vs八面冷瓏

 ハザマは両手を広げて笑った。


「モンスターなど所詮材料!汚らわしいモンスターが我の手で美しく生まれ変わるのだ。光栄だろう?」


 滝澤が答えるより先にナスカが飛び出していた。その形相は鬼のようだ。


「ふざけるなァァ!」


 最早魔法も何も関係なく杖による物理攻撃を仕掛けるナスカ。ハザマはそれを闘牛士のようにするりと避け、ナスカの首元を撫でる……事が出来ずに滝澤のドロップキックを喰らって壁まで吹っ飛んだ。


「ぬっ……なんだ君たちは……!?」


 壁に頭を打ったハザマは目を白黒させた。モンスターとニンゲンのコンビなど見た事がない。


「悪いが武闘派の二人だ。ビスマルクとレーニン……ちゃん(?)の仇だ。後で助けるけどな」

「謝るなら今のうちよ。謝ったら……まぁ、水責め位で勘弁してあげるわ」


 滝澤とナスカはハザマを見下ろした。完全に戦闘モードの二人。仇討ちが始まった。


「武闘派……成る程、相性が悪いかもしれないな。だが、我はそう簡単に敗ける男ではない。もう既に撫でているよ」

「えっ……!?」


 ハザマの革手袋は外れていた。滝澤が避けなければ背後から攻撃するつもりだったのだろう。

 パキパキ……と音が鳴った先を見ると、ナスカの足が結晶化し始めていた。滝澤が目を奪われている隙にハザマは滝澤の間合いから逃れる。


「ナスカ……!」

「動けない……!滝澤、近接は頼んだわ!サポートはするから、振り向かないでよ!」

「あの妙な力……いや、俺に任せとけ!」

「嫌な事言うんじゃないわよ!さっさと倒してきなさい!」


 ナスカは滝澤の背中を押した。滝澤はナスカを心配しつつも、ハザマと向かい合う。


「ナスカが完全に変換させられる前に決着を付ける。そんでもってお前に全員元に戻してもらう。非可逆な訳がないからな」

「気にするな。君もすぐに同じ形にしてやろう。但し壊す。すぐに壊すさ」


 ハザマは滝澤に飛び掛かる。滝澤は木刀でハザマの手首を打って狙いを逸らし、間一髪で避け切った。


「くっ……!」


 触れられたら結晶化する。しかしこのまま立ち往生していてもナスカが結晶になってしまう。刻一刻と迫るタイムリミットの中で何か解決策を見つけなければならない。


「(流石に俺まで変換される訳にはいかねぇ…相手から距離を取りつつ攻撃するとなると何故か切れちゃう木刀を使うしか……)」

「遅い」


 ハザマは床に落ちていた木の根の結晶をナイフのように連続して滝澤へと投げた。


「っ……!?」


 飛び道具を警戒していなかった滝澤は結晶を木刀で叩き落とそうと試みるが、不運なことに叩いた結晶が腿に突き刺さり、滝澤は膝を折る。


「痛ぇっ……!」

「た、タキザワッ!!」


 結晶化の進むナスカが叫ぶ。もう胴まで結晶になっていた。しかし、闘志は消えない。滝澤を信じているから。


「死ぬが良い!」


 ハザマはさらに結晶を飛ばす。動きの止まった滝澤にトドメを刺すためだ。


「そうはさせない![土竜の手ディペンデンツ]!」


 土の手が滝澤を守り、結晶の攻撃を受け切る。さらに土の手は形を変え、刺さった結晶を表面に出して盾のような形になる。


「ほう……本当にニンゲンを守るとは。君も脅されて従っているのか?」

「そんなんじゃない。そもそも滝澤はそんな下衆じゃないわ。ねぇ、滝澤!」


 肉を突き刺す熱を伴う痛み。滝澤の脳裏に転生する直前の記憶がフラッシュバックする。残してきた護るべき人の笑顔を、彼は思い出す。


「……ああ。俺は随分浮かれてたらしい」


 滝澤は全てを思い出した。というか、今までは忘れたことにすら気づいていなかった。

