2. あり余りってるのでお裾分けします
「う……ん……」
艶めかしい声を漏らしながら
俺は花魚さんの横に寄り添い、それを囲むようにじーちゃんと
「おはよう、花魚さん」
俺の顔に焦点を定め、それから周りに咲き誇る虹色の植物群を見渡した花魚さんは力なく微笑んだ。
「おはよう、
「その通りだ、茶の女よ」
紫の刀が声を発し、あろうことか明次は花魚さんに切っ先を向けた。紫の刀身が鋭く光る。俺はその行動の意味がわからなかったし、信じられなかった。
「何、やってんだ明次?」
「俺じゃねえよ! おいおいサキ、勝手に俺の手を動かすな! いや違うんですよ花魚さん!」
明次は必死に剣先を下げようとするが、万力で空中に固定でもされたかのように頑なに刀は動かない。花魚さんに刃と敵意を向けたままだ。
サキ――紫の魔剣は淡々と言葉も突きつける。
「貴様は全ての駅、全ての世界を巻き込んで危険に晒した。仮にも
「そこをなんとか見逃してやってくれないか? 頼むよ」
「ならぬ」
俺の言葉はばっさりと切り捨てられた。やばいな、本気だ。
「ばか野郎! 俺の手で花魚さんを切らせる気か!?」
明次の抵抗もどこ吹く風で紫の魔剣は光の尾を引いて振り上げられ、花魚さん目がけて振り下ろされた。
間に合わない!
「まあ落ち着けやプル
甲高い衝突音が響き、刀が止まる。間一髪、じーちゃんが緑の手甲で刃を受け止めてくれていた。俺はほっと胸を撫で下ろす。心臓に悪いぜまったく。
「邪魔をするな
「そいつは悪かったな」
ぎちぎちと手甲を軋ませながらじーちゃんはちらと俺の方を見、視線を戻す。
「だが、俺ぁそんな大層なもん背負ってねえのよ。俺はただの楽隠居で、そして三歩のじーちゃんだ。孫とその友だちの嫌がることは黙って見過ごせねえよ」
「じーちゃん……」
そうだよな。それに俺たち、花魚さんのお隣さんだもんな。お隣さんの危機は、ほっとけないよな。
「腑抜けたか! それとも緑の魔球と二人がかりなら拙者に勝てると侮るか!」
ぎぃん!
じーちゃんの拳が紫の刀を弾く。刀につられて両腕を跳ね上げた明次がバランスを崩し、後ろによろめいた。
「なんならあのときみたいにまたやり合うか? プル刀」
拳を握り込むじーちゃん。いったいどのときなんだ。
「というか俺の意思は無視ですか!?」
体の動きを完全に支配されて叫ぶ明次。だよな! お前とんでもなく気の毒な板挟みになってるな!
空気がぴんと張り詰め、七色の木々の葉がざわざわとそよめく。花魚さんを挟み、距離を取るじーちゃんと明次。怪しい雰囲気になってきた。せっかく、みんなで力を合わせてヴェノワールを倒せたと思ったのに。
「やめてくれよ二人とも!?」
何が悲しくて親友(の体)とじーちゃんが戦うとこを見なきゃなんないんだ!
こちとら誕生日だぞ!
「三歩くんの言う通りよ。やめてください、二人とも」
緊張の糸を解いたのは、花魚さんのその一言だった。
「だから俺じゃないんすよ!」
明次がわめくが、気にせずに花魚さんは続ける。
「戦う必要なんてない。抵抗なんてしないから――どうか、私を切ってくださいな」
「は!?」
「え!?」
俺と明次は同時に声を上げた。花魚さん、今、なんて?
