参章-世界の秘密

約束された不運

「すっげぇ賑やか、これがモンスターの街か……」


 温泉街のような街並みの中、行き交うモンスター達。皆姿は違えど、同じ言語を使って交流していた。

 ルナは今まで見たことない大勢のモンスターに怯え、この街に足を踏み入れてからずっと滝澤にしがみついている。


 因みに、滝澤は無駄な誤解を避ける為にヴィルと同じヴァンパイア族に変装していた。


「この街はイーラックと言う。結界に護られた街で、温泉が有名だぞ。特にあの宿、あそこの大浴場は格別だぞ。あとはそこのとか、あっちのとか……」


 ヴィルは得意げに街を紹介する。だが、悲しいことにあんまり滝澤達の興味はそそられていないようだ。むしろ若干引いている。


「へ、へぇ……詳しいのね」

「あ、それは……まぁ、私が産まれたヴァンパイア族の村が近くにあってな……」


 先程とは打って変わってイマイチ歯切れの悪い言い方になったヴィルに一瞬不信感を抱いた滝澤だが、それより今は食欲だった。ほんと、そういうところだぞ。


「腹減ったし、何か食べようぜ」

「ルナもお腹空いた」


 滝澤は丁度傍にあった喫茶店の入口の戸に手を掛ける。


「私はいいけど、滝澤、アンタGOジオ持ってるの?」

「……何それ」


 ここに来て新単語。文脈から判断するならば元の世界で言うところの円やドルに値するものだろうか。


「やっばり知らないのね。GOってのは何かを買ったり、食べたりする時に対価として支払うものよ。ニンゲンなら知ってて当然だと思うんだけど」

「え、俺ってもしかして非常識人なの!?」


 この世界のニンゲンではないのだから当たり前だろう。滝澤は慌てて手を離したものの、丁度店から勢い良く飛び出して来たナーガに驚いて尻もちをついた。


「っと、悪いね。客待たしてんだ、失礼するぜ!」


 ナーガは滝澤達の間を風のように通り過ぎ、あっという間にモンスター達の波の中に消えてしまった。


「滝澤、大丈夫…?」


 と、声を掛けようとしたナスカだが、嵐が過ぎ去った後の道に滝澤の姿は無かった。


「滝澤、居なくなっちゃったね」


 こんな短時間で消える滝澤は余程単独行動の神に愛されているのだろう。


「あいつ、まさかさっきのナーガに付いて行って無いわよね…?」

「それならそのうち一緒に戻ってくるだろう。」


 ヴィルは慣れた調子で暖簾のれんを上げ、店の中へと入って行った。


「はぁ……また何か起こさないかしら」


 ナスカの心配も杞憂ではない。滝澤が何かやらかすのはいつもの事である。




「痛い擦れてる熱い痛いぃ!助けて死ぬ焼ける焦げるぅ!鬼悪魔人殺しぃぃぃ!」


 滝澤が思いつくありったけの悲鳴をあげ終えた頃にようやくナーガは足を(実際、蛇に足は無いが)止めた。


「お……?なんだ、さっきのヴァンパイアじゃねえか。オレに惚れて付いてきたのか?なら悪いけどオレは……」

「違ぇわ!ズボンの裾が鱗に引っ掛かってんだよ!」


 五十メートル程引きずられて滝澤はようやく立ち上がる事が出来た。何とか残されていた上着もズボンも摩擦でボロボロである。


「そりゃ悪かったな。ついでにオレの仕事手伝ってくれよ!」


 ナーガは背負っていた箱を地面に降ろし、中に入っていた袋の幾つかを取り出した。


「手伝わせる気か!?謝る気無いだろ!誠意を見せろ誠意をよぉ!」


 お前は厄介なクレーマーか。


「じゃあ、替えの服をやる。でもその前に仕事手伝ってくれよ。待ってるのも暇だろ?」


 滝澤はナーガに無理やり袋を受け取らせられた。持ってみて初めて気付いたのだが、袋は妙にずっしりとした重さがあった。

 これが大量に入っていた箱を背負ってあれだけのスピードが出せるのだから、このナーガはかなり筋力があるのだろう。


「結局手伝わせられるのか……別にいいけどさ。俺もさっきの店に戻るためにえっと……」

「ルーズベルトだ。この街じゃルーズって呼ばれてる」


 ルーズは滝澤に手を差し出した。滝澤はしっかりと手を握った。


「よろしくルーズ。さっさと仕事終わらせようぜ」

「おう。じゃ、そっちの家に1つ、その隣の家に3つ、そのまた隣の家に2つ袋を届けてくれや。邪神バアル喫茶店って言や受け取ってくれるさ。GO忘れんなよ?」

「(なんでそんなカッコイイ店名なのかは知らんが)分かった。全部渡し終えたらここに戻ってくる」


 ルーズと分かれた滝澤は早速古風な民家のインターホンを押した。


「……」


 中から物音がするので出る準備をしているのだろう。滝澤は袋の底を指で軽く叩きながら目の前の家を観察する。

 木材で作られた壁に煙突、窓、加えてインターホンという近代の物も存在している。

 滝澤がアルラウネの里でも感じていたことだが、この世界の建造物は元の世界と酷似している。

 


「馴染みがありすぎるんだよなぁ」

「ありふれた家で悪かったね」

「ゔぇっ!?」


 いつの間にか戸は開いていて、そこには年老いた(ように見える)オニが立っていた。


「あ、バアル喫茶店の者なんですけど」

「見ない顔だが、新入りかね。ま、いいか。ほら、代金」


 オニの姥は滝澤に小銭を手渡し、代わりに袋を受け取った。


「それじゃ、ルーズと店長によろしくね」

「あいよ、ありがとうございやした〜」


 滝澤は小銭をポケットに入れ、次の家へと向かう。なんでこの男は異世界でバイトしてるんだろうか。

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