第四章

第182話 青春を謳歌しているというのに






「おい、まだ帰国しないのか? 確か聖王を傀儡にして聖王国を裏で操ろうとしていた黒幕の処刑は終わった事は知っているだろう? 確かに帰りたい時に帰って良いとは言った手前俺も強く言えないのだが、もうそれから一週間ほど経つんだが?」

「確かに、聖王様よりそのような手紙が来ており私もそれを読んでいるので知っています。 まさか宰相が黒幕とは思いませんでしたね」


 私はカイザルにいつ帰るのかと指摘され、それを軽くあしらう。


 とうぜんカイザルはそういう返答が欲しい訳ではないので、私の返答を聞いて少しばかり眉間にしわを寄せているのが見て取れる。


 それでも、今現在私はまごうことなき青春を謳歌しているのである。


 それは恐らく聖王国では味わうことのできない経験であろう。


 確かに、帰国すればそれなりの地位と僧院の援助を約束されている為今までのように金銭で困る事は無いだろうし、聖王国にある学園へと通う事くらいは余裕でできるだろう。


 しかしながらそれは私が『ただの一般人』であった場合の話である。


 そもそも金銭的に余裕が無い時から私は『聖女』として自分の時間が無かったのである。


 その時間的余裕は、間違いなく今まで以上に無くなっている事だろう。


 それは、帰国すれば行きつく暇もなくやらなければならない事が膨大にあるという事でもある。


 勿論聖王国での地位が上がる為というのも理由の一つではあるのだが、それ以上に『いなくなった宰相の次期候補として私に白羽の矢が立った』というのが一番の原因であろう。


 そもそも、同年代の者達はこうして青春を謳歌しているというのに……。


 であれば私だって青春を、せめて学園を卒業するとの時まで謳歌してもいいではないか?


 そんな事を思っており、故に聖王国へと帰国したくないとは、とてもじゃないが多大な迷惑をかけ、そして私が帰国しない事でこれから迷惑をかけてしまうカイザル様へ言える訳も無く、結果はぐらかす事が出来ないというのが現状である。


「…………まぁ良いか。 小娘一人くらいどうとでもなる位の財力はあるわけだしな。 それに俺の側に居る事で陰口は叩かれるだろうが、それが気にならないというのであれば俺からは何も言わない。 お前がここにいる事で聖王国に迷惑を被っているという訳ではない限り存分に帝国に居れば良いさ。 お前にはお前にしか分からないようないろいろな苦労やら何やらがあるんだろうしな。 言いたくなければ言う必要もない」

「あ、ありがとうございます」


 怒る訳でも攻める訳でもなく、そうカイザル様は言ってくれるカイザル様に私は感謝の言葉を継げる。

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