「どうしてですか、花魚さん!」
「いいんだよ、三歩くん」
花魚さんは笑う。その笑顔には、なんの色もなかった。
「たくさんの駅の人たちに迷惑をかけたもの。世界を混ぜようとした。土熊さんも殺そうとした。明次くんも殺した。ヴェノワールも復活させた」
それに、と花魚さんは一拍置く。
「お母さんに、会えなかった。ならもう、私に意味はないよ」
そう微笑む彼女の顔は、悲しさに濡れていた。
希望がない。花魚さんは確かにそう言った。けど。
「そんな……そんなこと、ないですよ」
「どうして?」
花魚さんは透明な表情で俺を見る。まっさらで、純粋で、なんにもない顔だ。目がガラス玉になっている。でも――
「花魚さんは俺に意味をくれました。明次にも。自分の暮らしに意味があると、誰だって元気になります。生きる意味っていうのは、元気の源なんですよ。そして、元気ならここにいくらでもある」
俺は自分の胸に手を当てる。
人を好きになるというのは、ただそれだけで生きるに足り得る意味なのだから。恋をしたら人生に色がつくと、俺たちは教えてもらった。
「だから今度は、俺たちが花魚さんにお返しをする番です。花魚さんはこれから先、俺たちから元気を受け取ってもらわなくちゃ困るんですよ」
生きるのも自由なら死ぬのも自由かもしれない。でも、俺たちは花魚さんに生きてほしいんだ。それは自由とは少し違う、勝手というやつなんだけど、だからこそ押し付けることができる。
「元気なら俺たちがいくらでもお裾分けしますよ。だって俺は、花魚さんのお隣さんですから」
「お隣、さん……」
呆然と、花魚さんはその言葉を口の中で転がす。赤ちゃんが初めてもらった飴玉のように、からころと。
「ま、そうだわな」
じーちゃんは特大の息を吐き出して、諦めたようにぼやいた。
「もともと俺ぁ花魚が騒ぎを起こさないようにお目付け役として隣に引っ越してきたんだ。今回のことはお隣の俺にも責任はあらあ」
だからよ、とじーちゃんは腰を下ろし、正座をした。
「切るなら老い先短い俺にしろ。若い芽を摘まないでくれ。頼むよ」
正座をしたまま、刀に頭を下げるじーちゃん。平身低頭しているのに、凄味がひしひしと伝わってきた。
「茶番はそこまでにしてもらおうか。切ると言ったら切る。それが拙者だ」
「やめろってサキ!」
じーちゃんと明次の意思を無視して、剣先が花魚さんに照準を合わせる。そのまま刀を前に出すだけで、いともたやすく花魚さんの心臓は貫かれるだろう。
「けじめはつけねばな」
「やめろおおおおおお!」
気づけば俺は花魚さんの前に躍り出ていた。刀との間に割り込み、頼りない盾になる。
いつだったか、ドラゴンの吐き出す炎を前にしたときを思い出した。刀の動きがスローモーションに見える。俺ごと花魚さんを突き刺すのはたやすいだろう。
このままじゃ犬死にだ。でも、しょうがないじゃないか。体は勝手に動いて、いつも花魚さんとじーちゃんの前ではいいかっこをしようとしてしまうんだから。
諦めと覚悟を抱いて俺は目を閉じた。
直後、どしゅ、と肉を貫く音が空気を震わせた。
しかし俺の体はどこも痛くない。刃も刺さっていない。じゃあ、何が刺されたんだ?
ゆっくりと目を開けると、花魚さんの影から伸びた傷だらけの赤い手が、紫の刀身を握り締めていた。
「ちっ、今度は赤の駅の看板者か。同窓会でもあるまいし」
魔剣が舌打ちすると、もう一本、赤い手が花魚さんの影から生え、赤の魔人ベルドレッドが全身を現す。刃を掴んでいる手から赤い血が滴り、石畳に数滴落ちた。
「貴様ら、看板者が揃いも揃ってたかが一人の女を守るとは、どういう風の吹き回しだ?」
「いいや、我で終わりではないぞ、ディスパー・プルトー」
そのベルドレッドの声に呼応して、二つの何かが花魚さんの影から飛び出した。
一つは体を小刻みに震わせながらも、両耳の刃を構える兎。もう一つは、尻尾の先に炎を灯して、俺と刀を隔てんとばかりに翼を広げる小さな竜。ヴォーパル・バニーとピスヘントだ。
みんな、思い思いに花魚さんを、あるいは俺を守ろうとしてくれている。
「お前たち……?」
なんで。来てくれたのか? ここに。わざわざ? 何をしに?
もしかして、俺と花魚さんを、助けようとしているのか?
ヴォーパル・バニーはあれだけ怖い思いをして、今も瞳をうるませて怯えているのに、両耳を紫の刀に向けて威嚇している。
