第95話 反面教師


「ぐぎぎ…………すぅー……はぁー……っ。 そうね。 オバサンの実力が無いからあなたみたいな年端もいかない青年に押し負けてしまうのよね」


 そしてシャルロットは俺の挑発にとうとう怒りが頂点に達したかと思った瞬間、深呼吸を一つすると今までの怒りは消え去り、冷静さを取り戻しているではないか。


 なるほど、伊達に今まで死線を潜って来た訳ではないという事か……。


 俺はそのシャルロットの姿を見て心の中で感心してしまう。


 感情、特に怒りの感情をコントロールできる者は少なく、さらに怒りの感情で頭が満たされると視野が極端に狭まってしまう為に相手を挑発して怒らすと言うのはある種有効な手段の一つであり、怒りの感情をコントロールできない者は遅かれ早かれ死んでしまうような世界で生きて来たシャルロットだからこそあれほどの激しい怒りを鎮める事ができたのであろう。


 勿論、その前にほんの少しだけ恐怖心を感じ取ったからこそ冷静に対処できたというのもあるのあも知れないが、ここは素直に相手を褒めても良いだろう。


 それでも中には怒れば怒る程冷静になるパターンもいる為相手を煽るという行為が一概に有効であるとは限らないので、煽る時は相手の感情の機微を確認する必要があるので無闇に煽るのは悪手でもある。


 しかしながらそれすらも考える必要が無いくらいの実力差があるので俺には関係が無い事なのだが、ゲームと違って死んだら終わりなので足元を掬われないように最低限の注意は払っている。


 例えば、敵とこれから戦闘すると予め分かっている場合は予めバフ効果の魔術やスキルや、防御系の結界を行使してから挑むくらいは行っているので万が一このオバサンが俺の予測の外側からトリッキーな攻撃を仕掛けて来て致命傷を負うという事は、最低一回は防げるようにしてある。


 もしそのような事になった場合はそこから本気を出せばいいだろうし、今までのやり取りで実力があると判断した場合は初めから油断せず戦えばいい。


「私はどうやらあなたの事を見下していたようだけれども、どうやらそれは間違っていたようね」


 なので相手が自分よりも強いと分かった時点でシャルロットは俺に舐めてかかるのを止めて如何にこの場から逃げるのかを考えながら戦わなければならないのだが、いまさら俺の評価を改めているようではハッキリ言って遅すぎると言わざるを得ないだろう。


 それは恐らく今まで強者として過ごして来たからこその油断とプライドが招いた落とし穴であり、俺はシャルロットのようにはならないようにと反面教師として胸に刻む。

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