do not worry
父と呼ぶ人間、曳舟幸四郎は言っていた。
『見えるものだけが全て真実ではない』と。
それがあのとき言った言葉が、僕が彼のクローンという前提で言っていた。
お前は本物ではないと。
だから見間違うなと。
僕は身体を椅子の背もたれに預けた。
あれから部隊は撤収し、シロタの所在はわからずじまいになりさんざんな結果に終わった。僕は黒百合、大宮の人間に資料を渡した。
そして黒百合依乃里に対して、僕の資料が本物かどうか確かめるよう食い下がった。
答えはすぐに出た。
全て本物で、極秘で黒百合家と大宮家の二家が合同でそれを指揮し合同で研究を進めていた。
曳舟幸四郎はその研究チームの一人で当時、別に研究していたナノマシンとは別に動いていた。極秘であるため、表沙汰にもならずそのまま続けられていた。
曳舟幸四郎は僕が研究で誕生し、何を思ったのか僕をつれて姿をくらました。
それ以降、完全に姿を消していた曳舟幸四郎は紛争の続く欧州で発見されることになる。
それが流れだった。
そして僕が彼のクローンという証明は完全
に映像の中でも語っていた。
そこには関係者に囲まれ、生まれたばかりの僕と父の姿。
父と呼んだ人物が関係者と話して居る場面で自身の事を言っていた。
そして何より僕のDNAと曳舟幸四郎のDNAは完全に一致していた。
依乃里さんによれば、普通に出産で生まれた人間は両親のDNAを持っているため、父、母、両方の遺伝情報があるはずだった。 しかし、僕の場合は遺伝情報が全て一致し、すべて彼と同じ遺伝情報だった。
完全なるコピー体。
幸いなのは僕がクローンでも調整され、年齢を普通に生まれた人間と同じよう歳をとるということだ。
普通のクローンならば、短期間で一定の姿にまで成長させるため、そうすると遺伝情報が普通に生まれた人間よりも短くなる。
そうすると早死にすることがあり、完全に人間の倫理を越えた技術だった。
資料を閉じ、目をつぶった。
一日経ち、僕は自室に籠もり机の前にいた。
同じような考えを僕はずっと考え、答えが嘘ではないか、なぜ僕を造ったのか?
曳舟幸四郎がなぜ研究に携わっていたのか、
父と呼んだ人間はなぜ【僕】という個体を造ったのか?
いろいろと疑問や自分を肯定しようとしていたがただ虚しくなるだけだった。
真実は曲げることはできない。
ならば、僕に何ができるというのか?
「ミナト」
後ろから声をかけられ、僕は振り返る。
「アヤメ……」
彼女は下を向きながら僕の部屋のドアのところに立っていた。
「どうしたの?」
「そ、その……、帰ってきてから食事もろくにしてないから。 食事をと思って」
ふと視線を彼女の手元にやるとレーションの盛り合わせた皿を持っていた。
「大丈夫だよ。 それに今は食べる気がしないんだ。 少しだけ一人にしてもらいたいんだ」
「そ、そうか……」
アヤメはどうしていいのかわからないのだろう。
そう消え入りそうな声で言うと、レーションの皿を置き、部屋を出ようとする。
「食事を置いておく。 私はリビングにいるよ。 何か合ったら声をかけてくれ」
アヤメが踵を返そうとし、僕は声をかけた。
「アヤメ」
彼女は振り返る。
「アヤメは僕がクローンだって言うことを知っていたのか?」
彼女に問いかけると彼女は一度、下を向き顔を上げると言った。
「私は幸四郎から何も聞かされていない」
「本当に?」
僕は席を立ち彼女の前に立った。
「本当だ……」
アヤメは伏し目がちにし、すこしだけ悲しそうな顔をしながら言った。
「本当に? 父さんから何か、聞かされて口止めされていたんじゃないのか? それで僕の側に居るように言われたんじゃないのか?」
僕は感情を抑えられず、彼女に向けて叫んだ。「…………」
「曳舟幸四郎にアイツを利用して、上手く生きろとか……」
突然、パンという音と共に左の頬に痛みが走る。
いきなりのことで僕は何が起こったのかわからなかったが彼女が平手で僕の左手をはたいたらしい。僕はアヤメの方を見る。
アヤメは目に涙を浮かべ強くこちらを見ていた。
「幸四郎のことを悪く言うのはお前の勝手だ。けれど自分を見失って人に何か逃げ道を作ろうとするな……」
アヤメは涙を流しながら肩で息をしていた。
「私が知っている”ミナト”というのはお前しかいない……」
アヤメは一度、呼吸を落ち着かせると、涙を目に浮かべたまま口を開いた。
「私は幸四郎と家族になることがとても嬉しかった。 でも彼は死んで、彼が帰る場所には血の繋がった本当の家族がいる。 そう思うと実際、その家族に受け入れてもらえるか、ここに来るまで不安だった。けれどミナトに会って一緒にいる時間が短くても受け入れてくれた。 それが嬉しかった……」
アヤメは顔を伏せ、僕の胸に手を伸ばす。
柔らかな指が自分の胸に触れる。
「まだ私もミナトのことをたくさん知らないことがある。 生きてきた過去も。 でも短くてもミナトが良い奴だってわかった。幸四郎のクローンだというのは確かに驚いた……。 けれど……」
アヤメは顔を上げる。
彼女は涙をいっぱい流していた。
「幸四郎のクローンだとしても、私の知っているお前は曳舟”ミナト”だ」
彼女はそう言って、僕の懐に入ると僕の身体を強く抱きしめる。
「たとえ幸四郎のクローンというのが真実だったとしても私にとっては”ミナト”だ。私を受け入れてくれて優しくしてくれた一人だ。 たとえ世界がお前という存在を否定しても私がお前の存在を肯定する。 かならず側にいる。だから自分を見失うな」
そう彼女は言うと僕の胸に顔を当てる。
「アヤメ…………」
「お前が何かあれば、側にいてやる。だからめそめそするな」
彼女はそう言って上を向き、真っ直ぐに僕をみる。
「…………」
「わかったら二度とあんなことは言うな」
アヤメは強い眼差しで僕を見る。
「ごめん……」
僕はそう呟くしかできない。
「いいんだ」
僕はただ彼女を強く彼女を抱き返す。
触れた彼女は温かく、安心感を憶える。
胸の中で空っぽになった何かが、満たされるように思えた。
「アヤメ……」
「ん……?」
「ありがとう」
「……ああ」
僕とアヤメはどれ位そうしていたのかわからないほどお互いに身を寄せ合った。
それは彼女が僕の存在を肯定し、ここにいるという実感を感じることができた時間だった。
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