ピスヘントは牙を剥き、刀を睨みつけながら喉を鳴らしている。尻尾の炎が大きく燃え上がっていた。
ベルドレッドは手に刻まれた傷口から歯を生やし、刀を手で噛んで受け止めている。さっきの騒動で、すでに満身創痍のはずなのに。
「貴様ら、なんのつもりだ? なぜ拙者の前に立ちはだかる?」
「知れたこと」
はっ、とベルドレッドは笑った。
「我らが、
その声に抗議するように、ピスヘントは翼を羽ばたかせた。
「ああ、お前はこの少年のために動いているのだったな」
失礼した、と赤の魔人の六つの目が歪み、弧を描いた。
「ピスヘント、ありがとうな。みんなも」
俺はピスヘントの頭を撫でる。角がちくちくして地味に痛い。
ふむ、とじーちゃんは顎に手を当て立ち上がる。よっこらせ、と声を上げて。
「こいつら、みんな花魚を切らせたくないんだとよ。どうする、プル刀?」
じーちゃんは笑いを噛み殺しながら紫の魔剣に問いかける。
「ふん、興が冷めたわ」
ほどなくして、ようやく刀はベルドレッドの手から引き抜かれ、下ろされた。もうその切っ先は花魚さんを見ていない。
「こんなにも多くの色の看板者や民に守られおって、まるで拙者が悪者みたいではないか」
「! じゃあ、サキ!」
嬉しげに顔をほころばせる明次に、剣は凛とした声で応じた。
「ああ、今回は目をつぶるとしよう。だが、この女の目付け役は土熊一人には任せられぬ」
そう言うと、紫の刀は明次の手から離れ、まっすぐ花魚さんの方へ飛んできた。
やっぱり切る気か!? と思いきや、刀は花魚さんの豊かな胸に吸い込まれ、衣服を傷つけも貫通もせず、手品のごとく消えていく。気づいたときには、すっかり花魚さんの体の中に入ってしまっていた。
「女よ。名はなんという」
花魚さんの体の中から凛とした声が響く。間違いなく、あの刀の声だった。
体の内から聞こえる声に花魚さんは自身の胸を見て、それから顔を上げて問われた名を口にした。
「
「ちょうどいい。その名の通り、お前には拙者の鞘になってもらうぞ」
花魚さんの名を聞き届けた声は、どこか満足げだった。
「またよからぬことを企んでみろ。そのときはこの体、内からかっさばいてくれるわ」
「大丈夫だよ、サキ」
俺は花魚さんの中の声に返事をした。
「もう二度と、花魚さんに変な気を起こさせやしない。俺も、じーちゃんも、明次も、ピスヘントも、ベルドレッドもヴォーパル・バニーも、みんなで花魚さんの隣に立って、支えるからさ。マドラー計画なんて考える暇もなく、賑やかにしてやるよ」
俺の言葉に、じーちゃんも明次も強く頷いた。
「そうだぜ、サキ! もうお前は誰かを真っ二つになんてしなくていいんだ! そんなことさせるかよ! 友だちだろ?」
ぐっと拳を握る明次はあっけらかんとした態度だ。こいつが言うと、どんなに根拠のない自信でも形を帯びてくるから不思議だ。
それから数瞬ののち、紫の剣の短い吐息が聞こえてきた。
「よかろう。その口約束、偽りではないかどうか、見届けさせてもらうぞ。拙者は少し眠る。この女の内は、紫の駅より少しだけ温かい……」
それっきり、鈴のようなサキの声は止んだ。
「では、我らも帰ろうか。自分の駅へな」
危機が去ったのを感じたのか、ベルドレッドとヴォーパル・バニーとピスヘントは、花魚さんの影の中へ再び沈んでいく。最後にヴォーパル・バニーの長く鋭い耳が影の中へ完全に溶け込むと、一気に静かになった。
「さて、ミドリ。お前さんも充分働いてくれたな。もう帰っていいぜ」
じーちゃんが自分の右手にはまっている緑色の手甲に声をかける。
ぎーる、と手甲は鳴き、膨大な量の緑の煙を噴き出しながらじーちゃんから剥がれていった。すると緑色に光る球体が宙に浮かび、尾を引いて天に昇っていく。やがて空中にぶつかり大気にひびを入れた緑の球体は、強引にひびを突き破って穴を開け、その向こう側へと消えていった。次第にひびは修復され、空気に開いた穴も閉じていく。
「お疲れさん。さて、こんだけあれば当分、茶には困らねえな」
そう言ってじーちゃんは手にした茶筒の蓋を開け、辺りを舞う緑の煙に突き出す。茶筒の中に、緑色の煙がみるみるうちに吸い込まれ、煙が晴れたところできゅぽんと蓋を閉めた。
えっ待って。いつもじーちゃんの飲んでる緑茶の材料って、これだったのか?
