in the car

車内はその形どおり、セレブリティというか僕の語彙では表現できないくらい高級感という雰囲気であふれていた。

席は革張りで白で統一され、車の形にそって円形にシートが配置され、真ん中の空間には小さなダイヤモンドのようなものが装飾された机がぽつんと置かれていた。

僕とアヤメは見知らぬ少女に促されるまま、車内に乗り込んだ。

そのままシートベルトしなくてもいいのかなという感じで皆席に座っていた。

見知らぬ少女は運転席近くの席へ座り、僕とアヤメは後部座席一番、後ろへと座った。

そして見知らぬ女性の近く斜め横にあの烏間という得体のしれない男が座っていた。

車が発進してから数分間、お互い口も聞かずにいた。

その間に烏間という男が紅茶なのかお茶らしき物を入れている音が車内には聞こえるだけで重苦しい雰囲気が続いていた。

烏間という男が紅茶を入れ終わると、全員に配り目の前に紅茶が置かれる。

するとそれを合図に見知らぬ女性が口を開いた。

「どうぞ、淹れ立ての紅茶です。 お飲みください」

女性はスッと静かに紅茶の入ったカップの方を差し、言った。

手を出していいのかわからず僕とアヤメが反応がないと彼女は続けて言った。

「警戒するなとは言いませんが、毒を盛るほど卑怯な手は使いません。 この紅茶は我が家代々、取引している老舗の紅茶専門の問屋から取り寄せた物です。 香りが豊かで私が一番、好きな紅茶になります。 お口にあえばいいですが」

