一件落着(?)
「ぐっはぁぁ!」
久々に滝澤は鉄(土)拳を喰らい、吹っ飛んで行った。
「滝澤ァ!アンタ、勝手に川の中飛び込んで、どれだけ私が心配したかわかってんの!?」
「だからって出会い頭に殴らなくてもいいじゃん……俺、これでも戦闘直後なんだぜ?」
「一発は殴らないと気が済まないの!」
滝澤の上着を着たナスカが頬を膨らませた状態で起き上がった滝澤の前に立った。この構図、初めて滝澤が土の拳を倒した時と真逆である。
「お、俺の上着持ってきてくれたんだ。上着似合うじゃん、可愛いぜ」
「やっぱりもう一発入れるわ」
「勘弁してください」
即座に土下座の姿勢に移り変わる滝澤。やっぱり魔王候補にしては心もとない。
「おじいちゃん、滝澤!」
「よし、無事だな!」
ナスカに続き、ヴィルとルナも岩場に足を踏み入れ、滝澤に駆け寄った。滝澤の仲間が全員集合するのはここが初である。
「ルナとヴィルも揃ったな。てか、ナスカとは知り合いなのか?」
「いや、ここに来る途中で知り合ったんだ。ナスカから聞いたぞ、滝澤がここに来るまでの話。木をニンゲンと勘違いして流されたのか……クク……」
「温泉いいなー……」
「はい、その話そこまで!それよりワイヴァーンの方にも行ってやれよ!」
顔を真っ赤にした滝澤は大袈裟に話をワイヴァーンの方に振る。この男にも恥じらいとかあったのか……。
「おじいちゃん、大丈夫……?」
「暫くは動けんが大丈夫だ。そこにいる滝澤のおかげでな。ルナも我を心配してくれたのだな、ありがとう」
ワイヴァーンは柔らかい笑みを浮かべ、ルナの頭を撫でた。
「爺さん、久々に笑ってるな。これも我が夫、滝澤の力だな」
ヴィルは満足げな表情で触れ合う二人を見守る。滝澤も二人の様子を眺めて胸の中が温かい気持ちでいっぱいになる。
「それほどでも……あるかもな。いやぁ、やっぱ俺って特別なニンゲンだし?」
その熱を頭に移動させるな。だが、滝澤が調子に乗ると酷い目に合うのはいつもの事で。
「我が夫……?何それ、聞いてないんだけど」
滝澤はナスカの表情にゴゴゴゴゴ……というような効果音と燃える背景が相応しく感じた。
「え。色々情報交換してたんじゃないの!?なぁヴィル!?」
「いや、さすがに会ったばかりのものに婚約したと言うのは恥ずかしくてな……」
ヴィルは右手を顎の下に当て、頬を赤らめた。この場においては全く意味の無い恥じらいである。
「可愛いけど可愛くないなおい!あ、違うんだよナスカ、ヴァンパイア族の仕来りでな……」
「嘘!吐く!な!」
メコッという音を立てて、滝澤の顔に土の手がめり込んだ。理不尽な目に合うのも、やはり滝澤らしい。
「……まぁ、死んでもらっても困るし、回復魔法くらいは掛けて上げるわ。
ラムゼの蹴りで引っ掻き傷が出来ていた滝澤の腹部の出血が止まる。
「アンタはそれくらいでいいでしょ。それよりあそこのドラゴンの方が大事よ」
ナスカはワイヴァーンの背中と顔の傷を診て考え込んでしまった。
「(背中の傷は大した事無いけど傷は問題ね。いくら竜人とはいえ、治るかしら……?)……やってみないとわからないわ。
とにかく物は試しだとナスカはワイヴァーンに回復魔法を使用する。背中に空いていた穴は塞がったが、目から流れ出していた液体は止まらない。
「やっぱり、私の魔法じゃ力が足りない……」
「もう良い、アルラウネの娘よ。我はワイヴァーンぞ。目玉なんぞ無くてもやっていけるわ」
「また強がっちゃって。目が無いと本領発揮出来ないの知ってるぜ」
そう言って近寄ってきた滝澤はワイヴァーンの目に手を添えた。しかも、その手は光っている。
「あんたもしかして、ビスマルク様の時みたいな事出来ると思ってる?」
「おう。信じれば案外何でも出来るぞ。だから俺を信じろ」
滝澤が手に力を入れるとワイヴァーンの体が光に包まれ始めた。誰もが予想だにしなかった事態に滝澤も手を離して後退りする。
「おお……身体に何かが流れてくる!滝澤、やはり貴様、只者では無かったな!」
滝澤の力が注がれている所為か、ワイヴァーンもテンションが高い。繭のようにワイヴァーンの体を包み込んだ光の上に天へと神々しい光が重なった。
「な、なんかおじいちゃんに凄い事が起きそうな予感がする!」
「滝澤、アンタ何したのよ!?」
「俺は知らねぇよ!これが噂のハンドパワーってやつか!?」
滝澤のふざけた発言はこの際無視する。ワイヴァーンの繭はルナの背丈程に収縮し、目映いほどの閃光を放ちながら爆ぜた。
「キャッ……!」
「わ、ワイヴァーン!!」
何が何だか分からず、あまりの眩しさに目を覆う一同の中で滝澤だけが本気で叫ぶ。
