第2話 神を称するもの
俺は出血する肩を抑えながら街へと、ギルドへと向かう。
一歩踏みしめるごとにその振動から激しく痛む肩。
その激痛からか身体には嫌な汗が滲み、痛みを堪えようと自然と呼吸が荒くなった。
一歩一歩じりじりと進む速度はゆっくりとしたものだ。
遅々とした歩みはもどかしく、痛みを堪えながらの帰路は行きの数十倍にも感じられた。
そうして気の遠くなりそうな時間を経てようやく街へとたどり着いた。
まっすぐにギルドへと向かい、併設された医療所を訪れる。
浅い傷ではないが、冒険者である異常このくらいの傷は特段騒ぎ立てるほどのことでもないのだろう。
見慣れた髭面の親父がやや粗雑な手付きで患部に薬を塗りたくる。
ぐっと歯を噛み締めながら治療を受ける。
依頼は失敗の上、治療費まで払ったことで大損だ。
何よりいつも背中に背負っていた愛剣がなくなったことが懐以上に精神的にキている。
ぐるぐると巻かれた包帯の引きつる感触とともに治療所を後にし、そのままギルドへと入る。
「おーいトトフちょっとお前も……、どうしたその怪我」
肩を抑えながら歩く俺に対し、男が声を掛けてきた。
スキンヘッドに強面のいかにも冒険者然としたその男の名はラタン。
何度か依頼を一緒にしたこともあるそいつはニヤニヤと笑みを浮かべながら話しかけてきたが、俺の様子を見て眉根を寄せた。
「何の依頼だ?」
「別に、サーベルベアの討伐依頼だ。失敗したけどな」
「サーベルベアっていうと……、そうか」
ラタンはその単語を聞いて何か気づいた声を上げた。
「またあいつらか」
「あぁ。この傷もそうだ、それどころかあいつら俺の剣まで……」
俺が拳を握りしめ、怒りに震えるさまを見てラタンもその声音を落とす。
「そうか……。くそ、あいつら好き放題やりやがって!」
あの異世界人たちの暴挙はこの街の冒険者であれば既に嫌というほどに知れ渡っている。
ラタンにしても過去に何度も依頼を横取りされており、揉める姿を見たのは片手では足りない。
「ギルドへはもう報告したのか?」
「いやしてない」
「じゃあすぐいこう、俺もついていってやる。この怪我を見せれば腰の重たいギルドも少しは問題にするだろ」
憤りを見せるラタン。
だが逆にそんなラタンを見て頭に登っていた血が下がっていくのを感じる。
ギリギリと噛み締めていた顎からも少し力が抜けた。
「はっ、冗談。冒険者同士の問題にギルドは何も干渉しないさ。自己責任バンザイ、お気の毒ですねの一言だけもらってもしょうがねぇだろ」
「けどよぉ」
「まぁでも失敗の報告はしないといけないな」
「しかしその様子だと当分は討伐依頼受けられねぇか、ちょっと遠出だが割の良い依頼があるから誘おうとしてたのによぉ」
「悪い、この有様だから別の奴を見つけてくれ」
やはり話しかけてきた要件は依頼への誘いだったらしい。
もし身体が万全なら同行できたのに。
ラタンと別れ、そのままギルドの受付まで進む。
今回の受付は薄い金髪を肩まで下ろした見目の良い女性職員だった。
だが見た目は良くとも、その目つきはやたらと冷めきっており人形を彷彿とさせる。
世間話などは一切なく、促されるまま用件から話し始める。
依頼失敗の報告と一応その経緯についても説明したが、やはり冒険者同士での揉め事には首を突っ込まないように言われているのだろう。
受付に座る人物はそれは災難でしたねだの何だのと当たり障りのないことを言うだけで異世界人の行為を聞いてもさして表情を変えずにいた。
依頼自体は異世界人たちから成功との報告を聞いているのでペナルティ等は発生しません、と受付は平然と口にする。
ーー怪我まで負わされて、その上ペナルティまで食らってたまるかよ
漏れ出そうな怒りをなんとか腹の中に押し込めながらギルドを後にする。
