胡蝶の夢
滝澤はいつの間にか城の中に居た。
「いやぁー……魔王になるまで長かったなぁ……デッカイロボ倒したり、ムキムキの王様倒したり……」
玉座に座り、城下街を見下ろす滝澤。その傍にはルナとヴィルも居る。さらには可憐な召使いのモンスター達も城の中を忙しく歩いていた。
「晴れて人間とモンスターの和解も済んだし、俺も魔王の暮らしを堪能してるし……一生このままでいいかな〜……」
滝澤がそんな一言を言った直後、ドシンと城の床が揺れた。
「な、なんだぁ!?」
「魔王様、巨大なゴーレムのような何かが!」
召使いの声に滝澤が窓から顔を出すと遠方から巨大な土の手が城に向かって進んできていた。
「げっ……あれは!」
土の手の上に立っているのは鬼の形相を浮かべたナスカ。
「たーきーざーわぁぁぁ!」
慌てて逃げようとする滝澤だが、何しろ城の上方。逃げ場は無かった。
ぐらりと揺れる天井。次の瞬間にはそれが剥がされ、強い光が差し込んだ。
「滝澤、私を置いたまま勝手に魔王になるなんて何のつもり……?」
「す、すいません!許してください!何でもしますから……!」
土の手に捕まれ、宙に吊るされた滝澤は両手を合わせてナスカへの謝罪を述べていた。
うーん……うううーん……
唸る滝澤を掴みながらワイヴァーンは口の端をプルプルさせていた。
「おいニンゲンっ!」
怒号と共に吹いた風で滝澤は目を開ける。
「わ、ワイヴァーン!?どうしてここに!?」
「どうもこうもないわ、早う来い!我をどれだけ待たせる気だ!」
顔を上げれば、陽は既に滝澤の真上にあった。ルナとヴィルもとっくに起きていたが、あまりに滑稽な滝澤を呆れ顔で見ているしかない。
「い、いや明日ならいつでもいいかなー……なんて」
「そんな訳がないだろう!」
ワイヴァーンが叫ぶ度に滝澤の顔に強風が当たり、弛んでいた頭を刺激する。
「いや、本当に悪いと思ってる。結構疲れてたみたいでさ」
「ならば気分転換に空でも飛ぶか?」
滝澤の返答を聞くより早くワイヴァーンは滝澤を掴んだまま上空へと飛んだ。
「ルナ、ヴィル、いつもの所に居るぞ。来たければ来い」
そう言い放つとワイヴァーンは一際目立つ高い岩に向かって風を切り裂きながら向かった。
「お、おい!爪が食いこんで痛いんだけどー!」
「文句があるなら勝手に降りるが良い」
上空の冷気を感じながら見下ろす大地は明らかに滝澤を優しく受け止めてはくれなさそうだった。
「こんな高さから落ちたら死ぬわ!ん……?死ぬのか?」
そういえば、この世界に来てからピンチはあれど本気で死にかけた事は無い。それでも、やっぱり落ちるのは怖かった。
そのうちに滝澤の体は何も無い岩場にドサリと降ろされる。
「この上で戦うのか?」
「そうだ。岩場ならば邪魔も入らず、森を傷付けずに戦えるであろう」
「ふーん……」
ワイヴァーンの事をただ人間を恨んでいる頑固オヤジだと思っていた滝澤は意表を突かれた。
「あのさ、ワイヴァーンは何で人間が嫌なんだ?ただ単純に迫害されてきたって理由じゃなさそうだけど」
準備運動の時間稼ぎになれば……と、身体を捻りながら滝澤はワイヴァーンに抱いていた疑問を投げ掛ける。
「ニンゲンに教えるとでも?」
「ほら、冥土の土産ってやつよ。どうせ負けたら森から吹っ飛ばされるんだし、いいだろ?」
うーむ……と、しばらく考えてからワイヴァーンはゆっくりと口を開いた。
「特別に教えてやろう。ワイヴァーンとはな、我の事ではないのだ」
「……へ?」
「貴様はこの世界で我以外の竜族を見たことはあるか?」
「確かに見たことはないけど、来たばっかだからわからねぇ……」
意外な所に転生のデメリットが。滝澤は異世界年齢で言えば零歳。まだ赤子である。
「見ていないのが当然だ。なぜならこの世界に竜は居ないのだからな」
ワイヴァーンはふっ……と息を吐いた。
そしてその輪郭が徐々にぼやけていき、ワイヴァーンは竜から人に変わる。
「!!!???」
驚きで飛び上がった滝澤はワイヴァーンの身体と自分の身体を見比べる。鱗や尾など所々竜だった時の名残は残っているが、その姿はほとんど滝澤と大差無かった。
「我は竜人。ワイヴァーンの名を借りたニンゲンと竜の混血よ」
「じゃ、じゃあ父さんか母さんがニンゲンってことか!?」
「
語るワイヴァーンの瞳は悲哀の色に染まっていた。
「……もう充分だろう。我々は敵同士なのだから」
ワイヴァーンは重々しく呟き、再び竜の姿に戻った。そして間髪入れず滝澤に襲いかかる。
「まだ何も宣言してないって!」
滝澤は勢い良く振り下ろされた腕を木刀の地で受け止めるので精一杯だった。
「それはニンゲンの理屈だろう。お前らはモンスター相手に決闘開始の宣言をするのか?」
「まぁ確かにしないだろうけどさ……!」
ぐぐぐ……と、ワイヴァーンの力と滝澤の力が拮抗し、緊迫した雰囲気の中、滝澤は押し負けたら死ぬ状態にまで追い詰められる。
むしろ、滝澤が抑えていられるのが不思議なくらいだった。
「(やっべぇ……変な汗出てきた!)」
「諦めろニンゲン。この程度で潰れるような柔い覚悟なら我を屈伏させるには程遠い」
「そんなのまだ決まってねぇぞ!」
滝澤はワイヴァーンの腕をなんとか受け流し、素早く距離を取った。額の汗を拭い、木刀を構える。
「こんな状態で言うのもなんだけどさ……絶対俺ら分かり合える気がするんだよな」
「無くなってからその存在に意義を感じたとしてももう遅い。大人しく我の力の前に屈せ!」
ワイヴァーンは自らの近くに空気の球をいくつか発生させた。滝澤はルナやヴィルから慕われていたワイヴァーンを傷付けたくない。だが、同時にワイヴァーンは自分の命を脅かす存在でもある。
滝澤は葛藤に苛まれながらワイヴァーンと熾烈な闘いに身を投じるのだった。
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