お前チート持ってるな?

青い夕焼け

第1話 決意の火

グォォォとサールベアが雄叫びを上げる。

二足で立ち上がるその巨体は人間の背丈を有に越している。


「皆、危ないから俺の前には出ないで!」


清涼感すら感じる爽やかな声が響く。

その声の主である青年は周囲の仲間たちへ警告を飛ばし、すぐ右手を正面へと付き出した。


青年の右手から放たれたのは高密度の光。

青年が構えてからサールベアに狙いを定めて発射するまで僅か数秒。

真っ直ぐに伸びた光の線がサールベアを捉える。


その光線は圧倒的な熱量でもってサールベアの皮を焼き、肉を貫いた。


「ォォ、ァ」


右半身を消し飛ばされたサールベアは立ち上がった姿勢のまま前へと倒れ込み、力尽きた。


「呆気ない……、これくらいの相手じゃ相手にならないわね」


赤い髪の勝ち気そうな女が倒れ伏したサールベアを見て吐き捨てる。


「いえいえ、サールベアは十分脅威的なモンスターですよ。褒めるべきはカイトさんです、まさか一撃で倒してしまうなんて」


薄紫色の髪をした上品な仕草の女が青年を褒め称え、


「流石、カイトだな! これでこの一帯はカイトが治めたも同然だ!」


金髪の背丈の低い少女が豪快に笑う。


そんな女たちの言葉を聞いて、カイトと呼ばれた青年は照れくさそうに笑う。


「あはは、ありがとみんな。でも皆が協力してくれなかったらこいつを見つけることは出来なかったから」


「当然、もっと感謝してくれないとね」


「もう、カレンさんったら」


そうして一行は和気藹々とサールベアの死体を解体し始めた。

軽口を叩き、それを諌め、笑い合う女たち。

男はその空間が居心地良さそうにしている。


「……」


俺はそんな奴らの姿を木の陰から見つめていた。

手に持った剣をぎゅっと握り締め、ぐっと唇を噛む。

そして木の陰から出て、男たちに近づく。


「おい」


俺の声に女たちが振り返る。

不審な表情が向けられ、「誰だこいつ」とでも言いたげだ。


皆一様に不快そうな態度を隠すことすらせず、唯一淑女然とした薄紫色の髪をした女ですら眉根を寄せている。


声にせずとも歓迎されてないのは一目瞭然。

気弱な者なら彼女らの視線だけでも気後れしそうだ。


だが俺は怯まない。

こいつらには言わなければならないことがある。


「サールベアの依頼を受けたのは俺だ。ギルドから正式に手続きをしてここに来てる」


このサールベアはすでに十数人の被害を出してる。

だから早急に倒さなければいけなかったのはそうだ。


だが通常、討伐依頼が懸かってるモンスターをギルドを通さずに殺すのはマナー違反とされている。

依頼を受けたもの以外がモンスターを殺し、そのモンスターが討伐された証拠が見つからないと困るからだ。


「だからなんなのよ」


「何って……」


「ごちゃごちゃ細かいわね、私達が先に倒したんだからこのモンスターは私達のもの。あんたが依頼を受けてるとかそんなの知らないわよ」


めんどくさそうに赤髪の女が言う。


「知らねーじゃねー! ふざけんなよお前ら、これで何回目だ!」


標的の横取りはギルドだけでなく、冒険者達からも嫌われている。

依頼のために準備した道具、装備、そして労力、依頼の報酬。

それらをすべて横取りされては大損だ。


「狩るならギルドを通せって言われてんだろ!」


今回のサールベアだけじゃない。

他の討伐依頼もこいつらが横から現れて根こそぎモンスターを狩り散らかしている。

当然、ギルドを通してはいない。

俺の他にもこいつらに標的を横取りされた奴らは何人もいる。


「あぁ、悪いね。今度は気をつけるよ」


爽やか顔の男がにっこりと笑いながら言う。

その辺の女ならころっと騙されてしまいそうな笑顔だが、ただこちらを舐めてるように見えるだけだ。


「もうそんなんじゃ誤魔化されないぞ。お前らがそうやって何度も何度も横からでしゃばるから皆困ってるんだからな」


口では申し訳ないと言っているが反省していないのはわかりきっている。

