右肩に振動がいかないよう慎重に身体を起こして部屋を出た。

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