そう見知らぬ女性はゆっくりと物腰柔らかく言う。

すると「いただきます」とアヤメは短くいい、紅茶の入ったカップを手にした。

僕も遅れ、そのままカップを手に取り、口にした。

口に入れると今まで飲んだことない味で、口を通して、かいだことのことのない香りがした。

嫌ではないもののこういった物になれていないからか不思議な感じだった。

僕とアヤメがカップを置くと目の前の少女が言った。

「では改めて自己紹介をしましょうか」

彼女はそう言うとスッと座る佇まいを直し、背筋をゆっくりと伸ばし口を開いた。

「自己紹介が遅れました。 私は黒百合家当主、黒百合源攪の娘、黒百合依乃里と申します」

彼女はそう口にするとゆっくりと座ったままお辞儀をした。

顔を上げ、つづけて言う。 

「そして隣にいるのが我が黒百合家執事、烏間勇作。 今回、運転しているのは運転手兼執事、原田文芯と申します」

そういうと烏間がゆっくりと黙ったままお辞儀をした。

お辞儀をしているものの、目はこちらを睨んだままで僕とアヤメは気にしないように目を合わせずにいた。

「えっと……、僕らもじゃあ、自己紹介をしたほうがいいですかね?」

僕は名乗るべきなのか冗談交じりに聞いてみた。

「いえ、大丈夫ですよ。 名前は存じていますから。 曳舟ミナト君。 そして曳舟幸四郎、従者、アヤメさん」

黒百合依乃里は手を太ももに置きながら短く答えた。

やっぱりこちらの名前を知っていたし、アヤメの関係者ということはすでに知っている。

なんなんだ、次から次へと。

僕は内心そう、思いながら彼女に質問してみることにした。

「改めて聞きたいのですが、僕とアヤメ、彼女に何の要でしょうか?」

「そうですね。 順を追って説明させて頂きたいのですが、まずは謝らせてください」

黒百合依乃里はじっとこちらを見つめながら言う。

「烏間のことであなた方、お二人の気分を害するようなことをしてしまって」

黒百合依乃里は横の烏間を横目でみるのだが、まるで何か嫌いな物でも見るかのごとくすごい目つきをして見ていた。

当の烏間はこちらをじっと睨むだけで何かをするわけではない。

「い、いえ。別に大丈夫です」

僕は改めて答えた。

「本当に申し訳ないことをしましたね」

そういい、彼女は一度、小さく頭を下げた。頭を上げると口を開き続けた。

「これからお話をする前にお二人を何と呼べばよろしでしょうか?」

「ミナトと呼んでください」

「アヤメでいい」

そう答えると黒百合依乃里は続ける。

「では私は依乃里とでも呼んで頂けたらよろしいかしら?」

「わかりました」

「わかった」

僕とアヤメが答える。

「これから話すことはお互いにとって大切なことだから変な隠し事はなしでいきましょう」

そういうと依乃里さんは烏間に向かい片方の手を差し伸べた。

すると烏間はポケットから折りたたみ扇子を取り出しそれを依乃里さんに渡す。

「じゃあ、私も隠し事なしでいくわね」

扇子を受け取り、扇子を勢いよく開くと彼女は人が変わったように口調がガラリと変わった。

足を組み、扇子を仰ぎながら言う。

「疲れるのよね、堅苦しい言葉。 正直、こういうのは柄じゃないんだけれど」

急な彼女の変化に僕とアヤメは目を合わせて驚いていた。

「驚いた? 別に気にしなくてもいいのよ。お互いに大切な事っていったでしょう。 だから少し肩の力を抜いていきましょう」

彼女はニヤリと笑うと僕らをジッと見据えた。どうやら遠慮はするないいたいのだろうか?

それなら遠慮もなにもない。

僕としては状況を把握するだけで精一杯なのだから。

「質問がいろいろとあるんですけど?」

「なあに?」

「貴方は何者ですか? まずそもそも僕は貴方の事を知らない。 その上、自身の身内のことでいろいろとありすぎてわけがわからなくなっているんです。 詳しい説明が欲しいです」

「そうね。質問を質問で返すようで悪いけれど、どこまで知っているのかしら?」

依乃里さんはなにか試すような口調で僕に質問を投げかけてきた。

「本当に何も知らないに等しいんですよ。 アヤメ、彼女が父の従者で父が革命家というところまでしか何も知りません」

彼女の態度というかその試すような感じにムッとなり、少し早口になってしまった。

「そう。 じゃあ、あの二人のことは?」

「あの二人?」

「長島タクトと笠原カスミのことよ」

依乃里さんは扇子で口元を隠しながら何か射貫くような目線をしながら言った。

「なんのことですか?」

「あら、隠す必要は無いのよ。 例えば二人が死んだはずなのに、生きているとか?」

依乃里さんはニヤリと笑う。

口元が見えないがまるで猫が笑ったらこんな感じになるのだろうと思った。

ドキリと胸の中で何かがなる感じがした。

僕は平然を装いながら問いかけた。

「なぜ貴方が知っているんです?  あの二人は確かに死んだはず」

「なのに今日は生きている? そこが不思議よね。じゃあ、そこから説明しましょうか」

彼女はそう言うと、もう一度、烏間に向かって手を出す。

烏間は、そう言うとどこからだしたのか大きいタブレット端末を取り出した。

「これは当家、当社の部外秘の情報よ。 だから拡張現実には乗せられない」

そう言って彼女はタブレットを操作し、僕らの目の前に画面をむける。

するとそこには研究室らしき映像が映っていた。

「これが二人に関係あるんです?」

「おおありよ。黙って見てみたら?」

彼女はっそう挑発するように言う。

僕は口を黙り、アヤメと同じく大人しく見ることにした。

研究室から画面が変わり、そこには水族館にあるような円形の水槽がいくつも並べられていた。

そして画面がその水槽の方に近づく。

写っていた物をみて僕は驚愕し口を開いたままになった。

映像の中でいくつも並べられた水槽の中にタクト、カスミ、二人の同じ顔がいくつも浮かんでいた。

口には酸素マスクのようなチューブを取り付けられ、身体からは赤や、青、緑といった線がつながれていた。

研究員らしき人達が色々と筆記用具を持ち検査をしている様子が映し出されていた。

「これは合成じゃないですか?」

僕は思わずそういう言葉を口にしてしまった。「そう言うと思ったわ」

そう言って彼女は無理矢理、タブレット端末を僕らの手から取ると、もう一度、操作するとまたこちらに画面をむける。

「うっ……」

僕は声を出してしまった。

そこには一昨日、見たあの二人が無残にも殺された画像だった。

「type1、2共にあの校舎で死んでいた。 ”ヴァイパー”の毒と鉈で惨殺されていた」

依乃里さんは淡々と言うと扇子を口元で隠す。「率直にいうと二人は我が黒百合家が所持するクローン体の一部」

「クローン?」

僕はタブレットを依乃里さんに返す。

心配そうにアヤメが僕を見るが気にしない。

「そうクローンよ。 二人は貴方、曳舟ミナトを監視するクローンよ」

「監視?」

なんで監視が必要なのか? 