本当にわかっていたのなら何度も横取りなんてしない。

他の冒険者と揉めたときもこうして適当なことを口にして言い逃れようとしているとの噂だ。


「なんだ? お前。カイトはちゃんと悪いって謝ったぞ!」」


金髪の少女がむすっとした表情で俺を睨みつける。


「私達はでしゃばってるわけじゃありませんよ? たまたまカイトさんがあなたの受けた依頼のモンスターを倒してしまった。それだけですから」


「あくまでもそう言い張る気か?」


「事実ですもの」


白白しい。

薄紫髪の女はまるで悪びれる様子もなく、視線を返してきている。


「もういいよこんな奴。相手するのしょーもないよ行こ、カイト」


「うん、そうだね」


赤髪が男の手を引っ張る。

男もまたそれに逆らわず、話は終わったとばかりに俺の横を通り抜けようとする。


「おい、まだ話は済んでねぇーー」


その態度に腹がたち、俺は思わず男の肩を掴んだ。


瞬間、


「ーーっ」


勢いよく腕を振り払われた勢いでたたらを踏む。


「こいつーー」


いよいよ頭に血が上り、怒声をあげようとした時。


「ーーいい加減にしなよ」


男が呟くと同時に右肩に衝撃が走る。


男の手から伸びた糸ほどの細さの光線が俺の肩を貫いた。


「ぐぁっ!!」


地に膝を付き、激しい痛みに思わず手をやるとダラダラと熱いものが流れ出ている。

あっという間に手が真っ赤に染まった。


「お前っ……」


俺は落とした剣を掴もうとして、


「戦うつもり? まぁ無駄だけどね」


再び奴の手が光を帯びる。


「っ」


放たれた光線が俺が反応するより早く、地に落ちている剣を凪いだ。

じくじくと小さな音を立て、剣が焼き切れる。

二つに分かたれた剣身は武器として機能しない。


「俺の剣が……」


さらに数度往復した光の筋が俺の愛剣をバラバラに壊していく。

長年共にモンスターを倒し、刃が欠けようとなんとか修理を重ね続けた相棒。


それが見るも無惨に破壊され、光が消えた時愛剣は鉄くずと化していた。


「ははっ、武器がないんじゃもう戦えないね」


「あぁぁぁぁ!」


堪忍袋の尾が切れるとはきっと今、この瞬間のことを言うのだろう。

俺は左手を強く握りしめ、目の前でへらへらと不愉快な笑みを浮かべる男めがけて拳を振りかざす。


許さない。


目の前のクソ野郎を一刻も早くぶちのめす。


怒りに染まった俺に男は面食らったように驚いていた。


だが、俺の拳が奴に届くことはなかった。

振り抜いたはずの拳は奴の頬に当たることはなく、地面から伸びた草に絡め取られ勢いを殺されていた。


「あなた、カイトさんに手をあげようとしましたね?」


薄紫髪の女がいつのまにか放った魔法。

急成長した植物達は驚く程強固に俺の腕に絡みつき、びくともしない。


「ぐっ、ぁぁ」


それどころかぎゅうぎゅうと俺の腕を強く引き絞る。


痛みに呻くしかない俺を見て平静を取り戻した男が眉を潜め、


「危ないなぁ、いきなりキレてんじゃねーよっ!」


両の手が使えなくなった無防備な俺の腹に男の蹴りが突き刺さる。


「ぉえ、げほっ」


思わず体勢を丸める。


「この、ふざけんなよっ」


男はさらに蹲った俺を二度、三度と蹴りつけた。


「……ったく。誰に手出してんだ」


ふーふーと息を荒らげ、ひとしきり俺を蹴って落ち着きを取り戻した男は、髪の毛をかきあげながらひとりごちる。


「……ぅ」


そしてハッとして連れの女たちの方に気を向けると、取り付くように咳払いを一つ。


地に跪く俺を見下しながらピンっと何かを放った。


転がってきたのは一枚の銅貨。


「それで道具でも買ってさ、農家でもやる方が君には向いてると思うよ? もう君が依頼なんて受けなくて良いように僕がこの辺の危険なモンスターを狩り尽くすから」


安心してよ、と言って笑いながら男は去っていった。


魔法の効力が切れ、左手を締め付けていた植物たちが緩んで解ける。