 あんなに大事に想っていたのに。あれほど死ぬ気で戦ったのに。滝澤の心は後悔で埋め尽くされる。


「何をブツブツ言っている。ようやく自分の愚かさを思い知ったのか?」


 床から生える結晶化した木の根を力任せに破壊したハザマは無防備なナスカに向けて結晶を投げた。土の手は依然として滝澤を守っている。

 しかし、はもう一人居た。ハザマが放った結晶は滝澤の手から離れた木刀に弾き飛ばされ、標的には当たらず。


「ああ……うん、愚かだったな。大事な事忘れてたぜ!お前に構っている暇はねぇ!来い木刀ッ!」


 ハザマに向けて素手で駆け出す滝澤。傷を負っているというのに、そのスピードは先程までとは段違いに速かった。そして、その後から木刀が追ってくる


「素早いな!だが能の無い攻撃はもう見飽きたよ!どれだけ希少な武器を使っていようと無駄だ!」


 ハザマは再び飛び道具を使う。しかし、今度の滝澤は追いついた木刀を掴んでそれらを一閃。全く通用していない。


「同じ手喰らうかよ!」

「ならばこの手で触れるのみ!結晶となるがいい!」


 ハザマの手が滝澤の腹に触れた。だが、滝澤は一切怯まず、逆に木刀を手放してハザマの両手首を掴んだ。


「ぬぅっ……!?武器を手放すだと!?」

「捕まえたぜ。俺が木刀だけの男だと思うなよ?行くぞ、せーのっ!」


 滝澤の頭突きがハザマの脳を揺らす。しかし、倒れようにも手首を掴まれている。


「もう一発!歯ァ食いしばりやがれ!」


 ゴーン!という痛々しい音が響いた。滝澤は手を放し、ハザマはその場で弱々しく後退りする。


「まだ……我は終わっていないぞ……お前はもう、限界のようだがなぁ……」

「……!」


 ふらふらの状態で構えを取るハザマ。滝澤の胴体部はかなり結晶化が進行していた。


「いいや、お前はもう終わってるよ。……なぁ、そうだろナスカ!」

「ええ!喰らいなさい侵入者、[土竜の手ディペンデンツ]!!」


 ナスカが呼び出した拳が振り返った無防備なハザマの腹に深々と入った。


「ぐおおおおっ……!!」


 数歩ふらつき、パタンとハザマが倒れると共にゆっくりと二人の結晶化は解けていった。


「よし、俺らは治ったな。問題はビスマルク様達だ。こいつを起こして治させるか」

「それは……きっと無理よ。こいつの力の解除条件が気絶なら、とっくに二人も元に戻っている筈だもの。残念だけど……」


 ナスカはビスマルクとレーニンを横目に見る。その目の端には涙が浮かんでいる。滝澤は悲しそうなナスカを見るのが嫌でハザマの『作品』となった二人に近づいた。


「まだ諦めるのは早いぜ。この二人を信じろ。同じ仲間なんだろ?」


 滝澤は結晶化した二人の頭の上に手を置いた。美しい二人の間に立っているとなんだか百合の間に乱入しているようでドキドキする。


「滝澤、あんた……その手……!」


 ナスカは滝澤の手を指差す。微かだが、光っている。そして二人の頭の頂点が少しだけ結晶化から戻っている。


「アイエエエ!?どうなってんだ俺の手!」


 当の本人である滝澤も驚いて手を離す。すると結晶の解除が止まった。どうやら触った部分の結晶が解除されるようだ。


「……つまり、二人の身体を撫で回せと?」

「そんなわけ無いでしょうが。理由はわかんないけど、一点からどんどん拡がっていくみたいよ」


 ナスカが杖で頭を小突く。滝澤が再び頭の上に手を置くと、またもや結晶の解除が進み始めた。滝澤の謎の力の様をナスカは黙って見守っていた。

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