俺が異世界に至るワケ②
「……さて。そろそろ来る頃か。湊、どっか隠れてな」
「えっ……!?」
言うが早いか、道場の前に黒塗りの高級車が数台止まった。立ち上がった滝澤は壁に掛けてあった専用の木刀を握る。ぞろぞろと降りてきたガタイの良い男達を見て湊は絶句する。
「今日は随分と人数が多いじゃんか。サッカーでもやるか?」
「じゃかぁしい。さっさとこの土地空けんかいっちゅう話や。前回は油断したが今日はそうはいかんで」
先頭に立っていた強面の男が拳を打ち付けた。彼らこそ大垣篤志を暴行し病院送りにした悪質な地上げ屋だった。しかし、すでにその何人かの顔には殴打の痕があった。明らかに滝澤のものである。
「(あんな大人数を相手に一人で……それも叔父さんのために……)」
ロッカーの中で両手を合わせ、滝澤の勝利を祈る湊。それを一瞥することなく無言で木刀を構える滝澤。
「何かYah……!」
既に滝澤は戦闘態勢に入っていたのだ。今度も男は油断していた。
下腹部を突かれた男は体勢を崩す。滝澤はノータイムでそのまま下から蹴りを入れた。後ろの数人を巻き込んで男は泡を吹いて倒れる。
「次、来な」
挑発する滝澤の目に色は無かった。ただ、倒すのみ。今の彼はまさしく
容赦なく複数人で襲い掛かる男達。滝澤は臆することなく一人の服に木刀を引っ掛け、ジャイアントスイングのように一回転を経て正面に撃ち抜いた。
「怪物だ……」
男の一人がそう呟いた。一人の感覚が伝播し、感染していく。逃げ出そうとする者が生まれるのは時間の問題だった。だが、誰もが知らず知らずのうちに滝澤は入口の前に立っていた。当人以外は。
「逃がすと思ってんのかよ」
髪の下から覗く目に男達は獲物としか映っていなかった。目的などとうに失われているというのに。
「ひっ……」
自棄になった最後の一人が懐から小刀を取り出した。所持していれば法に触れる代物だ。彼らは裏社会の人間とも繋がっているらしい。
「うわぁぁぁぁ!」
特攻を試みた男の勇気は無惨にも散った。男が取り落とした小刀を拾った滝澤はそれを面白そうに眺める。
「ふぅん、カッケェじゃん。もーらい。早速試してみよっかな、なーんて」
小刀をキラキラと輝かせながら滝澤は倒れている男の一人を摘まみ上げる。
「空佐!そこまでそこまで!これ以上やると次が……」
「湊!?出てくんな馬鹿……」
滝澤の憂いは湊の存在。彼らが湊が居ることを知れば当然……。
「女だ!」
「キャッ……!」
余力のあった男の一人が湊の脚を掴む。すかさず跳躍した滝澤が男の背に飛び乗る。
「大丈夫か……?」
「うん。滝澤、もしかしていつも」
「ああ。護ってた。なるべく隠しておきたかったんだけどな」
照れ笑いを見せる滝澤。戦闘狂の姿はすっかり消えていた。だが、それは一瞬間の隙でもあった。
滝澤の背後でゆらりと立ち上がる一人。周囲への影響も自分達の危機も男には関係なかった。ただこのままでは終われないという思いだけで動いていた。懐から強引に引っ張り出した拳銃を狙いを定めて放つ。
「死ねぇ!」
先に気付いたのは湊だった。だが、気付いているかどうかは関係なかった。肉体は精神と乖離して瞬時に反応する。
「墳ッ!!!」
左回りで振り返ると同時に滝澤は凄まじい速度で銃弾を木刀の上で滑らせた。神業である。
右回転vs左回転。結果、相殺。銃弾は何に命中することもなく床にポテンと転がった。
「そん……な……」
あまりの衝撃に男は気絶する。議論で雌を奪い合うカブトムシを見るくらいの衝撃である。
「空佐、凄い……空佐?」
「湊、お前を護れて……良かった……ぜ……」
目を丸くする湊の前で、滝澤はゆっくりとその場に崩れ落ちた。
「空佐?ねぇ空佐!?何処、何処怪我したの!?」
動かなくなった滝澤の背を擦りながら泣きわめく湊。外傷はない。滝澤は命を燃やして日々を戦っていた。しかし、先の闘いに加え、銃弾を止める荒業を行ったことで筋組織が崩壊、脳に血が廻らなくなったが故、活動停止を余儀なくされたのだった。
つまり、過労死である。
「ねぇ!ねぇ!約束は!?読むって言ったじゃん!起きて!起きてよ!」
道場の中に湊の悲痛な叫びだけが響いていた。
滝澤空佐 享年十七歳 死因:過労死
ある冬の日の出来事だった。
Now Loading……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます