第8話温泉童対処顛末記・1 後
さて、そんなこんなで助手とひなびた温泉街をそれなりに堪能していると、いつの間にやら日も暮れ始めていたので、私達は観念して件の旅館へと向かう事にした。
旅館の場所は、地図など見なくてもすぐに分かった。なぜなら、周辺のいたるところに「座敷童でおなじみ!」という文言と笑顔の座敷童が描かれた案内広告が張り付けられていたからである。
「噂聞く限りじゃとんだ詐欺広告だよねこれ。」
と助手が小声で私に耳打ちしてきたので、
「嘘書いていないから詐欺じゃないという下衆な開き直りでしょう。」
と、耳打ちと少しだけ吐息を返しておいた。助手は「もーくすぐったいー!」等と言いながら私の肩を強めに叩く。
……初見読者の賢君は「おじさん同士のかけあいではないだろう」と苦言を呈す者もいるかもしれない。
しかし、私自身の精神衛生上こうやって助手とスキンシップを取っておかないとこれから起こるであろう厄介に気が滅入り、対処に支障が出ると踏んでの事である。
何故なら、客に危険が起きているのにも拘らず、主らがこういった客寄せをまだやめていないと言う事は、諸般の理由で金の亡者等人間的に関わり合いになりたくない状態である可能性が高い。
いや、最悪を想定すると主の連絡から今日までの間に、怪異による精神制圧が旅館中に蔓延しており、従業員がより多くの犠牲者を増やさんとするだけの傀儡と成り果てている可能性の方が高い。そうなると「旅館関係者の精神浄化」という、余計な仕事が一つ追加される事になってしまう。
そうやって要らぬ想像をしてしまうと、事さらに足取りが重くなってしまう。だから己を奮起させ、後ろ向きな妄想を助手に悟られぬようにするためにも、いつもより強く手を握り、年長者としての余裕をちょっとした悪戯と言う形で滲ませながら……。
と、気張っていると、助手は手を強く握り返し、
「今回もオレが付いてるからだいじょーぶだよ。○○○さん」
(空欄部分はわたしの愛称であるが、個人特定防止のために伏字にしていただく。)
と、反対の手で私の頭を撫でながらいつもの調子で笑ってくれた。
……話が大分逸れてしまったので、時間軸を旅館前まで進める事とする。
さて、詐欺広告の案内通りに旅館に着いた私達を待ち受けていたのは、中途半端にさびれた古民家風ともホテル風ともつかぬ平屋旅館であった。ただ、自前の温泉を持っていると言う事もあり、園庭をはじめとした敷地自体は大分広いようである。
建物に続く少しゆるい坂を上っていると、
「あ、あれかな。例の祠。」
と、助手が道脇の森の方を指差した。
確かに、木々に囲まれた奥の方に、古ぼけた小さな祠の様なものがある。しかしあまり手入れが必要ないと判断している場所なのであろうか、祠の周りには背の高い雑草が生い茂っていた。
「相変わらず目がいいですね、あなたは。」
と、助手の頭を撫でて褒めつつ周辺を見渡すと、道脇の電灯が数個切れていたり、道縁が所々崩れかけ、ひび割れから雑草が生えていたりと、客を迎えるにはどうなのだろうかと言う惨状が所々に確認できた。
私は道すがらの広告とのギャップに改めてげんなりした。これは厳しい戦いになるぞ、と。
しかし、そんな私の杞憂は受付ロビーにて少し緩和される事となる。
「いらっしゃいませ、二名でご予約のお客様ですね。来賓室にて主人がお待ちです。」
と、案内してくれた従業員の様子が少し気だるそうではあったものの、通常の精神状態であると確認できたからである。
(ちなみにこの日の予約客は私達だけであった、オフシーズンとは言え、昼間見た観光客の数を考えると、閑古鳥は高らかに鳴いているのは明らかである。)
来賓室にてアメニティらしき茶が差し出されるのと同時に、
「お待ちしておりました、祓い屋とその助手殿!」
と、くたびれた禿頭が特徴の初老男性が、少し息を切らしながら部屋に入ってきた。
私は電話での説明があまり伝わっていないのにいら立ちつつ、まずは、
「明確に言うと違いますが、初めまして、主人殿。」
と、差し出された名刺を受取った。そしてそれを脇に置きながら、
「お電話でも申し上げました通り、怪異に名を知られぬよう私達の名前を明かす事はできません。ですので、やりづらいようでしたら貴方の好きに呼んでいただいて結構です。」
と、改めて説明した。主人ははぁはぁと一応は納得したようなので、ペースがこちらにあるうちに話を進める事とした。
さて、ここで話の腰を折ることを承知で、読者賢君に少し細く解説を入れさせていただく。
ここで行っているのは、あらかじめ電話で頼んでおいた資料の査読、それと共に主人からの聞き取り兼精神状態確認。後は今後の注意などを伝える要はファーストミーティングである。
一見、あらかじめ準備していただいた資料を元にした状況確認……の様に見えるが、実はこれが事態にあたっての最初の難関である。
まず、話もなしにいきなり原因となっている対象物の前に引っ張り出されて、「お願いします!」なんて言われるのはまだましな方。
事態収束の前にまず家内収束が先なんじゃないのかと言うほど、陣営内派閥が分断されていてファーストコンタクトがガチャと化すのもままある話。
他にも、嘘の資料を渡される、いきなりインチキ野郎と警察を呼ばれる、挙句の果てには自分で呼んでおいて帰ってくれ、何て言うのも日常茶飯事。
こういった理不尽や、はっきりいって事態解決には何にも必要ないどころか邪魔にすらなりうるいざこざや不信、勘違いの類等をあらかじめ取り除き、終息後に文句を言わせず、さらなる厄介に自分達が巻き込まれないようあらかじめ布石を打っておく。
それがファーストミーティングの意義であり、必要性であり、鬼門性である。
要は死ぬほどめんどくさいのである。
依頼者を含め一般の方は怪異退治と言えば四手棒振るか念仏唱えて気でも打てばおしまいなんて思っている方もいるかもしれない。でもそんなに簡単に事が済むのは、クレーマーと言う人種が存在しない世界の話だけである。
ようは、クライアントの言っている事も言っていない事も全て察して満足していただく為に儀式を組み立てた上、人智の外で起こっている事態の原因を探り解決する。
怪異事案平定と言うのは、要は町の便利屋さんとカウンセリングを兼ねた究極の奉仕業である私は定義する。だから私は「解釈」と言う看板を掲げているのである。
(正直言って降ろせるものなら降ろしたいが、悲しいかな、業界中における駆込寺であると認識されているため、降ろせぬのが現実である。と言うか降ろした方が巡り巡って厄介な事になる。)
随分と愚痴っぽくなったが、今後もこのパートは定期的に挿入されるので、心して読んでいただきたい。と言うよりお気づきだろうが、私が自己の体験談を書くときは大抵解説か愚痴か助手の記述になる事をご了承願いたい。
……少し疲れたのと、解説を入れると案外話が長くなりそうだと察したので、本日の更新はこれまでとする。次回はミーティング終了から、例の部屋の内見ぐらいまで解説込みで書くとする。では。
投稿者コメント:というわけで温泉回の続きです。先週、やっと温泉回のサルベージが完了したのですが、予想以上の分量でして……!ひょっとすると全アップに年をまたぐかもしれません。
それにしても、お二方非常に仲がいいというかなんというか……。これでお二人とも奥様もお子さんもいらっしゃるのが驚きです。
なるべく早く全編上げられるように頑張ります!では!
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