Trap Tap Unluck Dance

「何で落とし穴に落ちるかなぁ〜」

「アンタが選んだ道でしょ。それに、どうして助けようとして一緒に落ちるのよ……」


 滝澤とナスカは体中泥だらけの状態で獣道を歩き続けていた。理由は省略。


「おい、あそこ見ろよ」

「どうしたの?」


 滝澤が指差した先には看板。それには手書きの下手くそな文字で『旅の疲れを癒やす泉風露天風呂!』と書いてある。

 その奥には湯気の立ちのぼる泉。泉風露天風呂とはこれのことだろう。だが、いかにも怪しげな謳い文句。怪しすぎてむしろ清々しい。そもそも泉風露天風呂とは。


「よし、入るか」


 即断即決。滝澤は早速服を脱ぎ始めた。


「アンタ正気なの!?」

「もちろん。汚れた服の洗濯と入浴での疲労回復が同時に狙える。この機会を逃す理由が思いつかない」


 もっともらしい理由を付けてはいるが、この男が狙っているのは要は《そういうこと》である。イキるにも程がある。


「ほら、ナスカも(出し得る限りのイケボで)」

「煩いわこの変態!」

「ああ変態だよ俺は!でも間違った事は一つも言っちゃいないぞ!」


 シャツの袖から腕を抜きつつ滝澤は叫ぶ。間違ってはいないが、確実に人間としては間違っている。


「ナスカが入らなくても俺は入るぞ!泥臭い服のまんまで居たくないからな!」


 滝澤は丁寧に畳んだ服を置いて泉の中へと飛び込んでいった。


「ちょ〜温まるぅ〜!俺は入るけどナスカは入らないのカナ!?」

「……」


 ナスカは煽る滝澤の声と泥だらけの服を見て絶望する。やるしかないのだ。泉に入るしかないと。


 ー︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ー ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ー


「こ、こっち見ないでよね!」

「いいや見るね!見なきゃ漢じゃねぇ!」


 振り返る滝澤、振るわれる杖。顔面を殴打され目を瞑る前のほんの一瞬、滝澤の目はナスカの肢体を捉えていた。


「(布巻いてるのかよ……期待させやがってぇ……)痛ぁぁぁぁぁい!」


 眉間の傷痕は暫く残りそうだ。


「そもそも何で隣に居るのよ!」

「何でだと思う?もちろん効率論だ!二人一緒に入った方が早いし、安全だ!」


 そんなことを全く思ってない心でこれを言うのだから、この男は何かしら痛い目を見た方が良い。


「確かにそうよね……」

「解ってくれてなにより。(ふむ、ナスカはスレンダーな体つき。ロリ体型って言うんだっけな。水が色付きなのはホントに残念。温泉っていうのなら透明であって欲しかったなぁ。……それよりも、髪下ろしてるのいいな。結んでる時とはまた違った印象があって……あれ?よく見たら結構カワイイなコイツ。生意気だけど……)」


 猿脳でナスカを考察する滝澤。その一方、水面下で滝澤に迫るがあった。


「滝澤っ!」


 滝澤が気付くより先にナスカが水面の異変に気づいたが、滝澤を危険から回避させるまでには至らなかった。


「うおっ!?」


 突然水面から飛び出した魚人は勢い良く滝澤に飛びかかった。予期せぬ乱入者に滝澤は押し倒されてしまう。


「ぶぼぼぼッ!?なっ、なんだこのオジサン(スズキ目ヒメジ科)みたいな奴は!?どけぃ!」


 力較べの末、なんとか魚人を蹴り飛ばした滝澤だが、いつの間にか辺りを他の魚人に囲われていた。


「何処が安全だって……?」

「面目ございませーん。木刀も置いてきたし、マジで詰んだかも……いや!俺は話し合いが通じると読んだ!」


 そう言って滝澤は片手を上げながら魚人の一人に近づく。


「ヘイ、ハロ……」


 ビターン!!という甲高い音が泉に響いた。そもそも最初に襲われている時点で友好的では無いことが理解できないのだろうか。


「滝澤ぁぁぁ!?」


 余りの痛みに声も出せず滝澤は背中から着水。大きな水飛沫をあげた。魚人ビンタ、恐るべし。


「私はどうすればいいのよ……こんなの、ここじゃ相手出来っこないわ……」


「[グロウズ]!」


 呪文と共に魚人達の足下から木の根が伸びて地上に居た魚人達を縛りあげる。それを見た他の魚人達は一目散に泉の深くへと逃げていった。


「大丈夫ですか?ナスカ」


 和服に身を包んだ黒髪の女性が泉の際に立っていた。その額には、


「び、ビスマルク様……!」


 ー︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ー ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ ︎ー


