Awakening

僕は着替えを用意され、車に乗り込む。

依乃里さんの説明では僕が寝ていた場所は街から離れた山の中で時間にすると二日近く、拉致されていたらしい。

僕はとりあえずアヤメと依乃里さんにDr.シロタと接触したこと、彼女が何をしているのかを説明した。

依乃里さんはそれを聞き、なるほどと言った。「つまりミナト君の話だと用はDr.シロタは天来とはまた違う彼女なりの何か目的がある訳ね」

「そういうことになりますね」

「でもなんでそれを貴方に話したのかかしらね?」

「それはわかりません。 ただ僕が彼女と話た時に力を貸してくれないかと言われました」

「ミナト君に手伝って貰わなきゃいけないくらいの何かが合ったのね」

依乃里さんは助手席で前を見ながら言った。

「ちなみにこれからどこへ向かうんです?」

気が付くと車が、より山深いところへ進んでいくように感じた。

「まさかミナトを危険な目に遭わせる気か?」

アヤメが警戒したのか、殺気だち依乃里さんに噛みつくように言う。

「怪我人をワザワザ、危険な目に遭わせるつもりはないわよ。 ただすぐで悪いけどDr.シロタが潜入していた、つまり貴方が拘束されていたと思われる場所に向かっているけどいいかしら?」

依乃里さんは扇子で口元を隠しながら言う。

「別に構いませんが?」

「大丈夫か、ミナト」

アヤメが僕を心配そうな顔でみる。

「大丈夫。 特に何かけがした訳ではないからさ」

僕はアヤメに向かって心配しないように伝える。

「身体のことに関してはすでに現場に黒百合専属の医療チームがいるからそこで簡単な診察をうけるといいわ」

依乃里さんはそういういい、前を向いた。

「ありがとうございます」

もしあの場所にDr.シロタがいるなら続きを聞きたいというのが僕の本音だった。


 車を走らせると着いた先は巨大なダムだった。

車を降り、辺りを見回す。

「ここは?」

依乃里さんに質問すると彼女は黙ったまま、扇子を口元に当て、質問に対する答えがなかった。

数秒後、彼女は何かを思いながら口を開いた。「ここはね……」

彼女がそう言おうとしたときだった。

「ハロハロ~」

どこか気の抜けたような声が聞こえてきた。

この声は、まさか。

僕は声のした方向に向かい、顔をむける。

そこに居たのは大宮・セイント・邦子さんだった。

彼女は私服なのだろうか不思議なデザインの服着ていて、その格好に不釣り合いな強面のお兄さん達をバックに歩いてくる。

「邦子さんがなんでここに?」

僕がそう言うと依乃里さんは口を開いた。

「ここは大宮の管轄しているダムの一つなのよ」

依乃里さんはどこか居心地が悪いのか、見たことのないくらいに眉間に顔を寄せ、かなり不機嫌な表情をしていた。

「そうそう~。私の家の管轄しているダムの一つだよ。 ミナトン、アヤメちゃん」

金髪の髪を揺らしながら邦子さんはこちらへと近づいてくる。

ぞろぞろと邦子さんに着いてくる強面のお兄さん達はこちら、というか依乃里さんにむけてすごいメンチを切って歩いてくる。

それに反応したのか、車を運転していた烏間が多数にむかい更に睨みをきかせる。

すでにこの場でも一触即発な状態。

「まさか、いのりんがここに来てくれるとは思わなかったよ。 まさか年下好み?」

「何、ふざけたこと抜かしてるのよ。 これは家に関して大変な事態だからここまできたのよ。 勘違いしないでね。 家の為、じゃなかったらワザワザここまで私が出向かないわよ」

