夕陽の用心棒


 鉄道の路線は魔石の鉱脈を追い掛けて延伸し、東から西へ複雑に枝分かれしながら樹形図を描いてきた。西部から東部へ向かうには、その絡み合った路線の結節点を目指して、線路の欠けた部分を駅馬車で補いながら進むことになる。

 たとえ線路が敷いてあったとしてもそこが未だに運行されている路線であるかは訪れてみるまで分からない。ゆえに地図を開き、旅人は荒野を行くのだ。


 ジンジャーを乗せた駅馬車は昼下がりにはもう休憩所に辿り着いていた。馬に無理をさせない道程や、休憩所の施設の充実ぶりなど、ひと月ほど旅を続けてきた経験から、ジンジャーは当たりを引いたと思った。

 使われなくなった貨物列車を引き取って、建物として利用している。線路もない荒野にどうやって引き込んだのか、ジンジャーには見当もつかないが、見た目にも面白いので彼女はかなり気に入った。

 休憩所は小さな村のようだった。宿や食事処、酒場、馬小屋など、休憩所の施設を数世帯の家族が力を合わせて運営している。

 休憩所の散策を終えたジンジャーは宿の部屋に旅行鞄を預け、翌朝の出発時刻に備えて早めの夕食に向かった。

「ここは食事にも期待できそうね」

『旅の目的が変わっていませんか?』

「東海岸に辿り着くまでどれだけ旅を満喫できるか。それが今のわたしの目的よ」

『行き先を忘れていないのならば構いません』

 貨物車両を改装した店内は、思ったより手を入れているらしく、ゆったりとくつろげるラウンジ風の食堂車のようだった。車窓から射し込む西日が、食堂に懐かしい雰囲気を吹き込んでいる。

 カウンター席に着いたジンジャーは、メニューも見ずにいつもどおりサンドイッチとソーダ水を注文する。

 出てきた料理はトーストした食パンを三枚重ねてその間にローストチキンや溶けかけのチーズ、瑞々しい野菜を挟んだ――クラブハウスサンドだった。三角形に切り分けて、ひとつひとつ楊枝で留めてある。見た目だけで空腹を刺激され、揚げ芋とホットコーヒーを追加で注文して、あっという間にぺろりと平らげてしまった。

 食後のコーヒーをすすって人心地ついていると、他に空席もあるというのに、隣のスツールにいかつい男がどっかと腰を下ろした。フリンジのついた革のジャケットにつば広の中折れ帽。カウボーイの格好だ。ジーンズをはいているが、チャップスまでは着けていない。そして使い込んだガンベルトに、油の馴染んだ拳銃。牧童ではなくガンマンだとジンジャーは判断した。青年だ。だが小じわの浮かんだスモーカーズフェイスで二十代か三十代か、歳かさはよく分からなかった。

 人を撃ったことのある奴だということは雰囲気から察せられた。

 危険なニオイがした。早く立ち去ろうと熱いコーヒーを急いであおっていると、男のほうから声を掛けてきた。

「まだるっこしいのは苦手だ。お嬢ちゃん。あんたかい、『赤毛の魔女』ってのは?」

「あなた、賞金稼ぎ?」

「聞いてるのは俺のほうだぜ」

 ドスを利かせた声で凄まれるが、ジンジャーは聞き流してコーヒーカップに口をつける。

 その裏で拳銃に伸ばしていた手が前触れもなく掴み上げられた。

「度胸がある女は嫌いじゃねえ。あと二、三年もすりゃあいい女になるだろうよ」

 ジンジャーは口に含んだコーヒーを男の顔に吹き掛けた。

 男はジンジャーの腕を掴んだまま立ち上がり、自分の拳銃を抜いた。

 ジンジャーは左手でホルスターから銃を抜いた。

 銃口を突き付けたのは全くの同時だった。

 男はジンジャーを睨んでにやりと口角を釣り上げた。

「逆手撃ちか。どこで覚えた?」

 ジンジャーの拳銃は上下が逆さまだった。左脚のホルスターは右手で抜くように収めてある。左手で素早く銃を抜くとグリップを逆手で握ることになる。その状態で発砲できるよう薬指を引き金に当てる特殊な構え。早撃ちや狙撃といった技術とは違う。曲芸・曲撃ちに属する技巧である。

