休息&急速

 ルナが採ってきたリンゴで腹を満たした一行はワイヴァーンの寝床を目指す。


「いいのか滝澤?何の作戦も無しにワイヴァーンと会って」

「別に戦うわけでもないんだし、交渉に使えるようなものもないからいいだろ」


 ヴィルの心配を滝澤は笑って返す。この緊張感の無さを改める気は無いようだ。


「愚鈍な者だな。このワイヴァーンを相手にそこまで大口が叩けるとは」

「ゲッ……!」


 声と共に、突風が滝澤を襲った。木々を退け、ワイヴァーンの巨体が滝澤の目の前にズシンと降り立った。


「あの……俺、また吹き飛ばされたりします?」

「当たり前だっ!」


 ワイヴァーンの大きく開いた口の前で圧縮された空気の球が形成される。


「待っておじいちゃん!」

「危ないルナ!後ろに居ろ!」


 滝澤を庇うように前に出たルナに続き、ヴィルが剣を抜いてさらにその前に出る。


「ヴィル、ルナ、何をしている……!?そのニンゲンを庇うのか?」


 二人の行動に驚いたワイヴァーンが口を閉じると空気の球は解けていった。


「当たり前だ。夫を護らずして何が妻か。例えじいさんと言えど容赦はしないぞ」

「滝澤は悪いニンゲンじゃないよ」


 二人の目はワイヴァーンに対抗の意思を伝えていた。ワイヴァーンは滝澤を一瞥し、大きく溜め息を吐いた。


「そうか……ならばニンゲン、決闘だ。次に日が登った時、この先の開けた土地に来い」

「まぁ当然の展開だよな。それじゃ、俺が勝ったらある程度は好き勝手させてもらうぜ」

「好きにしろ。負ければ今度こそ国まで飛ばしてやる。覚悟しておけ」


 双方、睨み合ったままゆっくりと離れていく。ワイヴァーンは再び翼を広げ、上空へと消えていった。


「成り行きで決闘受けちゃったけど、どうしよ……」

「何も考えていなかったのか……」


 滝澤はNoと言えない日本人だ。特に理由が無ければ断らない。


「それは後で考えるとしてもう陽も沈みかけているから寝られる場所を探さないと……」

「それなら私に任せておけ。簡易結界くらいなら作れる」


 得意げに笑ったヴィルは木の枝を地面に刺した。そのまま真っ直ぐ行った先の地面にも刺す。これを四箇所行い、その中央に剣を刺した。


「簡易結界・アロンダイト!」


 剣の柄から伸びた光の線が木の枝へと伸び、ピラミッドのような形を作り出した。


「はえー……すっごい。その剣、秘宝みたいなものなのか?」


 よくよく見ればヴィルの剣は一切の光沢が無く、見ていると純黒に吸い込まれてしまいそうだ。


「そんな所だ。……この結界の中にいる間は低俗な輩共に襲われないことだけは保証しよう」


 そう言いつつもヴィルの表情には影が差していたが、滝澤が気に留めることは無かった。


「ルナ、剣には触るな。長い事見てると飲まれるからな」


 虚ろな目で剣に触れようとするルナをヴィルが取り押さえる。それでもルナの手(翼)は剣に向けて伸びていた。


「そんな危険な物を野ざらしにしておくなよ……!」


 滝澤が急いで脱いだ肌着を剣にかけるとルナはようやくその場に腰を下ろした。


「ルナ、この剣には明日まで触るな。いいか、俺との約束だぞ」


 上半身裸の滝澤がルナの肩を掴む。ルナは頷いているが、見ようによっては明らかに不審者が幼女を連れ去ろうとしているようにも見える。




 陽はすっかり沈み、辺りも暗くなってしまったが、結界の力なのか、滝澤達の周りだけはほんのりと明るかった。


「脱いだはいいけど寒くなってきたな。焚き火でも起こすか」


 滝澤はテレビのサバイバル系番組で見たように植物と枝を使って火を起こそうとする。


「アチチチ……!こんなん無理……!火がつく前に摩擦で俺の手が焼けるわ!」


 中々産まれない火種に早くも音を上げた滝澤は地面に大の字になって寝転がる。と、その前に剣や鎧の整備をしていた筈のヴィルが立った。