「何だったんだあの光は……おい、あそこに誰か立ってないか?」
ヴィルが指差した先の立ち昇る煙の中にちらりと人影が見える。位置的には丁度ワイヴァーンがいた所だ。
「おじいちゃんっ!」
「おいルナ、何が起こるかわから……」
ルナが滝澤の制止の言葉もも聞かず人影目掛けて煙の中へと突っ込んでいく。
「ぬおうっ!?我の上に乗るなルナ!」
ワイヴァーンの太い声の代わりに聞こえてきたのは可愛い悲鳴。
「ええい、邪魔だ!」
見覚えのある空気の弾が煙を退かしていく。煙が晴れた先でルナの下敷きになっていたのは……何故か幼女化したワイヴァーンだった。
「降りろルナ、重いではないか。む…重い?おい滝澤ァ!我の姿はどう見える!?」
「ろ、ロリ化してます……」
ワイヴァーンの凄みに流石の滝澤の体も強張り、敬語になる。
「ろりか?我に解る言葉で言え」
「えっと、その……ちっちゃくなってます。色々と……」
「な、なにぃー!!??」
ワイヴァーンは向き合ったルナの瞳を凝視する。そこには黒い眼帯をした深緑色の髪の少女が映っていた。
「もしかして、俺の能力って回復効果と一緒に女体化効果も付いてたりするのか!?生物学ガン無視じゃん!」
そもそも異世界のモンスターに生物学が通用するのか。
「戻せ」
歓喜する滝澤の胸ぐらをワイヴァーン(幼女)が物凄い力で掴んで言う。目にはハイライトがない。
「無理です。でもほら、その状態でも充分戦えるみたいだし次いでに改名でも……」
言い終わる前に殴り飛ばされた。
「森を取り仕切る竜人が子供の姿では威厳が保てんだろうが!『こんにちは!森の主、ワイヴァーンだよ♡』とでも挨拶しろと言うのか!」
確かに今のワイヴァーンの声はとても侵入者が恐れ戦くようなものではない。むしろある種のニンゲンは好んで寄ってきそうだ。
「爺さん、今のもう一回やってもらっても構わんか?私の心に何か刺さったような……」
「ええい、そのような慈愛に満ちた目で見つめるな!ヴィル、貴様そんな奴だったか!?」
わらわらとワイヴァーンの周りに皆が集まっていく。
仲睦まじく戯れる一行から少し離れた所でガラスはラムゼに
「……」
錬金術で創り出した
「困っているようね」
「……!」
突然掛けられた声に振り向くと、ひとりワイヴァーンを囲む輪から外れたナスカが立っていた。颯爽と現れた正義の味方のように見えるが、実は輪に混ざれなかっただけである。悲しい。
「貴方……モンスターよね。戦う力を持たない私を始末しに来たのね」
「違うわ。……確かにニンゲンは嫌いだけど、滝澤みたいなニンゲンも居るって知ったし……あ、でも何かするようなら
「タキザワ……貴方もあのニンゲンの仲間なのね……?ならお願い、ラムゼは殺さないで!」
「殺す?何言ってるのよ。ほら、その獣人見せて」
スっとナスカはガラスの横を通り抜けて立ったまま動かないラムゼを診療し始めた。
「……外傷は回復済み。意識は無し……ね。なら後はきっかけだけ。そーれ!」
ドゴッ!
ショック療法は実在するが、なにゆえ思いっきり杖で殴ろうと思ったのか。むしろ逆効果になる可能性さえある。
「な、何やってるの!?」
「何って……治療だけど」
そうは言っているが、傍から見ればトドメを刺しているようにしか見えない。
「……ってぇな!誰だよ!?」
物理的且つ強引な
「ガラス無事か!?アイツらに変な事されてないか!?怪我してないか!?」
余程ガラスを心配したのであろう。ラムゼはガラスの手を握って捲し立てるように尋ねる。
「大丈夫。ラムゼも耳はちゃんと聞こえる?」
「耳?あぁ、なんか変な感じはするけど、寝れば治る」
「そっか」
「ああ」
二人は互いの無事を確認し、安堵の涙を流した。その様子を見たナスカは御役御免と滝澤達の元へ戻ろうと歩き出した。
「そうだ、ワイヴァーンはどうなった?それと、あの男は?」
ギクリとナスカの心が跳ね上がった。元々ガラスとラムゼはワイヴァーンを狙ってこの森に来ていたのだ。二人が近くに居る事を知ればまた襲撃を仕掛けるかもしれない。
「ワイヴァーンとあの男は……この森から出ていったみたい」
「……そうか。なら別の龍を追わないとな」
喧騒に気付かないふりをして、立ち上がった二人は滝澤達の居る方向とは逆の方に進み始めた。数歩進んでガラスが立ち止まり、振り返る。
「ありがとう、旅のアルラウネさん」
「どういたしまして」
ナスカは滝澤のように無邪気な笑顔で答え、森の中へと消え行く2人の姿を見守っていた。
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