森の妖精 麗しき民達

 滝澤が目覚めるとそこは落ち着いた和室の中だった。さっきまでの出来事は夢だったのかと思った彼だが、聞こえてきた言葉で未だ異世界に身を置いていることを再確認する。


「おはようございます滝澤様。先程は無礼を働き、誠に申し訳ございませんでした」


 ビスマルクは起き上がった滝澤に向かって頭を下げた。土下座である。滝澤仰天。


「いっ……いやいや、モンスターが人間を嫌いなのはナスカから聞いていましたし、そう思われても当然と言うか何と言うか……」


 そう思われても当然の行為しかしていないこの男。本来なら謝られる筋合いは無い。だが、ビスマルクにとってはモンスターに友好的なニンゲンというだけで稀有な存在であった。


「そうですよビスマルク様。こいつはそういうことしかしてないですよ。ただ、まぁ……私を助けたってだけで……」


 ビスマルクの隣でナスカも正座しながら湯呑みでお茶を飲んでいる。二人に合わせて滝澤も自然に正座していた。


「申し遅れました、私はアルラウネ族の族長、ビスマルク・レドックス。因みに、ここはアルラウネ族の里にある私の屋敷です。ところで、貴方様は魔王になろうとしているとか」

「あっ、はい。そうですね……じゃなくて」


 正座という体制によりビスマルクの持つ気品が強調され、思わず滝澤も敬語になってしまっていた。


「もちろん。この世界は間違ってる。誰かが変えなくちゃならないと思ったんだ」


 そうは言うものの、滝澤はこの世界の事をあまり知らない。旅する中で段々と分かっていけたらいいな。程度の軽い気持ちである。人選ミス甚だしい。


「そうですか……その言葉が真のものならば、私とアルラウネ族も全力を上げてバックアップさせてもらいます」

「ありがとうビスマルクさん?でいいのかな」


 滝澤も茶を嗜もうと湯呑みに手を伸ばすが、少し届かない。ビスマルクの白い手が湯呑みを押したことで滝澤は湯呑みを掴むことが出来た。


「ビスマルクで結構ですよ。そうそう、先の戦いで使っていた貴方様の刀、見せていただけますか?」

「折ったりしなければ全然問題ねぇ。好きなだけ見てもらって構わないぜ」


 木刀の力の理屈もわかっていない癖に調子に乗る滝澤はビスマルクに木刀を手渡した。


「(このお茶美味いな……まさか異世界でお茶が飲めるとは……)」


 滝澤が感嘆の声を心の内であげている一方で木刀をまじまじと見つめるビスマルクは余りの驚きに目を丸くしていた。


「やはり……この刀は……!」


 ブフッ……!!