ぐしゃぐしゃになったティーセットやテーブルや椅子が散乱する中で、俺とじーちゃんと明次は花魚さんの周りで立ち尽くす。さて、さっきはあんな風に啖呵を切ったものの、花魚さんにどう声をかけていいのやら。
「どうして……」
口火を切ったのは花魚さんだ。地面を見ながら、消え入りそうな声で言葉を紡ぐ。
「どうしてみんな、私を助けるの!?」
「好きだから」と俺。問われれば意外にするりと言葉が出てくるもんだ。
「もっと好きだから」と明次。張り合うな。
「ほっとけねえからよ」とじーちゃん。実に同感だ。
「即答!?」とがばっと顔を上げる花魚さん。よほど衝撃が大きかったらしい。
俺はかがみこんで、花魚さんと目線の高さを合わせて言い聞かせる。
「考える時間なんか必要ないですよ。俺たちは単純に、花魚さんに死んでほしくないだけです。それって、自然なことでしょ?」
そう、答えはいつだってシンプルなものだ。お母さんに会いたいという願いも、花魚さんに生きていてほしいという思いも。
単純なものほど、単純だからこそ、その思いは強くなる。
たったそれだけのことなのだ、要するに。
「あー、チーズケーキももうぐちゃぐちゃですねー」
「三歩、もっかい作れねえか? 今度はビスケット抜きで」
「あーあー、ティーセットもおじゃんじゃねえか。こりゃうちから急須を持ってくるしかねえな」
割れたティーポットやカップの破片などを拾い始めた俺と明次とじーちゃんを見て、花魚さんはきょろきょろと不安げに視線を泳がせた。
「え、ちょっとちょっと、みんな、何してるんですか?」
「決まってるだろ」
じーちゃんは眼鏡をくいと押し上げる。
「うちの孫の誕生祝いの続きだろうが」
「おかしいでしょう? だって私、明次くんを殺しましたし、三歩くんや土熊さんにも迷惑を」
事態に追いつけないのか、目を白黒させながら花魚さんはかぶりを振る。
俺はぱんぱんと手を打ち鳴らした。
「はいはい、もうその話はおしまいですよ花魚さん」
「そうそう、俺も生き返ったことだしちゃらですよ。それにサキに操られていたとはいえ、俺だって花魚さんを手にかけるとこだったからお互い様ってことで」
続く明次もにこやかに笑っている。
今の俺たちは、もう誕生パーティのことしか頭にないのだから。
俺たちには今しかない。今を生きるためには、切り替えの早さが必須だ。
「過ぎたことは気にすんな。どうせ時間は戻らねえんだ」
花魚さんに背を向けて、じーちゃんはひしゃげたチーズケーキを指ですくって口に含んだ。
「美味いじゃねえか」
指を舐め、笑うじーちゃん。行儀が悪いぞ。でもありがとう。
「覆水は盆に返らんし、こぼれたチーズケーキも皿に戻らん。でもな、味まで変わるわけじゃねえ。だからこそ、しかと覚えておかないかんのよ」
その日の出来事をな、とじーちゃんは締めくくって、腰を叩きながら伸びをした。
「じーちゃん、昨日の夕飯なんだった?」
「……シチューだったか?」
「グラタンだよ覚えとけよ!」
台無しのぐだぐだだった。これだから歳は取りたくないもんだ。けど、もしもじーちゃんみたいになれるのなら、今日一つ歳を重ねるのも悪くないのかもしれない。
くす、と。そのうち、聞き漏らしてしまいそうなほどささやかな声が耳をくすぐった。
声の方に振り返ると、いつしか花魚さんが口元に手を当てて、柔らかく笑っていた。
「花魚さん……?」
「嘘みたい。友だちを殺したのも、殺されそうになったのも。世界を混ぜようとしたことも、私の故郷の真実が明かされたのも。それに――みんなに助けられたのも」
花魚さんは目尻に浮かんだ雫を人差し指で拭い、俺たちに深々と頭を下げた。
「不束なお隣さんですが、これからもよろしくお願いしますね」
ふっ、と今度は俺たちが吹き出す番だった。
「何を今更」
俺はにやつきを抑えられなかった。絶対今変な顔になってるな。
「俺はお隣さんじゃないけど、いいですよね」
明次は苦笑いしている。ああ、いいよいいよ。
「お前さんがどれだけ危ない橋を渡ろうとしても、この先いくらでも止めてやる。だから今日のことは、夢みてえなもんだったと思っちまえ」
「夢……」
じーちゃんの言葉を繰り返し、体の中に染み渡らせていく花魚さん。すぅっと目が閉しられる。彼女の瞳は今、何を見ているんだろうか。
「でもやっぱり私には、三歩くんの誕生日を祝う資格なんてないよ」
「まだそんなこと――」
言ってるんですか、と嗜めようとしたとき。
「遅れて呼ばれて飛び出せ私! 喜べ、祝いに来てやったぞ三歩―!」
この場の空気を全無視した、能天気な声が飛び込んできた。
見れば、家庭菜園スペースの入り口のドアのところにばかみたいに明るい茶髪で制服姿の
案の定、破壊と崩壊の色濃い家庭菜園スペースを見た風は眼鏡を手でずらし、ごしごしと目を擦ってから再び元に戻す。