邦子さんがいたずらに依乃里さんをいじろうとするがかわされてしまい、どこか不満げな表情をする。

「またまた、つれないこと言っちゃって、私に合うのが恥ずかしかったんじゃないの?」邦子さんは依乃里さんの脇腹をつんつんと突きながら、ニヤリと笑う。

「何、言ってる……の。 や、やめなさい。あっ、コラ、本当に……」

「ほらほら、本音を言ったらどうだい~。ほらほら」

邦子さんはここがええんかとか、いいながら依乃里さんの横腹をくすぐる。

「いい加減にしろ」

「きゃん」

依乃里さんは顔を真っ赤にしながら扇子で邦子さんの頭を叩く。 

「もういい加減にして。 これは三家に関わる問題なのよ。 貴方もそのうちの一人でしょう」

依乃里さんがそう言うと、邦子さんは頭をわざとらしくこすりながら顔を前に突き出し、首を縦にふる。

後ろの強面のお兄さんと烏間が完全に臨戦態勢に入っているにも関わらず、どここかこの二人のやりとりは気が抜けていた。

それを見ていたアヤメが僕の近づき、言った。「あのふたりは仲が悪いと言っていたが本当は仲いいんじゃないのか?」

僕は言葉にせず、彼女の言葉に頷いて同意した。


 すぐに僕は黒百合の医療専門のチームに身体を診て貰ったが、外傷もなく、精密検査でしかあわからないことがありそれは必要といわれ、見た目状は問題ないとのことだった。

僕が診て貰っている間、アヤメは僕の側で黙って立っていた。

僕は解放され、すこし安心していたが、シロタの言葉、最後の質問が気になって仕方がなかった。

『ところで、君は自分の心の中でどこか何かが本物ではないという感覚に襲われたことはあるかい?』

頭の中で反芻する。

彼女はなぜそんなことを質問したのか意味を問いかけたかった。

ぼんやりとしていたのかアヤメが、肩を叩く。僕は顔をあげ、アヤメの顔を見た。

「大丈夫か? 何か心配ごとでもあったのか?」

「いや、特に大丈夫だけど……」

「…………?」

「拉致された時に話したんだ。そのときに彼女が僕に不思議な質問をしたんだ。それがどうも気になってしまってね」

「そうか……」

「まぁ、今回のことが終わったら話すよ」

「私は急がずに待っているさ」

アヤメはそう言うと笑う。

不思議と彼女がいると安堵する。

理由はわからないが、それだけでも充分だ。

そう考えていると依乃里さんと邦子さんがこちらへ来た。

「大丈夫かしら?」

依乃里さんは僕に問いかけた。

二人の姿をよく見ると二人は服の上から防弾チョッキのような物を身に纏っていた。

それを目にするとやはり危険なところへと向かうのだという自覚が生まれる。

「大丈夫です。 医者によれば、見た目の状態は悪くないそうです」

「そう。 よかったわ」

依乃里さんは扇子を閉じて別の方向を見る。

「でも、ミナトン、無理しちゃダメだよ」

邦子さんはすこしだけ微笑しながら言った。

「お二人とも、心配して頂いてありがとうございます」

二人は頷いた。

僕はダムの方を見て、二人に問いかけた。

「そういえば、なんでここだとわかったんです?」

僕が二人に質問すると依乃里さんと邦子さんは顔を見合わせ、依乃里さんが口を開いた。

「昨日、黒百合、大宮の二家それぞれに匿名で電話があったの」

「電話?」

「そう。 逆探知したけれども発信元はそれぞれ、でたらめ。 内容は『シロタの場所を教える。 それと曳舟の末裔の場所もだ』と。アヤメさんが乗り込んできて探しては居たものの、居場所がつかめなかった。 でもその電話の情報が本当かどうかわからないけれども確認の為にも二家を動かさなければいけなかったの」

依乃里さんは邦子さん方をむいて言った。

「ミナトン。 君が拉致されている間、ニ家は天来と話し合いをしていたんだけど、天来は関与していないと主張していたのさ」

邦子さんが真面目な顔をしながらいう。

「そうだったんですか」

「とりあえず黒百合、大宮の二家合同でお互いの特殊部隊がすでにそれぞれの入り口から侵入しているわ。 私と邦子は本隊として動き、これから入っていくけど、ミナト君、アヤメさん、あなたたちはどうする? ここに残ってもいいし、ついてきてもいいわ」

依乃里さんは僕とアヤメを見て言った。

「着いていってもいいですか?」

僕はそう依乃里さんに強く問いかけた。


依乃里さんから承諾をもらい、二人の後を着いていく。

二人の後に烏間、特殊武装をした恐いお兄さん方、それを後に僕とアヤメが中へと進むことになった。

ダムの中は意外と広く、入り口を入り、エレベーターで地下に降りるとそこには何もない空間が広がっていた。

拉致されてきたときは暗闇ばかりでどこがどことか場所が把握できなかったが今は証明が

着いているため記憶を辿り寄せると確かにここだったような気もしなくない。

ふと立ち止まると歩いていた邦子さんが足をとめ口を開いた。

「驚いた?」

僕の反応を見て思ったのか、僕の顔を面白そうだと言わんばかりの表情で言った。

「ここは政府から秘密裏に発注されて造られた秘密の施設。 ダムの地下にこの国の国防や首脳陣をいれる為に造られたの。 だから有事の際にはここに国防、首脳陣の為の秘密の基地になるんだよ」

