abduction
依乃里さんと別れ、僕とアヤメは帰路を歩く。
「しかし、あの依乃里という女はなんだか不思議な感じだな」
「不思議というのは?」
歩いているとアヤメが突然、口を開いて言った。
「なんというかただお嬢様という感じではなくちゃんと自分の意思をはっきりと持っていて、みずから憎むべき相手に頭を下げるというのは中々、できないことだ」
「そうなのかい?」
「ああ。 幸四郎が言っていたが、敵やあまり仲が深くない人物と前にすると人はどうしても自尊心や敵愾心を捨てきれなくなる。 ましてや何かしらの上に行けば行くほどなるそうだ。 けれど彼女は違っていた」
アヤメは歩きながら、真っ直ぐ前を見つめながら言った。
きっと依乃里さんや邦子さんはすごい橋を渉っているのかもしれないしそれに対する責任や負っている物が違い過ぎる。
それを前にすると自身の責任とやらがまだ話からないし、力不足で劣等感を抱きそうになる。
僕自身、この状況下で何ができるかと言ったら特に何ができるわけでもない。
遺産という父が残した物をどう扱っていいのかも分からない。
実際に父が手紙に残した内容に書いてある机に残された物を僕はまだ開封していない。
それが開けてしまったら更に大きな闇に飲み込まれて仕舞いそうで恐い。
いや、もう飲み込まれている状況を否定したいからこそ、そこから逃げようとしているのかもしれない。
考えてみれば僕はただ逃げ回り、アヤメに守られてただ怯えているだけだ。
さっきは依乃里さんから協力のお願いを受けた時、分かりましたと二つ返事で答えたが正直、できるかどうかの自信もない。
けれど何かできるのであれば、何かをしなければいけない。
僕はボンヤリと考えていた。
「ミナト、大丈夫か?」
気が付くとアヤメが心配そうにこちらを見ていた。
「ああ。大丈夫だ」
「なんだかボンヤリとしていたぞ」
「ごめん。 いや、アヤメの話を聞いていてアヤメも皆すごいなと思ってね。 僕はどういう風に動いたらいいのかなんて考えていた」
「動く?」
「そう。 自分にできること。 父さんが何を残し、僕がどうそれを使うべきかなんてことを」
「……」
アヤメは立ち止まり僕の話に耳を傾けていた。「僕自身になんの力があるかわからない。けれどこの状況で僕が生き残る術を探さなきゃいけない。 そう思ったら何かしなきゃなって思ってさ」
僕は作り笑いをアヤメにむける。
「そうか」
アヤメは短く言うと短く笑った。
「ミナトがそう決意したんだったらいいんじゃないか。 私はそれを否定したりしない」
アヤメは深く息を吸い込み、言った。
「けれど無理はするなよ」
アヤメはそう言って笑った。
僕は彼女の言葉に思わず変な力が抜けた気がした。
「ありがとう」
「礼なんていい、私はミナトの守護者だからな」
アヤメはそういい、ニヤリと笑う。
不思議な存在だなと思った。
彼女が側にいると安心するような感じがする。出会って数日しか立っていないのにも関わらず、それよりも前から出会っていたかのように彼女が側に居ることに違和感がない。
僕は少し変な事を考えすぎたと思い、下を少しむき、自嘲するように口元が緩んだ。
「アヤメ」
顔を上げて彼女の名前をよび、歩きだそうとした時だった。
アヤメも同じように足を止めていた。
「どうした?」
「お出ましだ」
「えっ?」
僕は彼女越しに道の向こう側に人のシルエットを確認できた。
「まさか……」
「そのまさかだ」
急に彼女の声に緊張が走る。
シルエットはゆっくりと近づいてくるがそれは遠目でもわかる形だった。
「”ヴァイパー”だ」
アヤメはすでに臨戦対戦になり、腰のポケットからナイフを二本、両手に一本ずつ手にすると髪の毛がエメラルド色に変色する。
「ミナトは下がっていてくれ」
彼女はそういい、ナイフを構える。
僕は言われたままに少しだけアヤメから離れる。
”ヴァイパー”はユラユラと近づいてきたかと思うと突然、地面を蹴り、もの凄い勢いでアヤメと距離を縮める。
きたと思った瞬間、”ヴァイパー”は手にした鉈をアヤメに向かい、振り下ろした。
アヤメは両腕を突き出し、ナイフを前に向けるようにすると顔の前あたりでクロスさせ受け止める。
金属のぶつかる音がし、アヤメと”ヴァイパー”はお互いに力を込めてにらみあう。
つばぜり合いのようになり、二人が力をいれているのがわかる。
お互い睨み合っているときだった。
”ヴァイパー”が顔を僕の方に一瞬だけむけたような気がした。
その瞬間、背筋にぞくりと寒気が走った気がした。
僕はまさかと思い、後ろを勢いよく振り向いた。
気が付いた時には遅かった。
「キケェェェェェェェェ」
奇声と共に自分の肩に衝撃が走り、身体が宙に浮くのがわかった。
上を見るとそこには邦子さんが撃退したコウモリ男がいた。
僕はアヤメの方をむき彼女の名前を叫んだ。
「アヤメ!」
「ミナト!」
彼女は叫ぶと受け止めた鉈をいなすようにし”ヴァイパー”に蹴りをいれ距離をとるとこちらにむかって一気に走り、勢いよくジャンプした。
彼女は跳躍し僕の方にむかって手をのばす。
僕も同じように手をのばすが彼女の指先がふれそうになる。
「キケェェェッェェェ」
コウモリ男が奇声を強めると一気に上昇し始めた。
アヤメが段々と地面に向かい落ちていくのを視界でわかる。
「ミナトォォォォォ」
彼女の叫び声が小さくなる。
「アヤメェェェェェ」
僕は叫んでいた。
自分で意識した時にはなぜか急に視界がブラックアウトしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます