she is

「………君」

声が聞こえた。

女性の声だった。

はっきりとは聞こえないがなんとなく聞こえていた。

「……ト君」

もういちどその女性の声がし今度は名前を呼んでいるのがわかる。

「ミナト君」

今度ははっきりと聞こえ、自分を呼んでいる。僕は瞼を開けようとした。

暗闇から急に明るい視界になり、少しぼやける。

「目が覚めたかい?」

女性の声がよりクリアに聞こえ、僕の視界がはっきりする。

「うわっ」

僕は飛び込んできた光景に驚いてしまった。目の前にいたのは”ヴァイパー”だった。

恐怖で身体が硬直しそうになる。

すると”ヴァイパー”はぬっと動き、僕の方に近づいてくるが素通りし別の方向に消えた。僕は辺りを見回す。

部屋の中は薄暗い感じで、どこか見えにくい。「目覚めたかな?」

すると目の前に視界の端から一人の女性が現れた。

その声はさっきから僕を呼んでいた人物でその人物の顔を把握すると僕は納得がいった。

「初めましてだね」

女性は和やかに言った。

けれど僕はその人物の顔を見るのは初めてじゃない。

依乃里さんから見せられた画像の事を憶えている。

「Dr.シロタ」

僕は彼女の名前を口に出して呼んだ。

「おや、私の名前を知っているみたいだね」

シロタは僕が名前を知っていることに驚いたのか表情を変えた。

部屋が暗いからだろうか、写真で見たときよりもより陰鬱で目の部分がくぼんで見える。

「名前を知っているということは私が何者かということもなんとなく知っているのかな?」

シロタは僕の前まで近づく。

僕は身体を動かそうとしたがこの時点で自分が改めて、手足を拘束されていることに気が付いた。

僕は身体を少しだけ動かし、もういちどシロタを見る。

「…………」

「呼吸が荒いね。 緊張しているのかい? 別にとって喰おうとは思わないよ」

シロタは僕の行動がおかしかったのか、にやりと笑う。

「どうやら私の存在と何者かってことを少なからずは知っていそうな感じだね」

 シロタは満足そうに言うと、彼女の後ろに用意されていた椅子に近き、それを僕の近いところまで持ってくる。

「まぁ、説明は後にし改めて自己紹介といこうか。 曳舟ミナト君」

彼女は椅子に座ると足を組み、こちらをジッと見つめる。

「…………」

敵の本丸、親玉が出てくるとなるとより緊迫感が上乗せされて、息苦しさまで出てきそうだ。

「誰から聞いたのかわからないが私は色々な人物からDr.シロタと呼ばれているよ」

彼女は組んだ足に両手を乗せる。

「君は曳舟ミナト君に間違いないね」

「…………」

僕はなんと答えるべきなのかわからず、ただ黙っていた。

「ん、どうしたのかな? 言葉をどこかに置いてきたのかな? 唯一、ヒトという生き物は言語でコミュニケーションを取れるんだ。便利だと思わないかい? 仲よくなるため、もしくは危険をしらせるために言語という特定の形を持った鳴き声を発するように脳の一部が進化した。 もし君が大脳という器官を持つなら今、この状況に危険を感じているなら言語を発して状況を打破することも可能じゃないかな?」

シロタは組んだ足をほどくと身体を前に乗り出した。

目の前の存在がわからない人物は何を望んでいるのだろうか?