「実家の牧場よ。銃を教えてくれたのは父さん。ペーパーバック小説が好きなの」

「騎兵撃ちってやつか。確かに。ガンマンの構えじゃねえ」

 男はジンジャーの手を放し、挑戦的にほくそ笑む。

「表に出られるか?」

「あなたがコーヒー代を出してくれればね」

 銃を突きつけ合い、互いに油断なく睨みを利かせる中、男はコインをカウンターに叩きつける。その一瞬でジンジャーは席から立ち上がる。

 射線が途切れ、ふたりは互いに銃を下ろした。男はシャツの袖で吹き掛けられたコーヒーをぬぐい「ごちそうさん」と皮肉を言って店を出た。その背中に隙は無い。銃の引き金には指を掛けたままだ。彼が退店するまでジンジャーは動けなかった。

『ここまで正体に迫られたのは初めてではありませんか?』

「隠しとおしてこなかったツケが回ってきたのかもね」

 ジンジャーは中折れ帽を被り直して店を後にした。

 夕暮れが迫る。飴色の太陽が地平線の上にまんまると浮かんでいた。

 ジンジャーは賞金稼ぎに向かい合い、互いに鋭い視線を飛ばし合う。口火を切ったのは男のほうだった。

「名前を聞いておこう。俺はスコール。デーリィ興産の何でも屋さ」

「賞金稼ぎじゃないの?」

「今のところは用心棒ってところか。さあ、名前を教えてくれ、魔女さんよォ」

「ジンジャー。魔女じゃないわ。ついでに赤毛でもない」

「なんでそんな通り名が付いたのかは分からねえが、女の一人旅に、珍しいホルスターの着け方だ。足取りを洗うのは楽なもんだったぜ」

 ここ一カ月の『赤毛の魔女』が関わったと思しき事件を追えば、自然と東へ向かっていることは想像がつく。鉄道は東から西へ向かって複雑に枝分かれしていったのだから、逆に西から東へ向かうにしたがってルートに網を張りやすくなる。ジンジャーはスコールの張った網にまんまと飛び込んでしまった。

『おそらくデーリィ興産という組織ぐるみで『赤毛の魔女』を追っているのでしょう』

「何でも屋さんは誰かに依頼されてわたしを追ってたの?」

「さあてな。守秘義務ってやつさ。大人の仕事にゃあイロイロとあるもんだ」

 言葉を交わすたびにふたりの間に緊張が膨れ上がってゆく。

 気付けば剣呑なふたりを囲むように野次馬が群れをなしていた。

ハジくのか。いいぜ。俺はいつでもな。それとも日が暮れるまで待とうってか? そこまで気は長くねえぞ」

「ブーツの紐を結ぶくらいは待ってくれるかしら」

 周囲に視線をめぐらせ、ジンジャーはスコールの答えも聞かずにしゃがみ込む。

 そしてブーツの中に仕込んであるアンクルホルスターからスクロールランチャーを引き抜いた。

 しゃがんだままスコールの足元目掛けて発射。オレンジ色に染まっていた景色にまばゆい閃光が溢れた。

「魔弾か! チクショウ、失念してたぜ!」

 目くらましの中でスコールが悪態をつく。それを背中に受け流して転進。ジンジャーは背後にいた野次馬のひとりに拳銃を放った。

 銃声。野次馬の男が膝をつき、その手から黒光りする拳銃を取り落とす。ジンジャーは低い姿勢で走り出し、その拳銃を蹴飛ばしてその場から逃走する。

「待ちやがれ!」「魔女が逃げるぞ!」「追え! 逃がすな!」「殺せ!」

 スコールの怒声を掻き消すように、他の野次馬たちが武器を掲げて吠え声を上げる。男たちの殺気が逃げ出したジンジャーの背中に矢のように突き刺さってくる。

「決闘に紛れて野次馬が殺しにくるのは前にも見たことあるもの。同じ手を食うわけにはいかないわ」

『あの計画殺人とは状況が異なりますがね』

 エールが冷静に解説する間も、ジンジャーの背後からは銃弾が飛んでくる。さいわい距離が開いているおかげで命中率は低い。

「なんでこんな目に遭うのよぉ……」

『自分が『赤毛の魔女』だと肯定するような振る舞いをしたのがまずかったのでしょう』

「他にどうしろっていうのよ」

『天気の話でもすればよかったのでは』

「あ・り・が・と・う。今後の参考にさせてもらうわ」

 トゲを生やした言葉を自分の脳裡にねじ込んで、ジンジャーは宿まで一目散に走った。

「今夜はベッドで眠れると思ったのにぃ……」

 宿に駆け込んで入口のドアを閉じる。宿は寝台列車を改装したものだ。後付けされたドアには内側から施錠ができた。だが追い掛けてきている連中の手には弾丸を込めたマスターキーが握られている。安心などとてもできなかった。

