バアル喫茶店

 一方、ナスカ達はヴィルと面識があるモンスターが運営しているという喫茶店の中で滝澤を待っていた。もちろん、滝澤が出前の店員と一緒に居るという前提で。


「修行に出たとは聞いていたが、まさか他種族の仲間を連れてこの街に戻ってくるとは。何が起こるかわからないものだ」

「そうだな。彼女らとはつい最近会ったばかりだが、今はもう信頼の置ける仲間だ。……今は一人足りんが」


 ヴィルはカウンター席に座り、珈琲を嗜みながら店主と話していた。


「そうか……」


 泰然と水晶玉を磨きつつ、白髪の店主はヴィルとナスカ、ルナをじっくりと観察する。


「ヴィルはこう言っているが、一見すると君達は互いに関連性が無いように見える。一体何がきっかけで仲間になったのかね?」


 テーブル席で窓の外を見ながらテーブルを指で叩いている落ち着かない様子のナスカ、その隣に座って店の中を見回しながらボーっとしているルナ、そしてそんな二人を気にすることなく一人でカウンター席にいるヴィル。確かにとても一致団結できそうな顔触れでは無かった。


「……滝澤だ」

「滝澤……?まさか、仙理せんりさんか!?いや、まさか。あの方は……」


 水晶玉が店主の手から離れ、床に落ちる。店主が動揺しているのは火を見るより明らかだった。


「仙理……?滝澤、そんな名だったか?」

「そういえば私達、皆アイツの名前を全部聞いてないわね」


 水晶玉が割れる音に何事かとナスカとルナがカウンターの方まで寄ってきていた。


「あいつ…と、今形容しましたか?」


 店主の眼鏡がキラリと光った。


「確かに言ったけど、それが何か?」

「あの方は誰が見ても素晴らしいお人だ。とてもあいつと呼ばれる方ではない。ならば……」


 カラン……と、ドアに取り付けられた鈴が鳴り、店内に来客を知らせる。


「店長!この街にニンゲンがリーダーの一団が潜入してるって……」


 慌ただしく店内に入ってきたのはルーズだった。その手には木刀を提げている。


「それ、滝澤の木刀じゃない!?あんた、滝澤に何したの!?」

「あぁ?小せぇアルラウネ、もっと小せぇハーピィにヴァンパイア。手前てめぇらがその一団か!」


 ルーズはナスカ達を一瞥すると木刀を構えた。店の中であることなどお構い無しといった調子だ。


「丁度いい。あいつから盗ったこの棍棒の性能を確かめてやるぜ!」

「いいわ、やってあげる!滝澤の仇よ!」


 ……と、息巻いたナスカとルーズだったが、次の瞬間にはその場に倒れていた。頭の頂点から足先まで、まるで接着剤で固定されたかのようにピクリとも動かない。その原因は焦げ茶から緑に変わった店主の左眼だろう。


「店の中で暴れるなと何度言えば解るのか……。ルーズ、そのニンゲンはネイのところに居るんだな?お前も私と共に来い」


 店主は入口の横に掛けてあったコートを纏い、外へと出て行った。ルーズも蛇のように床に這いつくばりながらその背を追う。


「な、何だったの今の。体が急に重く……」

「ナスカ、大丈夫?」


 ルナの肩を借りて、ナスカがよろよろと起き上がる。


「あの二人を追いかけよう。その先に滝澤が居るはずだ」


 ヴィルはルーズが落とした滝澤の木刀を拾い上げ、店の外へと飛び出していく。


「相変わらず単独行動ね。滝澤も、ヴィルも。ルナ、行きましょうか」


 服に付いた埃を払い、ナスカもルナを連れて店の外へと出ていった。誰も居なくなった店内の電気は勝手に消え、扉もロックされた。最後に小さな溜め息を一つ残して。

 ……ここは邪神バアル喫茶店。店である。




そして当の滝澤は現実世界で言う警察署のような建物に連れてこられていた。働いているのは全て鬼。


「何のためにこの街に来たんだ。答えろぉ!」


ルーズと一緒に居た時とは打って変わり、ネイは今にも噛みつきそうな猛々しい表情で滝澤を尋問する。


「あのぅ……本当に魔王志望のただの若者なんですぅ……この街もたまたま通りかかっただけでぇ……」


 上半身裸で弁明する姿は実に滑稽。ナスカが見たら腹を抱えて笑い転げそうなものだ。


「(俺…この歳で取り調べを受けるなんて…親父に知られたら切腹させられるぞ…)」


 顔面蒼白の滝澤は地下に隔離された部屋の椅子に座り必死に弁明を試みているのだが、ネイは一切信用せず、滝澤を威圧している。


「今頃店長さんとルーズさんがお前の仲間を見つけて捕まえてるはずだからな。震えて待ってろよ」

「(そうだ、ルーズの持ってる木刀を目印にしてナスカ達が助けに来てくれる…はず)」


 滝澤は自分を見つけるための目印としてわざとルーズに木刀と情報を渡したのだった。 ならば、別にビクビクしなくても良いのではないか。滝澤はそういう結論にたどり着いた。


「ホントにさっきとは全然態度が違うな。そんなに人間が嫌いなのか?」

「嫌いとかそういうのじゃない。 ニンゲンは俺たちの敵だ」


 滝澤の質問にネイの角が震える。どうやら過去に何かあったらしい。


「俺のこと人間って知った瞬間に目の色変わってたが、お前、オニ族だよな?人間を恨むようなこととか……」


 鬼と言えば、日本の昔話に登場する恐ろしい大柄の怪物である。ネイの外見もそれに寄っていた。


「三匹のお供を連れたお前らニンゲンの祖先が島に住んでた俺たちの祖先を襲って宝を奪ったんだ。お陰でオニ族は破産、他の種族より遥かに発展が遅れることになったのだ。お前、知らないのか?」

「なんか、知ってるけど知らない物語だなそれ」


 日本で古来から親しまれている桃から産まれてそうな太郎の話にとても近かった。 もしかしたら、作り話だとされている昔話は、別のどこかで実際に起きていた話なのかもしれない。 なにより、この世界では不思議な力が通用するのだから。


「この物語を知らぬニンゲンなどいるのか…」


 滝澤の曖昧な返答にネイは怪説そうな顔で椅子にもたれかかった。

再びネイが威圧的な雰囲気を醸し出し始めたその時、壁に取り付けられた電話機が鳴り始めた。


「店長さん?おいニンゲン、ここで待ってろ。逃げようだなんて考えるなよ」

「ここ密室だろうが」


 電話を置いたネイはその隣に取り付けられた梯子を登って行った。 分厚い扉が閉まると、狭い部屋の中には滝澤一人だけになった。


「人間ってのも面倒くせえなぁ……」


 ため息を吐きながら見上げた滝澤の目に映った人が通れるほど広い通気口が写り、滝澤の頭に名案が浮かんだ。


「……行けるな。へっへっへ、戻ってきたら俺が消えてるのを見て腰抜かしやがれ」


 相変わらずの悪役顔で滝潔は通気口に体を捻じ込んだ。が。


「あ、やば、これ足が嵌って抜け出せな……」

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