僕はそう言われ広い空間を進む。

改めて冷静になって観察してみるとここがかなり広く、潜伏するにはもってこいの場所だと思った。

広い空間の先に上へと上がる階段を見つけ、進む。

僕はぽつりと二人にむけて言った。

「確かここを登りました。 この先の部屋でDr.シロタと話た記憶があります」

そう伝えると二人と護衛は視線を戻し、先を急ぐ。

階段を登り通路を進むと一つの部屋にたどり着く。

「ここの部屋にシロタに通されました」

僕は小声で二人に告げる。

そうすると二人は目を合わせ、それぞれの護衛に手で合図を送る。

するとそれぞれ壁側、二手にわかれ特殊武装をした強面のお兄さんの二人がドアの取っ手をそれぞれつかむ。

そして依乃里さんと邦子さんが再度指示を出すと強面のお兄さんたちは勢いよくドアを開け、勢いよく先発のお兄さん達が銃を構えて入っていく。

しかし、予想に反して部屋の中は誰もおらず、もぬけの殻だった。

部屋をそれぞれ見回してみるが、人がいる気配はなかった。

「逃げられたわね」

依乃里さんがそう言うと、邦子さんは部屋のまん中に残されたテーブルを見る。

そこにはワイングラスが置かれ、中には赤黒い液体が入っていた。

「ついさっきまで居たのかも」

邦子さんはワイングラスを見つめていった。


呆然としている全員の元に無線に連絡が入る。「どうしたの?」

『黒百合、大宮両チームが全ての部屋を確認したのですがどこにも見当たりません』

依乃里さんは扇子を閉じて、舌打ちをした。

「わかったわ。 まだどこかにいる可能性があるわ。 くまなく探して頂戴」

『了解』

無線のやりとりはおわり、依乃里さんはこちらを見る。

「貴方がいた場所はここ?」

「そうです」

僕は辺りを見ながらそういった。

「たしかにここで……」

そう言いかけたとき部屋の中から音楽が流れてきた。

全員が一斉に部屋の音のする方に視線をむける。

音が鳴っていたのは部屋の隅にある机からだった。

僕はすぐに机に近づき、棚を調べる。すると引き出しから音がしているらしく引き出しを開ける。

そこに置かれていたのは携帯端末と拡張現実の端末だった。

画面をみると「非通知」となっていた。

すぐに僕は通話ボタンを選択肢、耳に当てる。『やぁ、目が覚めたかい』

受話器越しに聞こえてきたのはDr.シロタの声だった。

「Dr.シロタ…………」

僕がそういうとその場にいた全員が声を上げてこちらをみるが僕は気にしない。

『君の番号であっているよね?』

「……………」

『その反応は間違いないということだね」

シロタは機嫌がいいのかどこか明るさを感じるような声をしながら言った。

『しかし、また君の声が聴けて嬉しいよ』

「僕は嬉しくないですけど」

『そんな冷たいことを言うなよ。 君が死なないようにしたんだから』

「でも保証はなかった。 そうでしょう?」

『つれないね』

きっと電話越しの彼女はおどけていそうな声の雰囲気だった。

横目でちらりと全員を見てみるとこちらを全員が見ていて、依乃里さんが何かジェスチャーをしていた。

僕はとりあえず無視し、会話を続ける。

『まぁ、こうして電話に出たのも君が黒百合、大宮と私がいた仮住まいのところに来たというところだろう』

「完全にこちらの同行が筒抜けなんですね」

そう声に出して言うと全員が驚いた顔をした。『筒抜けというか読んでいたのさ。 多分、天来がこちらを切ったのだろうね。 それを匿名で二家にリークしたという筋書きが妥当だろう。 きっと今回の件で私は天来から相当な恨みをかってしまったのかもしれない』