失敗した以来の代わりに他の依頼を見ていこうかとも思ったが、どうせこの怪我では見ても仕方ない。
陽が傾きかけている。
本来なら、依頼成功の報酬を懐に抱えてどの店で豪遊するかを考えていたはずだったというのに。
懐はほとんどすっからかん。
肩が治るまでは依頼をこなすこともできない。
「くそっ」
しばらくは蓄えから切り崩しながらの生活。
贅沢どころか節約しなければならなくなるとは。
「……くそ」
何度悪態をついた所で気は晴れない。
時折あの屈辱的な光景がちらちらと脳裏をよぎる度に腸が煮えくり返りそうになる。
やりきれない怒りを発散する術もなく、もんもんとしながら宿へと帰る。
とにかく今は身体を治すことを早く考えないといけない。
早めに休んで、少しでも回復に努めなければ。
そうしてある程度傷がふさがってから愛剣の代わりを探そう。
宿の部屋へと入り、その寝床に身体を横たえる。
「ふー」
横になり、目を閉じると未だ激しく熱を帯びたように肩が激痛を発している。
そろりそろりと体勢を調節し、傷を受けた右肩を天井に向けて横向きに寝そべる。
痛みを感じる度に額には汗がにじみ、一挙一動にくっついてくる激痛は気を逸らすものがなくなったことでより大きな痛みとなって俺を襲う。
「ふー、ふー」
汗ばんだ身体を洗いたいが、身体は鉛のように重たい。
今日はこのまま寝てしまおう。
痛みを必死に堪えつつ目を閉じる。
しかし目を閉じると、今日のあの出来事が浮かび上がってくる。
手を振りほどき、見下した目つきで俺を見下ろすやつの顔。
這いつくばる俺をあざ笑うやつの声、バラバラの鉄くずと化した無惨の愛剣の姿が否応なしに。
腹の中の怒りは消えることなく、燻り続ける。
身体の痛みが、浮かび上がる屈辱がいつしか怒りを殺意に昇華させる。
ーー殺す
冒険者は荒事が多い。
他人と揉めることなど日常茶飯事だ。
やれそれは俺の依頼だ。あの獲物は俺も手伝ったんだから分け前を半分よこせ。
皆命を賭けて依頼をこなしているせいか、その報酬に関して揉めることが多い。
それだけ必死なのだ。
そんな冒険者を続けてもう七年が経つ。
だがあそこまで人を虚仮にし腐った奴はいなかった。
こちらの言葉を言いがかりだとしか認識していない。
加えてあの態度。
自分達以外すべてを見下しているあの視線。
好き放題にしようとも最終的に力づくでどうにかできると考えているからあのような態度が取れるのだろう。
異世界人特有のチートと呼ばれる謎の力。
俺の右肩を貫いたあの光。
やつの自身の源となっているのがあの力というわけだ。
奴らが最初から力づくで物事を解決しようとしていることは今日で嫌というほど理解した。
そして奴らの行動にギルドが関わってこないということも。
ーーやってやる
ギルドが干渉してこないというのなら逆にそれを利用するまで。
ここまで一方的に被害に遭っているのにも関わらずギルドは奴らへの制裁をすることなく、静観を決めた。
なら俺が奴らを襲った所で何を言ってくることもないはずだ。
ーー絶対に殺す
報復だ。
調子に乗ったガキ共に制裁の一撃をくれてやる。
……。
…………。
気づけば俺は四方を石畳で囲まれた場所にいた。
ーーここは
身体の感覚はまるでない、だというのに意識を向けた方向に視線が向くのがわかる。
足を動かしている感覚、筋肉が伸び縮みする感覚がないのに身体が一歩前へ出る。
そう、まるで夢の中にいるような……。
「やあ」
声が聞こえる。
男の声、いや女の声のようにも聞こえる。
中性的で、耳の中へするりと入り込む心地の良い響き方をする声だ。
「ふふっいい声だなんて言ってもらえるとは嬉しいな。これはやはり君に決めて正解だったかもしれない」
そういってその声は俺の目の前に姿を表した。
ーー光?
