転生×木刀×√魔王〜元々強い俺が転生するんだから当然最強だよな!?〜

篁久音

序章-妖怪木刀ブンブン丸

俺が異世界に至るワケ①

 『面』、『胴』、『一本』。彼に求められてきたのはそんなものばかりだった。


 ……確か、その夜は雲一つ無い空、とも言えず、中途半端な天気だったことを彼は憶えている。


「─以上、礼!」

「ありがとうございましたー!」


 門下生たちの元気の良い声が響く。本日の大垣剣道道場の稽古はこれにて終いだった。子供たちが迎えの車に乗ったり、数人で談笑しながら自転車に乗って消えていく姿を入口から見届けた臨時師範代、滝澤空佐たきざわくうすけは大きな溜息を吐いた。そんな彼の背後から彼より頭一つ低い少女が忍び寄っていた。


「今日も遅くまでありがとう。これ差し入れ」

「うわっ!?湊!?寝てないとダメだろ。まだ体治ってないんだろ?」

「無理してる人に言われたくない。空佐もちゃんと休んで。取り敢えず座ろ」


 そう言って滝澤にコーヒーを押し付けた痩躯の少女は大垣湊おおがき みなと、滝澤の幼馴染である。端正な顔立ちだが、生来体の弱い彼女は現在闘病中であり、絶対安静を医師から言いつけられている。


「俺はちゃんと休んでるよ。俺の事より自分のことを心配しろよ」


 しかし、胡坐を搔きながらそう泰然自若に言い放つ滝澤の身体も既に限界であった。180センチの長身が傍から見ても分かるほどげっそりとしていた。驚異的な身体能力が自慢の彼だったが、ストレスによる体調不良には勝てない。

 では、何が彼を苦しめているのかと言うと……。


「俺はちゃんと一時には寝て五時に起きてる。だから湊も安心して休んでくれ」

「全然寝てないじゃん!」


 驚いた湊のアホ毛が揺れる。まるで二次元から飛び出して来たかのような彼女の様子に精神的満身創痍の滝澤は癒される。


「とにかく、師範が回復するまでは俺が代わりを務めるから」


 本来この道場は湊の叔父である大垣篤志おおがき あつし、滝澤に剣道を教えた恩人が運営する質素な一道場であるはずだった。が、しかし。近年周辺の開発が進んだことでこの土地の価値が急上昇し、悪質な地上げ屋によって篤志が暴行を受けたことで事態は悪い方向へと転換していった。


「ただでさえ自分の稽古でも大変なのに、うちの為にごめんね。早く私が回復して稽古の面倒見てあげれればいいんだけど」

「いや、人に教えるのは自分のためにもなる。実際部活行ってなくても腕は鈍ってないしな。多分」


 申し訳なさそうにアホ毛を下げる湊に滝澤は自身の二の腕をポンポンと叩いて見せた。

 滝澤は剣道の名門校に通う、ごく普通の国民体育大会強化指定選手で剣道部主将を務める一般高校生(自称)であった。だが、篤志が入院してからは部活に一切参加せず、この大垣道場の運営を肩代わりしているのだった。

 稽古の内容から運営費の計算まで、素人なので殆どをG〇ogle先生に頼りながら全て一人で行っている。それが、自分を導いてくれた師範へのせめてもの恩返しだと本気で信じていた。

 その結果、精神に支障を来たす一歩手前まで来ているのだから他人から見れば滑稽なものだろう。しかし、彼には剣道それしかないのだ。


「そうだ、空佐そろそろ前髪切ったら?伸び過ぎてエロゲの主人公みたいになってるよ」

「確かにそうだけど、湊はどこからそんな表現覚えてくるんだよ。俺は別に意識してるわけじゃなくて切る時間が無かっただけなの」


 友人のマニアックな知識の出どころに滝澤は逆に興味が湧いてくる。滝澤は何度か湊の家に上がらせてもらっているが、その類のゲームソフトを見つけたことはない。……とはいえ、湊は立派なオタクであるため、目の肥えていない滝澤が気付かなかっただけかもしれない。


「そっか……時間ないもんね」

「あ……」


 滝澤はようやく自分の発言が地雷を踏んだのだと気付いた。咄嗟に話題を変えようと話を湊の得意分野に運ぶ。


「そういえば、の新刊出るんだって?」

「あっ、そういえば白羽乃矢しらは のや先生がTwiiterで出るって言ってたね。三年ぶりの新刊楽しみだよ~」


 転盾とはライトノベル、『転生したら最強の盾だった件』の略称である。作者が怠惰なことで有名で、新刊は三年と二か月ぶりであった。

 嬉しそうにアホ毛が右に行ったり左に行ったりしている。独自の生命を持っているのではないかと観察していた時期もあったが、結局滝澤にはよくわからなかった。


「無事に師範が回復したらまた読ませてもらいに行くよ」

「うん、待ってる待ってる」


 現在、滝澤の部屋にはない。教育熱心な親が買い与えた参考書も剣道の指南書も全て身に着けてしまった。彼の興味の対象となるようなものは文字通り何もないのだ。


「ホント、湊が居なけりゃ俺は筋トレと剣道しか能がない人間になってたよ」

「そんなことないと思うけどなぁ」

「いや、湊にラノベを教えて貰わなかったらどっかで詰まってたと思う。ラノベのおかげで越えられた壁が確かにあった。うん」


 拳をぐっと握りしめ、月を眺めた。瞬時に湊はそれが何の作品のパロディであるかを答えた。


「はは。湊には敵わないな」

「私も空佐には敵わないよ。お互い、最強」


 湊は滝澤に向けて拳を突き出す。滝澤もそれが何のシーンか答えつつ拳を合わせる。それから、二人で薄い雲に覆われた月を眺める。


「……もしさ、異世界に行けるってなったら空佐は何する?」


 先に切り出したのは湊だった。意趣返しである。


「ふふふ……良くぞ聞いてくれた。俺はな、まずハーレムを作る!」


 一切の逡巡無く滝澤は言い放った。


「は、ハーレム!?」

「そう、ハーレム。転生=無双が基本だろ!?だから、その俺TUEEE!!的な力で転生先の世界の女の子を奥さんにしてウハウハ……みたい……な……」


 話しながら湊の冷たい視線に気がついた滝澤はどんどん声が小さくなっていった。


「本気で言ってる?」

「も、もちろん異世界転生なんて有り得ないからな。ifの話だ」

「そっか。(否定はしないんだ……)」

「……けど、もし転生するんだったら湊も一緒に行けたらいいよな。お前が居れば、何処へ行っても大丈夫な気がするんだ」


 滝澤は最も信頼している友人に本音を込めて、無邪気に笑いかけた。


「そ、それって告白なんじゃ……」


 震え声で呟いた湊の顔が漫画のようにみるみる朱に染まっていく。


「……?顔赤いけど、大丈夫か?」

「ううん、何でもないよ。気にしないで」

「それならいいけど……風邪には気を付けろよ?最近寒いからな。空は綺麗だけど」


 滝澤は星の散りばめられた空に再び視線を向ける。

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