彼女は自嘲したような口調で言うと、続けた。『君がこうして出たということは何か、私に聞きたいことがあるんじゃないのかい? だから電話に出た。 違うかい?』

シロタは試すように質問する。

「そのとおりです。 僕は貴方が最後に言ったどこか本物のように思えないんじゃないかという質問に対して、答えが聞きたくて再度、貴方と話したいと思った」

『…………。いいだろう。 その答えを教えてあげるよ。拡張現実をつけてみなさい』

彼女の指示通りに拡張現実を片目につける。拡張現実が起動し、視界に情報が浮かび上がる。

「起動しました」

『君の拡張現実の中にあるファイルを添付しておいた。 それを開く前に一つ質問だ』

シロタはさぞ愉快そうに言った。

僕はそれが引っかかり、少しだけ苛ついた。

「なんですか?」

『君が君自身と定義していることはなんだい?』

「なぞなぞですか? それとも……」

『君自身に関する質問さ。 この質問が答えのようなものさ』

受話器の向こう側で彼女がクククと笑ったのか聞こえた。

『君自身が定義しているのは意識かい? それとも自分が自分だと認識していれば自分だという考えかな?』

自分を定義している?

「意味がわからないですよ、貴方のその質問」

『君は自分に問いかけなきゃいけない質問のはずだ。 私に聞くのではなくてね』

シロタはそういうと答えはファイルの中にあると言った。

『さぁ、一つの答えはそこにある。拡張現実に添付されたファイルを開けて見てみたまえ』

彼女に促されるまま、僕はファイルの開封ボタンを押した。

ファイルが開きそこに入っていたのは、テキストファイルといくつかの動画だった。

「なんです、これは?」

『テキストファイルのタイトルを見てみろ』

僕はテキストファイルの題名を見てみた。

そこには「合同によるクローン体研究」とだけ書かれていた。

僕は適当に空中に示されたテキストファイルを数枚流して読んでみた。

すると一枚の紙に目がとまった。

そこには父の顔写真と、研究に関する内容が書かれていた。

「曳舟幸四郎の唯一のクローン体……?」

僕はそれを声に出して読む。

文章を読んでいくとそこにはこう書かれていた。

[計画の一部。 曳舟幸四郎のクローン体、零零一。 曳舟幸四郎、本人の希望により”ミナト”と名前を名付ける]

「どういうことですか、これ?」

『それが書かれている事実さ。 君は自分の内でどこか本物ではない。 なにか疑問を持って生きてきたはずだ。 それは間違えではない。 そこに書かれてある通り、君は正真正銘、曳舟幸四郎のクローンだ』

彼女の言葉が、鉛の重く耳に響く。

「そんなの嘘だ! 僕には自分の記憶がある! それに僕は幼い頃からこの街にいる」

『たしかに君は小さい頃から生きているし、存在している。しかし、それを君自身、曳舟ミナトとしての肉体情報を証明できるところがどこにある? 君の意識は君という物だが、実際のところ本物は曳舟幸四郎だ』

「意味がわかりませんよ!」

僕は声を大きくして彼女に言った。

視界の端でアヤメがビクッとするのがわかった。

会話が聞こえていないから全員が僕の方を見ていた。

『つまりだ。 このクローンの研究が行われたのはちょうど君が誕生する前から誕生した後まで続いている。 この研究があり黒百家はクローン体の技術が今はある。 曳舟幸四郎は君が誕生してからすぐに我々の前から姿を消した。 ちょうど君の今の年齢と重なるはずだ』

僕はテキストファイルをスクロールし、事実ではないことを確認しようとする。

「これはなにかのでまかせでしょう?」

『そう捉えるも君自身の問題だ。 ちょうどいい。黒百合の人間に聞いて見るといい。 きっと答えは同じだ』

愉快そうにシロタは笑う。

僕は依乃里さんの方を見る。

彼女と関係者は何が起こっているのかわからず、僕を呆然と見つめる。

『研究の映像も残っていることだし、じっくりと見るといい。 君が偽物だと言うことを知らしめてくれるよ。 それが答えだ。 曳舟”ミナト”』

シロタはそう言うと電話を一方的に切った。

ツーツーという音が耳の中に虚しく鳴るだけ。「どうしたんだ、”ミナト”」

アヤメが読んだその名前に僕は自分が誰が誰だかわからなくなりそうになり、何かが僕の

中で音を立てて崩れた。

「ああああああああああああああああああ」

わからない。 

僕はただ胸に渦巻いた気持ち悪さをはき出す為に天井に向かい声を上げるだけだった。

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