「うっわー、めちゃくちゃじゃん。いったい何を
「いろいろ……いろいろあってな……」
なんだかどっと出た疲れが自分の声に滲んでいるのがわかった。もはや説明するのも億劫だ。
それに、説明したらしたでうるさくなりそうだし。
「ふーん。あっそ。まあいいや、誕生パーティ終わった?」
「いや、まだケーキもこれから用意するとこだぜ」
「じゃあ今まで何してたの!?」
明次の告げた事実に両手を上げて驚きを全身で表す風。ぼさぼさの髪が天に向かって逆立っているようだ。
「ま、でもそれならちょうどいいかも。はい、これ」
ん、と風は通学バッグから取り出した茶色い小袋を俺に突き出してくる。
「お、おう?」
両手で受け取ると、手のひらの上にぽすんと小袋が載った。思ったよりずいぶん軽い。
「開けていいのか?」
「うん。それ、ケーキ代わりにすれば?」
赤いリボンを解いて小袋の口を開けると、中から香ばしい匂いが漂って空気中に広がる。
焼きたてのお菓子特有の、陽光のように温かい香りだった。
中からクッキーが二、三枚ほど俺の手のひらの上に出てくる。ところどころ黒く焦げてはいるものの、風にしては上出来な出来栄えだった。
「いやでも、こいつにケーキの代わりは荷が重いだろ」
「よく見てよ」
なぜか自信たっぷりの風の態度が癪に障るが、俺は手の中のクッキーを見つめる。と、ひょいとじーちゃんはそのうちの一枚をつまんで天にかざした。
「こいつは、字が書かれているな」
「そ! さっすが土熊さん!」
えへんと胸を張る風を無視して俺たちはクッキーを一枚一枚確認する。
全部で五枚あるクッキーの表面には、それぞれ「祝」「誕」「生」「日」「!」とチョコレートの文字が焼き付けてあった。
「誕生日おめでとう、三歩」
朗らかに笑ってクッキーを差し出す風。いい顔してるのに、なんでよりによって「!」のクッキーなんだよ。「祝」とかでいいじゃん。
「ほら、花魚さんも持って持って。ハッピーバースデー歌ってからみんなで食べるから」
一番遅く来ておいて急に仕切り始める風よ、やりたい放題だなお前。
「ごめんなさい、今はちょっと誰かをお祝いするなんてとてもできなくて――」
「なに悲劇のヒロインみたいな雰囲気を演出してんですか! そういうのむかつくんでやめてください!」
陰気臭い空気もまったく読めない風は愁いを帯びた花魚さんに食ってかかる。おいおい。
「悲劇のヒロインは、最後に美味しいものでも食べてにっこり笑えばいいんですよ!」
「もぐっ!?」
とうとう風は力づくで花魚さんの口に「!」のクッキーをねじ込んだ。いや何してんだお前は!
そもそもみんなで歌ってから食べるんじゃなかったのかよ! 自分で決めた段取り無視か!
哀れ自由奔放な風に翻弄された花魚さんはというと――クッキーを頬張りながら、その目に涙を光らせていた。
「おい花魚さん泣いちゃったぞ! 何も無理やり食わせることはなかっただろうが!」
たまらず明次が風に非難の目を向ける。
「うっさい! だいたい男は弱った女に優しすぎなの! たまにはがつんと背中を押してやるのも大事なんだからね!」
「そういう問題じゃねえだろ!」
ぎゃんぎゃんと言い争う明次と風を、じーちゃんが手で制する。
「待て」
その目はいたって真剣に、花魚さんを見つめ続けていた。俺たちも黙って、花魚さんに視線を寄越す。
全員の視線を一身に浴びながら、花魚さんは信じられない一言をつぶやいた。
「お母さんの味だぁ……」
もっくもくと、クッキーを口内で抱き締めるように頬張る花魚さんは、溢れる涙を拭おうともせずにただただ泣きながらクッキーを味わっていた。
「お母さんの、味……? どゆことですか?」
ごっくりとクッキーを飲み込んでから、花魚さんはやっと目尻の雫を人差し指で掬う。
「ずっと、これが食べたかったの」
花魚さんは顔を風に向けて、くしゃくしゃに笑う。大粒の涙が透き通った両目からとめどなくこぼれ落ちた。
「私にはわかる。あなた、お母さん、なんでしょう?」
「ええっ!?」
思わぬ言葉に思わず風の顔を見る俺と明次。
みんなの視線を浴びて、風はゆっくりと眼鏡を外した。すると、風の明るい茶髪と茶色い瞳が、墨汁が垂らされたようにじわじわと黒く染まっていく。瞳と髪を黒くした風の顔は、いつもより大人びた雰囲気を帯びていた。彼女は眉を寄せながら微笑む。
「やっと気づいた? ほんと、しょうがない泣き虫なんだから」
そう言って花魚さんを愛おしげに見やる風は、俺の知っている普段の彼女とはまったく別の空気をまとっていた。なんだ、これはいったい何事だ?
「三歩、明次、土熊さん。うちの子がご迷惑をおかけしました」
そう言って、風は俺たちに深くお辞儀をした。
えっ、えっ、えっ?