「何をやっているんだ」

「火を起こそうと思ったんだけど、俺でも無理だわ」

「そういう事なら早く言え。魔導火打ち石があると言うのに」


 ヴィルは鎧の中から小さな2つの赤い石を取り出すと、それらを積まれた植物の上で擦り合わせた。

すると、植物の上で小さな火が生まれ、メラメラと炎を燃やし始めた。


「そんな便利なものあるなら早く教えてよー!」

「聞いてこなかっただろう。まったく……滝澤は不器用なんだな」


 ヴィルの茶化すような笑いを見て滝澤はムッとしたが、大して言い返せるようなことも無い。大人しく焚き火の前に座った。


「あー希望の炎だー」


 恍惚とした表情を浮かべ、暖を取る滝澤。


「そうでもないぞ。灯りがあるということは当然、


 ブブブブ……という耳障りな羽音を立てながら巨大な蝿のような何かが結界の上を旋回していた。


「で、デカいしキモい……!な、なぁこの虫、中には入って来られないんだよな……!?」

「もちろんだ。しかし、あのデビルフライが朝まで居たとしたら我々は結界から出られんだろうな」


 結局はデビルフライ…蜻蛉とんぼの羽を持ち、蟷螂かまきりの鎌を持った蝿を倒さないことにはこの結界からは出られないということだ。


「俺裸だからあの鎌当たったら多分死ぬよ!?裸装備で勝てるような玄人じゃないよ!?」


 慌てふためく滝澤を前にヴィルはニヤリと不敵な笑みを見せた。


「任せておけ。先程は無様な姿を見せたが、今度は私のスキルを見せてやろう」


 ヴィルは刺していた剣に手を掛け、夜空を見上げた。


「……捉えた。〈夢幻封影〉!」


 ヴィルのルビーのような赤眼がより紅くなり、剣がそれに呼応するように地面から抜けた。

 さっきまでの軽やかな旋回はどこへやら、デビルフライは失速し、不規則な軌道を描きながらヴィルの方へと墜ちてくる。


「むんっ!」


 魔剣がデビルフライの巨体を切り裂き、滝澤は慌ててルナに覆い被さる。


「おい、そういうことするなら先に言えって!」


 体スレスレの場所に落ちたデビルフライの残骸を蹴って滝澤が抗議する。


「それは私の配慮不足だった。だが、お陰で身を守れたのも確かだぞ」

「はいはい、ありがとうございました」


 ヴィルは剣を元の位置に刺し、デビルフライの巨体を結界の外へと退かす。


「何が起きたの?」

「私がアイツに幻覚を見せ、こちらに誘い込んだ。鎧越しでは使えなかったが、今はこの通りだ。存分に扱える」

「すごーい!」


 ルナが目を輝かせて拍手する。その反応にヴィルは大満足らしく。溌剌とした笑みを浮かべていた。


「さて、そろそろ寝るか」


 思っていたよりルナの持ってきた果実の腹持ちが良く、滝澤はほんわかとした眠気に襲われる。


「滝澤、一緒に寝ていい?」

「いいぜ、俺も寒いし」


 木にもたれかかった滝澤の横にルナが座る。


「それじゃあ私も……」

「お前はせめて鎧を脱いでからにしろ」

「ぬ、脱ぐのか、鎧を!?」


 恥じらいながらもヴィルは装備を外し始めた。鎧の下はかなり薄着だった。


「それはそれで寒そうだな。風邪引くくらいなら痛い方がマシか……?」

「なんだ、鎧がぶつかるのが嫌なのか。なら話は早い。鎧を変質させれば良いだけだろう」


 再び鎧を身に付けたヴィルがごにょごにょと何かを呟くと鎧はマントパーカーのような布製の服へと変質した。


「それも特別なやつだったり……?」

「ヴァンパイア族の秘術だ。悪いがこれは滝澤にも教えられない。さて、隣に失礼するぞ」


 優美なヴァンパイアと可愛らしいハーピィに挟まれて滝澤は心地の良い眠りに付いた。

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