それは人の形をした光の集合体。
俺と同じくらいの背丈をした人形の光が目の前に浮かび上がる。
「あぁ、訳あって本当の姿は見せることができないんだよね。だから君からは光の束がぼんやり動いているだけにしか見えないかもしれないけど勘弁しておくれ」
ーー勘弁するもなにも、あんたは誰なんだ。それにここは……
どうやら目の前の人物、と言っていいかわからない何かは今のこの状況がどうなっているのかを知っているらしい。
「そうだね、じゃあまずは自己紹介といこう。ボクはこの世界を管理するもの、まぁ簡単に言ってしまえば神さまみたいなものさ」
ーー神?
「そう、そう大したものではないけど君たちが住む世界の平和を守っているんだよ」
ーー平和、か
どうやら夢をみているらしい。
やたら突拍子のないこの感じ、夢の中で夢だとわかるタイプのあれだ。
「んー、夢じゃないんだけどね……。まぁしょうがないか」
自称神がなにか言っている。
この際夢だろうがなんだろうがなんでもいい。
用件を聞かせてくれ、何か話があるんだろう?
「意外と素直に話を聞いてくれるねぇ。そう、今回は君にお願いがあってこうしてお邪魔させていただいたんだ」
ーーお願い?
「さっきこの世界を管理しているといった件なんだけど、具体的に言えば世界に存在する力のバランスを保つことがボクの役目なんだ。あまりに突出した力を持つ存在が世界にいるとその他への存在への影響が多くなりすぎちゃってね、パワーバランスが崩れちゃうんだよ」
ーーそれはまた随分神っぽい役目だことで
「そう、日々その神っぽい役目を果たしていたんだけど最近になってこのパワーバランスのおかしな人間たちが現れた」
ーーそれって
脳裏に浮かんだのはチートを振りかざし、傍若無人なあの男の姿。
「正解〜。彼ら異世界人のせいさ。彼らの背後にはボクとは違う神がついている。この世界で言われているチートと呼ばれる理不尽な強さを秘めた力はその神が彼らに渡した力のこと」
ーー神が、力を……?
「そうさ、あの異常なまでの力は神が彼らに与えた力さ。なんでかは知らないけど彼らは神に与えてもらった力を手にこの世界で暴れまわっている。そのせいで今この世界のパワーバランスはめちゃくちゃさ、全くいい迷惑だよ」
ーーそれで? その話を俺にしてどうしろっていうんだ?
「ボクは直接彼らに手出しすることができない、そこで君に彼らを狩ってほしいんだ」
ーー俺が……?
無理だろ、と口にしたかったがそれを口にするのは憚られた。
異世界人のチートは強力だ。
それこそ何人も人数を掛けなければ倒せない凶悪なモンスターも余裕綽々に倒せてしまうほどの力がある。
だから皆奴らに不満を持っていても何もできない。
だが自分からできないと口にしてしまうのは敗北宣言も甚だしい。
内心では奴らに勝つのは厳しいと分かってはいる。
それでもそれを素直に口にすることはできなかった。
「もちろんそのままで彼らに挑むのは無茶ってもんさ。そこで、ボクから君に力を授ける」
ーー力……
「ふふ、心配は無用さ。言っただろ? ボクは君たちが言うところの神だ。そして異世界人たちが貰っている力も神から授かりしもの。ボクが君に渡す力も彼ら同様、強力なものだ」
ーーその力があれば、俺も奴らに勝てると?
「そういうことだね」
ーー怪しさ満点だな
「そう警戒しないでおくれよ」
ーーこんな突拍子もない話、警戒しない方が無理だろ
「まあ君にとっては突然かもしれないけど、でも絶好のタイミングだろう? ボクが君を選んだのは彼ら異世界人に対する強い恨みを感じとったからなんだから」
自称神はそう言って俺に近づいた。
感覚がないはずなのに、肩のあたりをぽんと叩かれるのを感じる。
「他人からもらった力で好き放題する奴ら、そりゃムカつくのも当然さ」
胸のあたりがじんわりと温かくなっていく。
これは。
「使い方は説明しなくても、わかるはず」
全身に満ちるこの充足感、これが神の力なのか。
その万能感は今まで自称神が言っていたことすべてが事実であるという証明しているようだった。
ーーこの力があれば
無謀に思えていたはずの異世界人の討伐。
それが現実味を帯びる。
すべてが上手く行きそうな予感がした。
「どうだい? できそうな気がするだろう?」
ーーあぁ
「これで彼らに裁きを下してほしい、君にならきっとできると信じているよ」
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