 手段を選べないジンジャーは、宿のカウンターで店主に銃を突きつけて詰問した。

「表の連中、デーリィ興産とかいう奴らじゃないでしょう。元々この休憩所の人のはずよ。どうして『赤毛の魔女』を殺そうとするの? 賞金目当てじゃないでしょう。教えて。できれば手短に」

 ジンジャーの目から見ても休憩所は充実していて、じゅうぶん繁盛している。逃亡中の賞金首を捕まえるより、見逃した上で客として金を落としてもらうほうがお互いにとって利益になる。健全な共犯関係を築けるはずだ。

 店主の老人は一瞬目を丸くして、「そうか、あんたが」と得心いったふうに頷く。

「あいつらは復讐を望んどる。ここの連中は故郷を魔獣に滅ぼされたんだ。その魔獣を『赤毛の魔女』が呼び寄せたと信じ込んどる」

 自分の戦いの余波で町がひとつ潰れたのかと、ジンジャーは身構えた。

「元々ここには村があった。それが魔獣によって更地に変えられた。魔獣はどこからか現れた光の巨人によって消し去られたが、村人の気持ちはまだ癒えてはおらん」

 この場所で起こった惨劇というのであればジンジャーには関知しようのないことだ。

「光の巨人――『白銀の巨人』がここに現れた? でも『白銀の巨人』が東大陸に現れたのは一年前。ということは、ここが更地になったのは……」

「まだ半年しか経っておらんよ。いや、もう半年か……」

「お爺さんは『赤毛の魔女』を恨んでいないの?」

「疲れたんだよ。わしには孫娘がおった。あんたと同じくらいの歳だった。生き埋めになったんだろう。死体も見つからなんだ……。あの子に先立たれてから、わしにはもう立ち上がる気力も湧かなくなってしまった……」

 老人は背後のキーラックから客室の鍵を取ってカウンターの上に滑らせた。

「あんたが泊まっとる車両の奥に一等客室の車両がある。その部屋から外に出なさい。まだ回り込まれてはいなかろう」

「ありがとう。お爺さん。長生きしてね」

 ジンジャーは自分の取った部屋へ戻って旅行鞄を確保すると、老人に言われた一等客室へと向かった。

 ビロードの絨毯が敷かれた一等客室は、二段ベッドが押し込まれてあるだけの二等客室とは雲泥の差で、狭いながらも清潔なホテルの一室に見えた。もっとも格調高いホテルになどついぞ泊まったことのないジンジャーには、目玉が飛び出るほど高価な部屋に見えた。

 ところが眺望を重視して広く取られた車窓はガラスがはめ殺してあって開かない。

「どこから出ろっていうのよ」

『上です』

 エールの示すほうへ視線をやれば、確かに天上から床まで貫く銀色のポールに、らせん階段のステップが続いている。

 上った先は展望デッキだった。天井は低く壁面がガラス張りで、座って外を眺めるようにできている。車両後部に外に出られるドアが設えてあった。

 ジンジャーは腰をかがめ、展望車を抜け出す。

 外は夕焼けに染まり、辺りに長く黒い影が落ちる。ジンジャーはこっそりと周囲をうかがった。宿の入口がある前方の車両を覗き込む。

 『赤毛の魔女』を追う男たちは宿の入口に群がっている。鍵の掛かった入口では、宿の主人がのらりくらりと問答をかわして、閉め出してくれているのだろうか。男たちはひとかたまりにまとまって、その場から動かない。