とてもじゃないがこの状況についていけない。今、いったい何が起こっているんだ。
「そうか、前世だ」
ただ一人、顎に手を当てて考え込んでいたじーちゃんだけは、納得してつぶやいた。
「ぜ、前世?」
「その通りです、土熊さん」
どういうわけか花魚さんのお母さんとなった風は頭を上げ、俺たちを順番に見やる。その視線は最後に俺のところで止まった。
「私は、茶彩の母の生まれ変わりなの。この体をお借りして、ずっと茶彩を見守ってきたってこと」
「ま、転生ってこったな。転生」
かか、と、何がおかしいのかじーちゃんは笑う。なんなんだ、これは。
「あらやだ、茶彩から何も聞いてなかったの? なぜそれぞれの色を持つ世界が『駅』と呼ばれているのか」
目を丸くする俺と明次を見て、少しおばさん臭くなった口調の風は口元に手を当てる。
「あ、そういや俺も思ってた。なんで国とか世界じゃなくて駅なのかなって」
横から明次がまっすぐな疑問を挟む。確かに俺もそれは気にはなっていたけど、そういうもんだろうと思って深く突っ込んだことはなかったな。
「私や茶彩のいた黒の駅、それにここ、茶の駅、他にも赤の駅や青の駅……これらの世界はね、みぃんな繋がっているの。ある駅で天寿を全うした者は別の駅に魂が運ばれて生まれ変わる。私たちはさまざまな色の駅を、山手線みたいにぐるぐる巡り回っているのよ」
だから、駅。なのか。
要するに魂とは水のように循環しているわけだ。
駅という割には各駅を渡る電車がないと思ったら、電車は俺たち自身だったのか。
いや、待てよ。それだと――
「じゃあ、さっき倒したヴェノワールもいつか復活する……?」
「それは大丈夫だ」
じーちゃんがポケットから取り出した煙草に火を点け、一服する。
「看板者っつーのはな、他のやつらと違って別の色の駅で生まれ変わることはないのさ。魂はずっと同じ色の駅にある。そしてヴェノ悪のいた黒の駅はもうねえ。あいつはもう出てこられねえよ」
ふぅー、と煙を吐き出し、煙草を素手で握り締めるじーちゃんは遠い目をしていた。
じーちゃんが煙草を吸うのは珍しいけど、この煙草の火の消し方はもっと珍しいな。
「そういうこと。魔王が自分の復活を茶彩に任せっきりだったのもそれが原因でしょうね。だけど、私は看板者じゃないからこうして
じーちゃんの言葉を継いで、微笑む風。いや、花魚さんのお母さん。
けれど、生まれ変わりというシステムに実感のない俺は新しい疑問を口にする。
「え、じゃあ風は、今までのあいつの態度とかは、全部演技だったんですか?」
たまらず敬語になる俺に、風は柔らかく笑いかける。
「ううん。それは違うよ。黒の駅での記憶はほとんどなくなっていて、風ちゃんとして生きてきたの。親ばかかしらね、無意識に茶彩を気にかけてはいたみたいだけど、今日やっとはっきりと前世の思い出が甦ってきたのよ。なぜだかわかる、三歩?」
今日? 今日という日はとにかくイレギュラー満タンで、どれがきっかけになったのやらさっぱり――
「あ……マドラー、計画……?」
不意に浮かんだその単語を俺が口にすると、風は嬉しそうに両手を合わせた。
「そう、当たり」
花丸を付ける先生のように笑顔を咲かせた風は、再び花魚さんの方へ向き直り、両手を広げる。
「茶彩。あなたのマドラー計画が、滅んだはずの私の意識を呼び覚ましたのよ」
「私が、お母さんを……?」
幽霊みたいなか細い声で花魚さんはつぶやく。
おそらく、マドラー計画によって黒の駅が一時的に復活したことで、風の中にある花魚さんのお母さんの黒の駅での記憶も甦ったのだろう。
花魚さんのやったことは迷惑極まりないけど、決して無駄には終わらなかった。マドラー計画で母親に会うという花魚さんの目的は、かなり変則的ながらも達成されたのだ。
いつだったか、風は言っていた。自分は花魚さんの名付け親だと。名付け親でも親の端くれだと。よもやそれが親本人の言葉だったとは、誰が思うだろう。
それに、茶彩という名前は、花魚さんの黒の駅での本来の名前とまったく同じだとも言っていた。偶然にしてはなるほどできすぎている。
風の花魚さんへの態度を思い起こせば、花魚さんを注意したり、叱ったりと、確かに家族のような空気はあったんだ。親戚というのは設定に過ぎなかったけれど、この二人の間にはそれ以上の繋がりが確かにあった。
今思えば、風が毎朝花魚さんの様子を気にしていたのも親戚代行としての立場ではなく、ただ単に子を案ずる親心だったのだとしたら頷ける。
家族というのは、太陽のようなものだ。
お互いに照らし合い、育て、温める。その温もりはきっと、何よりも輝いている。
「ほら、おいで、茶彩」
「おかぁざあん……!」
ぼろぼろに泣き濡れたまま、自分よりも小さな体に花魚さんは飛び込む。太陽が今、彼女の全身を柔らかく包み込んだ。
