共闘

「ニンゲンと竜人……だが、このチャンスを逃せばワイヴァーンの鱗は手に入らねぇ……!」


 ラムゼは爪を構えて敵の様子を窺っている。


「お前ら、俺と一回会ったことあるよな?あん時は木刀見ただけで逃げちまったけど、ようやく戦う気になったのか?」


 滝澤は木刀を降ろしながら努めて陽気にラムゼに歩み寄る。だが、実の所滝澤はいつでも木刀を振れる体制にあった。


「分かった!」


 ラムゼは滝澤の上を飛び越え、ワイヴァーンに迫る。滝澤の真意を見越してかガラスは高音でラムゼに指示を出していたのだ。


「くっ……」


 人型であるワイヴァーンには物理攻撃に対応する術を持っておらず、尻尾を含む全身を使ってラムゼの攻撃を避けた。


「(クソ、1人の時と違って戦い辛いな……)ワイヴァーン、大丈夫か!?」

「我は手負いだが、竜の血を引く者。これしきの奇襲、避けられんでどうする!」


 しかし、避けは出来ても反撃できないのがワイヴァーンの現状。それをカバーするのが滝澤の役目だった。


「せめてナスカだったら安心して後ろを任せられるんだけど……」

「誰のことか知らんが諦めろ!そして早く助けに来い!」


 ラムゼの連撃を避けながらワイヴァーンは器用に滝澤に近付いていく。どう嘆いても滝澤がワイヴァーンを護らなければいけないのは明白だった。


「ごめんワイヴァーン!」

「チッ……ニンゲンは黙ってろよ!」


 振り返り様の攻撃をいなし、今度こそ滝澤とラムゼは対面した。


「ニンゲンだろうがモンスターだろうが俺には関係ない話よ。だから口出しも手出しもさせてもらうぜ」


 万が一を考え、木刀を逆さに持ち直した滝澤は木の棒を振るように軽く木刀を大きく振った。いや、木刀も木の棒ではあるのだが。

 それを真剣白刃取りのように爪を交差させて抑えたラムゼが左足を上げ、滝澤の腹部の中央に深深と蹴りを入れた。

 これはボクシング等の格闘技などで見られるという技である。

 この技は相手の防御をすり抜けて無防備な肝臓に攻撃を当てる事を目的とした技だ。見事に決まると相手は土下座するような姿でダウンする。


「ごっへぇ……」


 滝澤も内臓を揺さぶられ、例に違わずぐったりとその場に倒れ込んだ。どうやら先程までの威勢の良さは風に乗って飛んで行ったようだった。


「あっけねぇな。次は……」


 と、言いかけたラムゼの顔面に空気の球がぶつけられた。


「早く立ち上がれ滝澤。我は少しの間しか稼げんぞ」

「老いぼれ竜種が調子に乗りやがって……!」


 ワイヴァーンは自らラムゼの標的になり、空気の球を盾にして攻撃から身を守る。その間に滝澤は痛む腹を押さえながら立ち上がった。


「ワ、ワイヴァーン、やっぱり帰っていい?」

「起きたのなら早く代われ!我の空気の球もそろそろ壊れるぞ!」

「んだよ、もう復活したのか!?ならもう1回沈めてやるよ!」


 立ち上がったばかりの滝澤にラムゼが再び襲いかかるが、今度の滝澤は少し動きが違った。ラムゼの周囲を跳び回る滝澤。例えるなら兎のよう。


「くそ、狙いがつけにくい!ガラス、あいつが移動する先を教えてくれ!」

「わかった。……っ!?」


 頷いたガラスを空気の層が覆う。


「自分が狙われんと思っておるなよ」

「ガラス!」


 ラムゼは滝澤そっちのけでガラスに駆け寄るが、その前に滝澤が立ち塞がる。


「ワイヴァーン、こっちに!」

「うむ!」


 滝澤の合図でガラスを包んでいた空気の壁が、ラムゼの前に移動する。これによってガラスの拘束が解かれ、指示が届くようになった。


「(壁の向こうはどうなってる?くそ、ガラスの声が上手く聞こえねぇ……!)」


 ガラスの声を聴こうとラムゼは耳を澄ます。

 いつ襲われても良いように爪を構えながら、しかしガラスの安否を確認するために全身の神経を壁の先に向けていた。


「……を……塞……」

「ガラス!」


 微かに聞こえてきたガラスの声、ラムゼはそれをもっと正確に聴こうと壁に近寄る。


「耳を塞いでラムゼ!」

「……は?」


 ガラスの言葉を聴いた直後のラムゼが気づいた微かな違和感。空気の壁の一部が飛び出ていた。

 それは、


「わっ!!」


 滝澤の運動部特有の大声が敏感なラムゼの耳に炸裂した。おい、木刀使えよ。

 空気の壁が掻き消え、滝澤の姿が露わになる。しかし、ラムゼはその場から一歩も動くことはなかった。


「……立ったまま気絶してるな。俺の作戦とはいえ、もっと木刀振りたかったなぁ……」


 そうだよ、木刀で戦えよ。お前それでも元剣道部か。


「ふざけた事を。さっさとその獣人を斬れ。これ以上命を狙われては堪らん」

「待って!ラムゼを殺さないで!」


 ガラスが滝澤とラムゼの間に割って入る。


「次はあんたが相手か?あんまり気は進まないけどな……」

「違う、私に戦う力なんて無い。降参よ。だから、ラムゼだけは殺さないで。私はどうしたっていいから、ラムゼだけは!」


 ガラスの必死の叫びに滝澤はその場からゆっくりと後退りしていった。だが、そもそも滝澤にはラムゼを殺すつもりなどなく、ラムゼが奪ったワイヴァーンの眼球を取り返そうとしていただけなので、ガラスをどうこうするという考えはない。


「どうするワイヴァーン?この人もモンスターの味方っぽいけど」

「とにかく、我の目玉を返せ。その後は…滝澤、お前の好きなようにしろ」

「ほいほい」


 ガラスの横に落ちていたバスケットボールのような大きさの眼球を拾い上げ、滝澤はワイヴァーンに差し出す。


「ここら辺に手を洗えるところない?ベタベタして気持ち悪いんだけど」

「失礼な奴め。また飛ばされたいのか?」

「それは遠慮しとくわ。またはぐれたくないしな。……む、なんか嫌な予感が」


 滝澤が聞き覚えのある足音に振り返って見たのは嫌な思い出しかない土色の拳だった。

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