「あ、あのー……どうして俺は縛られてるんですかねー……?しかも半裸で」


 滝澤は地面から伸びる木の根に絡め取られ、身動きのとれない状態にあった。一応下半身には布が巻かれているものの、防御力はゼロである。


「ナスカ、下がっていなさい。ニンゲンはあの状態からでも何か仕掛けてきますよ」


 滝澤より少し背の高い和服の女性が着替えたナスカの隣に居る。和服美人という言葉そのままの風貌だ。


「ビスマルク様、違うんです!あの男は、私の仲間なんです!」


 珍しくナスカが下手に出ているので滝澤も目を丸くする。しかし、『仲間』という言葉を聞いたビスマルクは一層表情が険しくなる。


「仲間……貴男、そんな言葉でナスカを誑かして、どうする気だったんです!」


 滝澤を締め付ける木の根が一段と強く絞まり、滝澤は悲鳴をあげる。肌に当たる木肌のザラザラとした質感も居心地が悪い。


「いやいやいや、全く悪巧みなんてしてない!完全なる無実!」

「じゃあ、この状況はどう説明する気なのですか!?」

「……確かに」


 無事、自らが撒いた種で滝澤は絶体絶命の危機に陥った。力ずくでは木の根は突破できない。


「ビスマルク様、待ってください……!」

「ナスカ、貴女はあの男に騙されていたのですよ。ニンゲンがモンスターを仲間にするはずがないではありませんか。悪行の報いは受けてもらいますよ」


 ビスマルクは滝澤に向けた掌をゆっくりと閉じ始めた。どうやら指と連動して木の根が締まっていくシステムらしい。

 ゆっくりと滝澤を絡める木の根が締まっていく。


「(せめて木刀さえあればなんとかなると思うんだが……これじゃ無理だな。大人しく搾りたて滝澤ジュースになるか)」


 目を瞑った滝澤の脳裏に100%滝澤ジュースのパッケージが浮かぶ。美味しくはなさそうだ。と、ここで物干し竿代わりに使われていた木刀が滝澤の服ごと浮かび、そのまま滝澤へと猛スピードで向かっていく。


「何ですかあの木の棒は!」

「俺もわからん!でも納得はしている!」


 木刀は滝澤に絡む木の根を根本から断ち切った。支えを失った木の根はその場にバラバラと落ちていく。


「助かったぜ。物干し竿代わりにして悪かった、ごめん。服も着たいからちょっと待って」


 ……わがままな奴。木刀が宙を舞い、ビスマルクを撹乱する間にすっかり乾いた服を着た滝澤は戻ってきた木刀を手に取る。


「さぁ、反撃開始といこうか!」

「やはり一筋縄では行きませんか……!」


 ビスマルクはナスカを庇うように前に出た。意志を持ち宙を舞う武器、あまりにも自由人なニンゲン。彼女の胸の中を焦燥感が駆ける。


「出来れば(美人は)傷付けたくはないんだが……正当防衛レベルの事はさせて貰うぜ」


 滝澤は静かに木刀を構える。但し剣先は少し低い。地面から飛び出してくる木の根を警戒しての事だ。


「やめて滝澤!流石のアンタでもビスマルク様には勝てるわけないわ!」

「勝てるわけない?おし、逆に燃えてきた!行くぞぉ!」


 滝澤は数メートル先のビスマルク向けて駆け出す。入浴後だからか多少足取りが覚束無い。


「諦めなさいニンゲン!アルラウネ族の力、とくと思い知るがいいのです![グロウズ]!」

「既知だぜ!」


 木刀を地面に当てて飛び上がった滝澤。お前は陸上選手か。


「ッ!?貴男はラビット族ですか![シェルター]!」


 ビスマルクを護るように地面から出現した根の壁に滝澤は頭から激突する。地中深くから飛び出した根の匂いは滝澤の鼻を強く刺激した。


「うわっ!?土臭っ!……だが、あんまり関係ねぇな!」


 木刀は壁を斜めに切り裂いた。今回は滝澤パワーである。


「失礼しまーす」


 切り裂いた壁の隙間に体を滑り込ませた滝澤はビスマルクの目の前に降り立つ。予期せぬ登場にビスマルクは一瞬怯んでしまう。


「……っ!」


 バッと、ビスマルクは滝澤にタックルを仕掛けた。当然滝澤は倒れない。せいぜい動きを鈍くさせる程度だ。


「ナスカ!私が囮になっている間に逃げなさい!腕力に自信がない私でも時間稼ぎくらいにはなるでしょう!」


 ビスマルクはナスカを逃がすため、必死に滝澤を押さえつける。


「(見た目通り……当たってる当たってるぅ!)」


 歓喜する滝澤は一切動く気ナシ。その上で今にも攻撃を仕掛けそうな身振りをしているあたり小賢しい。


「な……」


 ナスカは杖を持ったままぷるぷると震える。


「「な……?」」

「なにニヤニヤしてるのよ滝澤ぁぁぁ!」


 詠唱無しで現れた土の拳が完全に無防備な滝澤の顔面にクリーンヒット。滝澤の意識は土壁へと吸われていった。

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