「ごめんなさい、ごめんなさいお母さん! 私、たくさんの人を踏み躙った……! でも、どうしてもお母さんに会いたかったから!」
「こらこら、謝る相手が違うでしょ?」
幼子を宥める口調で、どこまでも優しい声音で風は花魚さんの頭を撫でる。
「いい話だなあ……」
横を見るといつの間にか明次がもらい泣きしていた。感動の再会ではあるけれど。正直ここにくるまでの流れが怒涛の嵐のようで、俺の涙腺は渋滞している。
でも、ここで花魚さんのために泣けるようなやつだからこそ、俺はこいつと気持ちよく恋敵をやれているのかもしれないな。
我が子を抱き締める風は、花魚さんの耳元でささやく。
「かき混ぜたあなたならわかるでしょう? もう、このマドラーは役目を終えようとしている。でも、茶彩のことはずっと見ていたし、これからも見ているからね。あなたのことを大事に思ってくれているこの世界を、今度は許してあげなさい」
「うん……うん……!」
離すものかと風の背中にしがみつく花魚さんだったが、すでに風の中から何かが抜け落ちそうになっているのは彼女が一番感じているに違いない。
かき混ぜられた世界と同じく、かき混ぜられた風の意識と花魚さんの母親の意識も元に戻ろうとしている。お別れのときが、近い。
「茶彩。お母さんはあなたをこの世界に送り届けられてよかった。ここには、あなたを好いていてくれる人たちがこんなにいる」
花魚さんのお母さんは目線を上げ、俺と明次とじーちゃんを見据えてから、最後の挨拶を口にした。
「土熊さん、明次、三歩。この子のことを、よろしくお願いします」
「任せてください! 俺、いいお婿さんになりますから!」
ぼろ泣きの明次に先を越されてしまった。というか抜け駆けされた。抜け駆けは死罪じゃなかったのかよ。
出遅れた俺も負けじと続く。
「お隣さんは、どんなに迷惑をかけられても絶対に見捨てたりしませんよ」
お母さんって、いいな。俺にもそんな人がいたんだと思うと、胸の奥が仄かに甘く痺れる。
センチメンタルになっている俺の首を、じーちゃんが腕で引っ掛けた。ぐえ。
「うちの孫が世話んなってるからな。また、あなたに会えてよかったよ。あなたのおかげで、俺には自慢の孫ができた。こちらこそ、娘さんにはこれからもよろしくさせてもらいます」
ヘッドロックを解いたじーちゃんは、深く深く頭を下げた。ぴんと張り詰めた糸のような、長い一礼だった。
それを見た花魚さんのお母さんは、そっと目を閉じ、それから腕の中に目を向ける。
真っ赤な花に見守られながら、橙色の蕾に囲まれながら、黄色い花に祝福されながら、緑の葉が拍手をする中、青い花弁の舞い散る中で、藍色の花に笑いかけられ、紫の花に見送られ、親子は再び最後の時間を過ごす。それは、今までで一番濃密なティータイムだった。
虹色に彩られた景色の中で、花魚さんのお母さんは娘の背をぽんぽんと叩く。花魚さんはくしゃくしゃの顔を上げ、親子は視線を交わす。最後の会話はそれだけで充分なようだった。
さよならは言わない。またねも言えない。けれど確実に今は、親子二人だけの世界だった。紅茶の香りが連れてきたこの空間は、まさに水入らずだ。俺たちはそれを周りから眺めるお茶菓子に過ぎない。
何年も迷子になっていた少女とその母親は、十年分の抱擁を交わし、どちらからともなく笑って体を離した。
「ありがとう」
花魚さんが右目の涙を拭うと、風は胸ポケットにしまっていた眼鏡をかける。真っ黒だった風の髪と瞳に茶色い光が差し込み、明るくなっていく。
「どう、元気出ました? 花魚さん」
目と髪を茶色く染め直した風は、花魚さんの左の
「ええ、とってもね」
涙をきれいさっぱり拭き取った花魚さんの瞳には力強い光が戻ってきている。余裕で、不敵で、妖しげで、そして何かを企んでいそうないつもの笑顔が帰ってきていた。
次は何をその胸の内に秘めているのかなんてことは俺には窺い知ることはできない。でも、今度は誰かを裏切ったり、世界を無理やり変えたりしようなんてする気がないのははっきりとわかる。花魚さんはもう、そんなことをする必要がない。
十年間絡まったままの糸は今日、解れた。思えば、俺たちの関係はいつもこじれていた。
自分の故郷を滅ぼしたやつにすがるとか。じーちゃんが俺を気にかけているはずがないと思い込むとか。いつだって、事件というのは誤解から生まれるものだ。
でも、それも今日で終わりにしよう。なぜなら今日は誕生日。俺たちの新しい、本当の繋がりの生まれた日。それでいいじゃないか。
「さて、と」
ぱんぱん、と手を叩き、花魚さんが優雅に立ち上がる。ボリュームのあるスカートが花開いた。
「誕生パーティの続き、しましょうか」
俺の愛する隣人は、そう言い、懐から取り出したテーブルクロスをばさりと翻して広げる。
「それっ」