『行動を指示するリーダー役が不在なのでしょう。デーリィ興産に用心棒を外部委託したデメリットが出ているようです』

「じゃあ、今のうちに退散させてもらいましょうか」

 ジンジャーがこっそりと寝台列車の二階から降りようとしたときだった。

「こんなふうに繋がってんのか。夢の寝台特急ってやつだ。浪漫だねェ」

 列車の外に掛けてある梯子を上って、スコールがひょっこりと顔を出した。

 すかさず銃口を向けると、彼は梯子に身体を預け、両手を頭の上に挙げて見せる。

「おぉ、おっかねえ! よせよ。俺の仕事はあんたと決闘ごっこするところまでなんだ」

「それが用心棒の仕事?」

「そういうこった」

 ニタニタと薄っぺらな笑みを浮かべるスコールの出方が掴めず、ジンジャーは迷っていた。デーリィ興産という組織も無法者の集まりだろう。このまま撃って、逃げて、忘れてしまったほうが楽かもしれない。

 だが組織と禍根を残せば、再び『赤毛の魔女』として追い回される可能性もある。報復を目的とした追跡となれば、ジンジャーは今以上に安息から遠ざかるだろう。

 ジンジャーは銃を向けたままスコールに詰問する。

「どうして人を呼ばないの? 契約外だから? それとも時間稼ぎのつもり?」

「お嬢ちゃんに興味があってな。くだらねえ好奇心さ。なーんで『赤毛』なんて通り名がつくのか。そこが分からなくってな。『魔女』は分かる。おっかねえ女はみんな魔女に見えちまう。俺のおふくろだって生きてた頃は魔女だったね。ガキの頃、外で遊んで夕方家に帰ってみりゃあ、俺の悪童ぶりが全部おふくろの耳に入っていやがる」

 軽口は囮で、何か別の目的があるのかと警戒するが、どうにもスコールは元々こういう性格らしい。自分のことを軽薄にぺらぺらと語って本心の部分を悟らせないようにしている。ジンジャーには彼がそう見えた。

「エール。構わないわ。相手の武器を探って」

『承知しました』

「誰と話してんだ? 黒猫か? カラスか?」

 疑問符を浮かべるスコールの目が見開かれ、にやけていた口許がだらしなく開いた。

 スコールの目の前で、ジンジャーの髪が赤く輝いていく。目には見えない光の波動がスコールの総身を走査した。

『拳銃が腰のホルスターに一丁。腰の後ろに一丁。左足首に一丁。左わきに一丁。ジャケットにナイフが三本。帽子の内側にダートが二本。予備の弾丸が二四発。他に調理器具らしき金串が五本です』

「腕は二本しかないのに、なんで銃が四丁も要るのよ。でも帽子の内側に短剣隠してるのはちょっとマネしたいわね」

「おまえ何でそれを!」

 『赤毛の魔女』の姿を目の当たりにして、スコールは地金をさらして驚く。

 その驚きの声を上回るどよめきが宿の入口で湧き立った。

 ジンジャーを追い立てていた男たちは騒然とする。彼らの誰も憎悪していたはずの少女の姿を探してはいない。

 男たちの視線の先。休憩所の奥まった荒れ地が隆起し、死人が這い出してくるかのように地中から腕が突き出てきた。人の腕ではない。比べるべくもない巨大な腕である。

 岩石でできた両の手指が地面を掴み、人間が塀の上によじ登るように、地中から人型の何かが形を現す。

 地面が盛り上がってできたその人型は、見上げるほどの大巨人。頭や肩など身体のあちこちに屋根瓦やガラス窓のような建材が見て取れた。

『規格外の大きさですが、土塊の人造人間・ゴーレムですね。地中に埋めた廃材を取り込んで巨大化したようです』

「町じゃないところで襲われるのは初めてね。それともここが元々村だったことが関係してるのかしら?」

『今までも鉄道の乗り換え時間など、短い休息を襲撃されることはありましたよ。ですがこれは例外でしょう』

「どういうこと?」

『あのゴーレムはお嬢さまを狙う敵ではありません。今しがた姿を現すまで、私には反応が感知できませんでした。こんなケースは初めてです』

 声音は冷静だが、ジンジャーにはエールの動揺が感じられた。

 同じ頃、ジンジャーを追う男たちはもっと露骨に動揺していた。

「あのときの魔獣だ!」「魔女だ……『赤毛の魔女』が呼び出したんだ!」「殺せ! 早く殺せ! あの女を殺せッ!」「ダメだ。殺されるんだ……俺たちのほうが……。半年前の二の舞だ……今度こそ死ぬ! みんな死んじまう!」