とりあえず僕は自分の名前をしっかりと伝えることにした。

「間違いないです」

僕がそういうとシロタは自身の両手を近づけ、両指の先を合わせる。

「やはり君が、曳舟君の一族で間違いなかったんだね」

シロタは片方の眉を上げる。

「私は君のお父さんの元同僚と言ったほうがいいかな。 その時にはお世話になったものさ」

彼女は懐かしむように口元を緩めて微笑する。「別に変な関係ではないよ。 私と彼は上司と部下の関係で友人。 それだけで。特にない」

シロタはそう言い、柔らかな口調で言いう。

「いろいろと教えて頂いたりして私も知ることができた。まぁ、今となってはいい思い出だがね」

シロタはそう言うと自嘲気味に笑った。

「彼の事は残念だった。 惜しい人物を亡くしたものだ」

シロタはどこか他人事のようにポツリと呟いた。それに僕はなんとなく嫌悪感というか怒りのような不思議な気持ちが芽生えた。

「友人、恩師だったのならなんで殺したんです?」

「……? 何を言っているんだい?」

シロタは瞼を細め問いかけた。

「貴方が改造人間に指示をして父を殺しに行かせたんでしょう?」

僕は感情が抑えきれず、彼女に問いかける。

「君は何をいっているんだい? まさか彼を私が殺したような口ぶりだが、まさか私が彼を殺した指示役とでも言いたいのかい」

シロタは深いため息を着くと頭に手を置いて、言った。

「誰にそんなことを言われたのかはわからないが指示したり、改造人間を送ったのは私じゃない」

シロタは潔白だと言い張るように言った。

「君は誰に何を聞いたのかわからないけれど、私は自分のメンターを殺すようなマネはしない。 指示し、殺しに行かせたのは天来のお偉いさんだよ」

彼女は遠くを見て言った。

「証拠はあるんですか?」

「残念だがない。私に彼を殺そうとするメリットはない。 それにこんなみすぼらしい女科学者一人がそんな紛争地域に改造人間を送るなんてすると思うかい?」

シロタは呆れたように首を振る。

「合理的じゃないし、それに意味がない。 彼はかなり貴重な人間だよ。そんな人間を自分から殺しに行ったりなんかしないさ」

シロタは僕を無表情でみる。

僕は彼女を真っ直ぐに見る。

「貴重な人材、彼を殺す理由が私にはない。 考えてごらん。彼がいた欧州の紛争地域では長い間、独裁政権が続いていて隣国する大国からの干渉、民主を圧政、そんな状況で誰も止められずにいた。でも曳舟幸四郎はそれ、壊し、そこの国すむ人々に自由を与えた。大きく見れば彼は英雄で、その国の人間にとっていいことをしたんだ。 そんな人間を殺す輩に私は見えるかい?」

シロタは僕にそういい、手の平を見せる。

「どう信用しろというんです?」

僕は彼女のいっていることも確かだと思った。けれど、それに対してまだ一抹の不安というか、疑いが晴れなかった。

シロタはため息をつくと目を閉じて首をふる。「君には少し話に付き合って貰わないといけないね」

彼女は僕の後ろに向かい目配せをする。

「はずせ」

そう言うと後ろに立っていた”ヴァイパー

”がうしろから僕の前に立つ。

すると僕が拘束していた物をとりはずす。

「これから食事にするんだ。 君も一緒にいかがかな?」

シロタはそう言ってニコリと笑った。

僕は自分の腕をさすりながら彼女を見ていた。

 「私はね、生物としてヒトは一番、弱いと思うんだ」

彼女は階段を昇りながら言った。 階段を一段ずつ上る足音が響わたる。

僕は彼女の後をつき階段を登る。

僕の後には”ヴァイパー”が階段を昇り、行動を監視するかのようにこちらを見ていた。

僕は階下を見る。

ここが建物の中なのかそれともどこか別の場所なのか予測も着かない。

部屋と呼ぶべきなのか、あまり視界がよくなく部屋はボンヤリとした明かりで灯されているだけで全体像がつかめないほど。

階段を登る音では広いのではないかと思うがはっきりわからない。

食事に誘われ、僕は彼女の指示に従うまま、階段を登る。

その間、シロタは独自の理論を述べていた。

「自然界に存在する生物はそれぞれ、自身の生き残る術みたいな物を持っている。 昆虫の擬態やコウモリの超音波など数えれば切りが無いほど能力を持っている。 苛酷な環境下、食物連鎖を生き残る為、進化せざるを得なかった。 生物たちは生き残る為にその力を進化の課程で残してきた」

シロタは一歩ずつ階段を登る。

「それに比べてヒトと言う生き物はどうだろうか? 進化したのはいいが、テクノロジーという科学の力によって、現代になっては肉体という器の退化を余儀なくされ、弱体化しているのだから、我々を作った神とやらがいたらさぞかし悲しんだことだろう。 だが人間も進化するなかで生き残る術をひとつだけ残した」

彼女の声はまるで聞き流すラジオから流れてくる声に近かった。

意識して聞いていないはずなのに、自然と耳に入る感覚。

「脳という器官を肥大化させて道具という物を使い、身を守り、文明を発達させてきた」

シロタは階段を登り終えると階下を見ながら続ける。

「ヒトという生物の頭の中には未だに古い脳が残っている。 大脳皮質という進化の課程でヒトとして生まれた物とは別に古来からの生き物として備わっている中脳などが残っている。 本来、進化したはずなのに未だにその古来から残された生物としての本能は切ることはできていない」

彼女はまた歩き出す。

僕はそれに続き、歩いていく。

「それなのにヒトは自らを別の生物とは違うと言いきっている。 確かに野生に生存している生物たちは本能的で粗野に感じられる。けれど彼らは自然という苛酷な環境下で自身の能力を発揮している。 もしヒトという生き物が彼らの中に入った場合、生身では生き残ることはかなり難しくなる。 それなのに自身は違う生き物だと言い張り、この世界に居座っている。 私はそれが気にくわなくてしょうがない」

シロタはどこか遠くを見ながら、何かを恨むような目つきをしながらで暗い通路を進む。

彼女はそこで言葉を止めると、足を進める。

通路を進んだ先に一つの部屋があった。

扉を”ヴァイパー”が開け、シロタと僕が先に中にはいる。

「さぁ、ディナーにしよう」

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