壊れたティーセットの上に被さった純白の、まるで花嫁のヴェールのようなテーブルクロスを花魚さんが引き抜くと、その下から綺麗に並べられた五人用のテーブルと椅子、それに湯気を立ち昇らせる紅茶の入ったカップ五人分が現れた。さらに、俺の作ったチーズケーキも崩れる前の状態に蘇り、主役となってテーブルの中央に陣取っている。
「じーちゃん、こぼれたものは元に戻らないんじゃなかったのかよ」
「……まあ、例外もあった方が面白れーわな」
半眼でじーちゃんに視線を寄越すと、じーちゃんはいけしゃあしゃあと言い切った。そして、実際そう考えた方が人生楽しいので俺も言い返さない。
明次は興奮に鼻の穴を膨らませ、復活したティーセットを見渡している。
「さっすが花魚さん! もはや不可能なしですね!」
「不可能の方が多いよ。けど、魔法も負けてないんだから。魔法と紅茶なら任せなさいな」
えへんと花魚さんは胸を張る。ティーセットと同様に、すっかり回復したようだ。
「花魚さん。もう、俺の誕生日を祝ってくれるんですか」
「当たり前じゃない。遅くなってごめんね、三歩くん」
「とんでもない」
その気持ちが何よりのプレゼントだと、この人はわかってて言ってるのだろうか。言ってるんだろうな。
「土熊さんも、明次くんも、風ちゃんも、迷惑かけてごめんなさい。こんな私だけど、三歩くんの誕生日を祝わせてくれますか?」
「もちろんですよ!」
明次がいい返事をした。
「さっきからそう言ってんだろ、いいからさっさと切り替えろ。若ぇんだから」
じーちゃんがぽりぽりと頭を掻き、席に着く。自然とみんなもそれに倣った。テーブルに肘をついた風は自分の前のカップを持ち上げる。
「花魚さん。誕生日を祝うのに理由も資格も要りませんよ。楽しめばいいんです。楽しめば。ね?」
それから自分の焼いたクッキーをチーズケーキに蝋燭代わりに刺していく。チーズケーキの上に「誕」「生」「日」の文字が並ぶ。そうして最後に手元に残った「祝」のクッキーをさくりとかじって、風はウインクした。
「ありがとう、お母さん」
「もうあなたのお母さんじゃないって」
花魚さんに微笑まれて風は苦笑する。ん、そういえば。
「風が花魚さんのお母さんなら、やっぱりおばさんって呼んだ方がよくないか?」
「よかないわ!」
頭をはたかれた。今日の主役なのに。
全員でテーブルを囲み、各々のカップを手に取る。
「それじゃ、まずは」
じーちゃんが口を開いた。みんなの視線が集まる。
「三歩の誕生日に、乾杯」
「かんぱーい」
じーちゃんがカップを持ち上げると、明次と風と花魚さんも笑顔で続く。
「みんな、ありがとう。乾杯」
ぐいとカップを傾ける。俺の心の中にも温かいものが流れ込んできた。至福の一杯だった。
やがて、ハッピーバースデーの歌が歌われる。ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデートゥーユー。ハッピーバースデーディーア三歩―。
それは、言ってしまえば拙い歌だった。リズムも音程もばらばらだ。けれども、だからこそ素敵なハーモニーになっていた。この世にたった一つしかない、俺を祝ってくれるためだけの歌。俺はその歌をBGMに、カップにミルクを一垂らししてから口につける。ミルクティーが疲れた体と心によく馴染んだ。
「三歩くん」
チーズケーキを切り分け、花魚さんは俺の前に差し出す。フォークを添える手が心なしか普段より色っぽく見えた。
「かっこよかったよ」
その一言が、俺の心をノックした。強すぎず、静かで、それでいてふんわりと俺を包み込むような、安心を連れてくるノックだった。
花魚さんとのご近所づき合いは命がけだ。俺の命どころか、大切な人の命すら危険に晒される。それでも俺が花魚さんの隣にい続けようとするのは、どんな目に遭っても彼女の道になりたいからだ。
俺の名は三歩。三歩は俺と花魚さんとの距離。幸せがやってくるまでの歩数。だから俺は三歩分だけ先に進んで、花魚さんをちょうどいい道へとエスコートしてあげたいと願うのだ。
俺の手の中にあるティーカップの水面では、白く細いミルクの線が揺蕩い、にっこりと満足げに笑みを浮かべていた。俺の今の気持ちが、月と一緒にそこに映り込んでいた。
かくして俺は十六歳になった。こんな無茶苦茶な誕生日を迎えたのは、後にも先にもきっと俺だけだろう。
刺激的過ぎて、正直もう勘弁だと言いたくなる一日だったが、もちろんそんなのはお構いなしに来年も誕生日はやってくる。来年の今日には、俺は今よりも少しは強くなれているだろうか。じーちゃんみたいに。花魚さんの隣に立てるように。強くならなきゃな。じゃないと、みんなにも世界にも、とてもついていけそうにない。
俺の暮らしているこの駅は、目まぐるしいほど色鮮やかなのだから。
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