吊るされるように上がっていた左手が地面に落ち、ぽすりと小さな音を立てた。


「……くそ!」


俺はそのまま自由になった左手で目の前の銅貨を拾い、思い切り地面に叩きつける。

血の跡のついた銅貨はコロコロと茂みの中へ転がっていった。


「ぐぅ……」


投げつけた反動で再び激痛が走る。

とっさに肩を抑え、蹲った。


だがそんな痛みよりずっと、胸に広がるのはどうしようもない無力感。


あんな男に、一撃入れることもできず。


好き勝手に蹴られ、侮辱され。


「くそっ、くそっ」


呻く俺の視線に映るのは、長年使い続けていた愛剣。

柄も、刃も、あの光線によってズタズタに焼き切られ、もう修復するのは不可能なのは一目瞭然だった。


「……ぐぅ、うぅっ」


その無惨な姿に悔しさがこみ上げてくる。


何もできなかった。

冒険者としてやってきた俺のすべてがコケにされ、見下された。


全身を支配する屈辱感に身体を強張らせながら、俺は誰もいなくなった森の中で一人苦悶の声を漏らし続けた。


ーーーーーーーー


この世界には『異世界人』と呼ばれる存在がいる。

十何年前、初めて彼らが現れたのはとある王国のとある街。

ギルドの受付嬢が血だらけで施設内に入ってきた少年を目撃したのが初めだとされている。


その少年は受付嬢が声を掛けるとひどく興奮した様子で何かを取り出した。

大きな葉にくるまれたそれは当時数百人単位で死者を出し、緊急討伐依頼が出されていたモンスター『ラゴスデビル』の尻尾。


困惑する受付嬢に対し、少年は一言「これって高く売れる?」と嬉しそうに笑ったという。

当然ただの少年にしか見えない彼がラゴスデビルを討伐したなど信じられず、何かの間違いではないかとギルドの職員が真偽を確かめた。

少年の言でラゴスデビルを殺した場所まで急行した職員たちはその凄惨な現場に言葉を失った。

数百人を超える死者の中には腕の立つ冒険者もたくさんいた。

その冒険者でも刃が立たなかったラゴスデビルが、見るも無惨に爆散していたのだ。


少年はその後も多大な功績を挙げた。


誰もが手を出せなかった難度の高いモンスターの討伐依頼を次々にこなし、商人を襲う野盗や盗賊団などを積極的に潰していった。


少年は特に運動能力や対人戦闘に優れているというわけでも、モンスターの弱点を見て取れる能力があったわけではなかった。

ただ一つ、一際異質な力を扱うことができた。

彼曰く、神様から授けられたものだというその力はまさに人間離れした能力だったとされている。


この神様から授かった力は後に少年の発言から「チート」と呼ばれるようになり、彼の出現から後に現れるようになった異世界人たちは例外なくこの「チート」を持っていた。


「チート」は一人一人で能力の種類が異なり、同一のものはなかったがどれも只人では太刀打ち出来ない強力な能力だった。


異世界人たちはこの力を大いに振るった。


強大な力を持ってして、人々の助けとなるようにその力を……使わなかった。


彼らはまるで何かの鬱憤を晴らすようにそのチートを使い、自由気ままに振る舞った。


不満を持つものは当然多かった、突然現れて何を偉そうな顔をしているのだと。

いっちょここは生意気な新人に冒険者の世界を教えてやると。

彼らは見せしめに一人異世界人を選び、襲った。

その末路を周囲に見せつけて、好き放題したやつはこうなるのだと教えてやるつもりだった。


結果、そのすべてが返り討ちに逢い、そのほとんどが再起不能になった。


彼らはチートの前に為すすべがなかった。


見たこともない、摩訶不思議な力にねじ伏せられた。


その襲撃は異世界人をさらに助長させることとなった。

今まで以上にその立ち振舞は傲慢なものとなり、好き勝手な言動が目立つようになった。


力をひけらかし、逆らうものは蹴散らしてすべてを自分たちの思うがままに。


その悪名は今なお世界に広まり続けている。

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