 滝澤は盛大にお茶を吹き出した。汚い。


「う、嘘付け……それは俺の木刀だぞ!?ゲホッ……ゴホッ……!」


 噎せ返して死にそうになりながら滝澤は言う。その斜め前ではナスカも同じ様な状態に陥っている。どちらか死ぬんじゃなかろうか。


「いえ、これは確かに古来よりアルラウネ族の伝承に登場する伝説の武器、草薙剣です」


 ビスマルクは木刀を借りた時以上に丁寧な手付きで滝澤に返す。受け取る滝澤の手付きも普段より慎重になる。


「俺はそんな神仏的な代物の毎日振っていたのか……しかもさっき物干し竿にしてたし……」


 滝澤は愛用の木刀を改めて眺めてみる。言われて初めて気付いたのだが、幼少期からずっと使っているにも関わらず、木刀は傷一つ付いていない。

 ここで滝澤の擁護をしておくが、剣道の試合は竹刀で行うため、彼の剣道の実績は彼自身の実力に比例している。


「ですが、どうやらそれは片割れの模様。何が起こったのですか?」

「こっちが聞きたいくらいだ。俺も親父の形見ってくらいしか記憶にないし……」


 ビスマルクと滝澤は二人して頭を抱え込んでしまう。ナスカは完全に上の空でウトウトしている。和室の中だと分かりづらいが、外ではもう日が沈み始めている。


「と、取り敢えず、今夜はここに泊まっていってください。レーニン!レーニン!」


 未だ興奮冷めぬビスマルクは襖を開けて廊下に向かって声を上げた。まもなく廊下の方からドタドタと慌てた足音が聞こえてくる。


「どういたしましたビスマルク様!?」


 ボブカットの少女が廊下の奥からスライディング正座という斬新な入室方法でやってきた。滝澤も今度真似しようと思った。


「客人用の部屋を用意してください。数は……」

12つで!」


 ナスカと滝澤が同時に声を上げた。当然常識のあるナスカの意見が優先である。


「それとナスカ、先に浴場へ。滝澤様を運ぶのに疲れたでしょう」


 そういえば、倒れた滝澤はここまで二人に運ばれて来たのであった。成人男性同様の体重を持つ滝澤を運ぶのにはさぞ骨が折れたであろう。


「ありがとうございます、失礼します。滝澤、ビスマルク様に変なことしないのよ!」 

「しーまーせーんー!」


 去り際のナスカの忠告に滝澤はムキになって言い返す。実際手を出しそうである。

 襖が閉まる直前、滝澤は不思議な視線を感じた。レーニンである。


「(睨まれたな……やっぱりニンゲンだからかと思ったけど、どちらかと言うとあれはを見るような……?)」


「あの子も此処に来た時は緊張していたのに…変わるものですね。滝澤様、再び少しお時間をよろしいでしょうか」

「そんな許可取らなくても、どうせ部屋の用意ができるまで時間あるでしょ。大丈夫大丈夫」


 滝澤はそろそろ痺れそうな脚を組み替える。

 ビスマルクはお茶の容器を片付けると滝澤の方に少し近寄った。


「では……此処に来るまで、幾らかのモンスターを見たと思います」

「ああ、うん」


 アルラウネのナスカ、倒れた滝澤に集まってきていた鳥っぽいやつ、犬っぽいやつ、魚人……と、ここでRPGに親しんできた滝澤の頭に一つの疑問が生まれる。


「なんでアルラウネ族にだけ言葉が通じたんだ?」


 滝澤が魚人と対話をしようとした際にも言葉は通じなかった。加えて、アルラウネ族だけが人間に近しい姿をしていた。滝澤の疑問も最もである。


「そうです、そこについてお話します。まず、この世界に住むモンスターの種類は亜種も含めて六百種ほど。その中で十三種類だけがニンゲンに近い姿で産まれ、意思を持ち、言葉を話すのです」


 つまり意思を持つモンスターは希少で、アルラウネ族はその一つという訳だ。そのままビスマルクが六百種の説明を始めようとしたところでレーニンが襖を開けた。


「部屋の用意、出来ました」

「ありがとうレーニン、褒美はまた後で。滝澤様を案内するように」


 滝澤は一礼した後、レーニンに続いて部屋を出る。しかし、レーニンは一切視線を合わせようとしなかった。まだまだ警戒されているようだ。


 ー︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ー ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ー


 閑散とした屋敷内を散策していた滝澤は浴場から出てきたナスカと鉢合わせた。


「あれ?滝澤。話は終わったのね。浴場誰も居ないみたいだし、滝澤も入ったら?ちょっと土臭いよ。」

「マジで!?速攻で入ってくるわレーニンさん、部屋どこ?」

「この廊下を左に曲がり、右に三つ目です」

「OK、ありがと!」


 滝澤は浴場へと疾走していった。


「……ホント、強いんだか弱いんだか」


 忙しい滝澤にナスカは苦笑する。


「あの方、ナスカ様とはどのような関係なのですか?」

「え?何だろう、協力者?かしら……」

「……ええ、なら良かったです」


 レーニンの表情は前髪で見えない。質問の意図を読ませないままレーニンは再び来た道を戻って行った。言われてみればどんな関係なんだろう、とモヤモヤしたまま久方ぶりの屋敷をナスカは彷徨くのであった。


 ー︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ー ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ー


 一方その頃、里の外で警備にあたっていた一人のアルラウネ族が美しい作品へと変えられていた。


「何……?この力……これが!?」

「ご明察。美しいだろ?美しいよな?」


 フードを被った碧眼の男に頭を撫でられたアルラウネはパキパキと音を立てながら石化し、やがて動かなくなった。


「さて……やはり我の作品は美しい。アルラウネ族の族長ともなればさらに美しい作品が出来上がるだろう。いまから楽しみだ……」


 男はビスマルクの屋敷に向けて闇夜を駆けた。

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