 殺意と狂気と怯懦と混乱が男たちの間に伝染し、互いに増幅し合っていた。

「本当のところはどうなんだい? 魔女さんよォ。あんたを始末すればあのデカブツは消えるのかい?」

 年齢不詳のスコールの目が急に歳をとる。ジンジャーを確実に殺す覚悟を固めた目だ。

「どうかしら。わたしが呼び出したわけじゃないから分からないわ」

『地下に封印されていたゴーレムが光の力を感知して再起動した可能性はあります』

「あれが半年前に封印されたものなら『白銀の巨人』も半端な仕事をしたわね。寝た子を起こしたなら、わたしが死んでも動き続けるわ」

 なんてこった、とスコールは舌打ちをする。

 一方、混沌と化した宿の入口では、その無秩序に新たな混乱の種が芽吹く。突如、ドアを開け放ち、宿の主人が猟銃を担いで姿を現したのだ。

「あの魔獣はわしが討つ! どけ! 腰抜けどもはとっとと退散せい!」

 猟銃を振り回し、慌てふためく男たちを払いのけ、ひとりでゴーレムに向かってよたよたと走り出す。

 宿のカウンターで話していた枯れた老人の面影はどこにもなかった。鬼だ。怒りと憎しみでたぎらせた血を全身にめぐらせた復讐の鬼がそこにいた。

 ジンジャーはスコールに向けていた銃をホルスターへ戻した。

「スコール。わたしもやってみるわ。用心棒ってやつ。だから黙って見てなさい」

 ジンジャーの瞳が殺意の宿ったスコールの目を射すくめた。ジンジャーは銃を収めたはずなのに、彼は挙げた両手を下ろせずにいた。

『本気ですか。お嬢さま。あれは貴女に差し向けられた敵ではありません。今ここで巨人化の力を使えば、明日の夕刻まで巨人にはなれないのですよ』

「エール。覚悟を決めた人間に本気を問うなんて無粋だわ。正気で立ち向かえる相手じゃないから、お爺さんみたいに狂気に走るか、命懸けで本気を振り絞るしかないのよ」

 ジンジャーの赤い髪が輝きを増す。夕日の赤光を掻き消すほどにまばゆい。

 旅行鞄を抱え、ジンジャーは寝台列車の屋根の上を駆けた。

 赤い輝きに気付き、うろたえる男たちが赤い髪のジンジャーを目撃する。

「『赤毛の魔女』だ! 本物だ!」「殺される。俺たち殺されちまう」「落ち着け! こっちが先にやっちまえばいいんだ!」「そうだ殺せ! ぶっ殺せ!」

 弾丸の雨が屋根の上のジンジャーに殺到する。だがジンジャーは自分に向けられる殺意を一顧だにせず列車の屋根を駆け抜けた。

 彼女の全身を赤い光が覆い、真っ赤な光の球と化してゴーレムへ向かって飛び出した。

 球はゴーレムの胸にぶち当たるとその巨体をよろめかせる。同時にひときわ強く輝いて、銀の装甲をまとった赤い巨人の姿へと変わった。その大きさはゴーレムに比肩する。

 列車の屋根に上ってその一部始終を見ていたスコールは、信じられない光景に瞬きもせず目を見開いて、やがてぽつりとつぶやいた。

「あれが『赤毛の魔女』――いや、あれはもう『紅鋼の巨人』だな」

 赤い巨人の拳がゴーレムの岩盤の胸板を殴りつける。だが効果が見られない。

『お嬢さま、エンゼルフェザーの使用を推奨します。敵の装甲の隙間に突き立て、しかる後に内部の対消滅エネルギーを解放すれば、物理特性を無視して物体を断裂可能です』

「蛇を裂いたやつね。――フェザー!」

 ジンジャーは自分の装甲の一部をむしり取り、ナイフのようなその突端をゴーレムの肩口に突き刺す。

「裂けろォー!」

 刃が弾け、溢れ出した光が空間ごとゴーレムの腕を切断する。落下した腕が地面を揺らし、腕の素材に使われたガラス窓が粉々に砕けて夕日を受けて光の粒をこぼした。

 片腕を破壊したと思ったのも束の間、腕が落ちた地点の地面が盛り上がり、地中から鉄道のレールが顔を出す。

「地下にレールが! 元々鉄道が走っていたところに、後から駅馬車を通したのね」

『施設に使われている車両は当時の転用でしょう。それよりも見てください、お嬢さま』

 レールは植物のツタのように伸び上がり、切断された腕を巻き込みながら、ゴーレムの肩に吸いついていく。ゴーレムの腕はレールのギプスで固定され胴体に再装着された。

「再生した……」

『ゴーレムの本体は人型を形作ろうとする機構そのもの。今見えているものは敵の正体ではありません!』

「本体が見当たらないから、半年前は封印するしかなかったわけね」

『ですが、今の我々ならば』

 言って、エールの判断で視界が走査モードに切り替わる。

 ゴーレムの体内が赤い巨人の照射する数多の光線や超音波によって露わになる。

『胸の中に核があります。えぐり出してください』

「オーケー! 飛んでけフェザー!」

 適当にむしり取った装甲の刃をゴーレム目掛けて投げつける。超感覚によって制御された刃は生き物のように軌道を変え、誕生日ケーキに並ぶロウソクのようにゴーレムの胸板に丸く突き立った。

 そして再び破壊の光。核を断絶されたゴーレムの全身は瞬く間に崩れ落ち、空中に核が漂う。

 それは水銀に似た液状の何かだった。銀色の液体がクラゲのように漂って、その周りに砂粒が集まり始めていた。

『お嬢さま、ジャッジメントレイです。さあ、貴女に勝利を』

「消えてなくなれェえええッ!」

 赤い巨人が手首を交差する。手の先が熱くなり、そこから熱と衝撃を伴う破壊光線が放たれる。

 光の奔流が銀色の核を呑み込み、蒸発させた。後には瓦礫の山だけが残った。

 巨人は地面にうず高く積もったゴーレムの残骸をかき分け、その中から何かを掴み出した。

 それから猟銃を構えて立ち尽くす老人の前に巨大な拳を差し出し、その中身を彼の前にそっと横たえた。

 遺体だった。ゴーレムを走査した際に発見した、うら若い娘の遺体。ゴーレムの中で朽ちることなく存在していた少女のかたちをした死。

 老人は猟銃を手放して、物言わぬ少女の前に膝をついた。

『伝承によれば、ゴーレムは人を参考に錬金術師が生み出した人造人間であるとされます。その肉体は泥でできており、元になる人間の骨や髪を埋め込んで作るそうです。魔獣・ゴーレムとは人の死体を設計図に、人の形を作る魔物なのかもしれません』

「核を破壊できないなら、設計図の彼女を跡形なく消滅させるしかなかったのね。『白銀の巨人』が封印を選んだ理由が、少し理解できたわ……」

 巨人を見上げて滂沱の涙を流す老人に頷き返し、ジンジャーは巨人の姿のまま、その場を飛び去った。

 夕焼け空に消えていくその影を視線で追って、スコールはタバコに火をつけた。

「二、三年も待つこたァねえな。いい女じゃねえか」

 吐き出した紫煙が宵闇に溶けていった。


 荒野の只中で闇に包まれ、ジンジャーは岩に背をもたせてランプに火を灯した。

「今夜こそベッドで眠れると思ったのに……」

『あそこで一夜を明かすほうが危険でしたよ。寝込みを襲われてはどうしようもありませんから』

 ジンジャーは残念そうに焚き火の支度を始める。

 焚きつけに取りだした紙切れは、以前剥がして持ってきた『赤毛の魔女』の手配書だった。故郷に張り出された手配書より額面の少ない賞金額をじっと眺めて、結局、古新聞を焚きつけに使った。

「わたしには嫌いなものが三つあるわ。ひとつは母さんのラズベリーパイ。もうひとつは賞金稼ぎ。三つ目は野宿よ」

『今夜は野宿にはなりません。襲撃を警戒するために不寝番です』

「次の町では絶対にベッドで寝てやるんだから!」

 月の下。風の中。焚き火の火の粉が舞い、ジンジャーは砂埃にまみれた地図を広げる。

 夜を越え、朝日を迎え、進路を東へ。道なき道を行く。

 地図を開き、旅人は今日も荒野を行く。


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