「僕は一介の高校生ですよ。 必要あるんですか?」

気分が悪くなりそうなのを堪えながら僕は目を細め言った。

すると依乃里さんは馬鹿にしたように口元を歪め、鼻で笑う。

「大ありも大あり。 貴方、自身の父親が何者か知っていて?」

「知りませんよ。つい最近まで一介のサラリーマンだと思っていました。 それに父とは三年前に家から姿を消してから会っていないもので。 革命家じゃないんですか?」

依乃里さんは目を閉じ、扇子を持たない反対の手で頭を抑えると言った。

「本当に貴方は何も知らないのね。 なら一から説明してあげる」

依乃里さんはタブレットを操作し、車内の立体映像を作動させた。

僕とアヤメ、依乃里さん、烏間の間には巨大なこの国の地図が浮かび上がった。

「この国には三家と呼ばれる財閥がいるの。 黒百合、天来、大宮。この三家は戦後、多く議員や会社社長を利用しながら巨大になった。今のこの国の経済の約八割近くをになっているといっても過言ではないわ」

依乃里さんはそう言うと立体映像に手を伸ばす。

そこには黒百合、天来、大宮と色のついた名前が表示された。

「この国を天皇、首相以外で牛耳れるのはこの三家のうち一家。 そう言われるくらい力が強いの」

「じゃあ、依乃里さんはその三家の一人ってことですか?」

依乃里さんは扇子を口元で隠しながら目元はニヤリと笑う。

すげぇ人なんだなと内心、思った。

ようはかなりの大金持ちで富裕層といったところか。

ニュースでは経済は死んだとか言われて貧富の差がこの国では蔓延し始めているという声は聞いたことがあるがきっとこういう人を見てそう思う部分に至るのかもしれない。

そんなことを頭の片隅で思った。

「まぁ、私の曾祖父、祖父、父の世代が死にものぐるいで基盤を作ってきたおかげで私はこういうことができるのだけれど、他の二家も同じようなものね。 その二家と黒百合は三つどもえの権力争いのまっただ中でどこか一家が争いに勝てば完全に政治、経済までも手中に納めらるそう父達は思っていたんだけど、この国にはイレギュラーがいた」

「イレギュラー?」

僕が問いかけるとスッと扇子を閉じて、僕の方に扇子の先端をむける。

「貴方の一族よ」

彼女からその言葉を聞いた瞬間、妙な違和感に捕らわれそうになる。

それがなんなのかわからないが、気にしないようにした。

知ってか知らずか彼女は続ける。

「ミナト君、貴方の一族がどんなものか想像してる?」

彼女は数式の問題の例題を出題するかのような淡々と言う。

「わかりません」

「そりゃあ、わかるわけないわよね。 貴方の姓である『曳舟』はこの国では古来から反逆者の血を引いてきたのよ。 歴史の表舞台には出てこないけれど確認できて一番、古いのは室町幕府の前、南北朝時代のあたりから。 かならず天皇や将軍などとは反対の勢力に荷担していたのよね。 一族そろって、反逆者って変わってると思うけど」

依乃里さんはクスクスとどこか乾いた笑い方をする。

「ただ明治維新以降は出てくる気配がなかった。 戦後になってからもそれは続いていたの。けれどもそこに貴方のお父さん。 曳舟幸四郎が現れた」

立体映像に父の顔写真が浮かび上がる。

「彼は我々、三家にとって脅威になった」

「父は何をしたんです?」

「私には詳しいことまではわからないわ。ただ内容はわからないけれどミナト君、貴方のお父さんは色々と三家の今までの情報を知っていたらしくて、内容を知っているのは父と御三家の長のみ。 多分、曳舟幸四郎とこの四人で話し合いが行われて、協定が結ばれた」

「情報?」

「簡単に言えば、表に出せない類いの情報よ。 その情報が出てしまったらこの国の社会や経済が狂い出すと父は言っていたわね」

依乃里さんは興味なさそうに言うとあくびをする。

一体、何者なんだ父は?

さらに疑問が深まるばかりで何も解決にならない。

「彼はすぐにイレギュラーでたった一人で三家を敵にまわした。彼がいなければこの国は御三家のうち一家が支配していたでしょうね。 ミナト君のお父さんが現れ、三家による権力争いは一時的に停戦したの。 バランサー的な役割よね。ただの革命家って肩書きは通らなくなりそうだけど」

僕は話を聞いていて、どこか現実味がなく遠い国の中での出来事のように聞こえてしまった。

「貴方のお父さんがいることで保たれていたバランスも今や、崩れた。 そこでミナト君、貴方が必要になる」

そう依乃里さんは扇子をスッともう一度、こちらに向けた。

立体映像を切るような形になっているがそれは気にしない。

「なぜ僕なんですか? 父は父で、何かしら動いていたのかもしれませんが、自分には関係ないと思いますが」

「そこなのよ。 自分には関係ないと思っているでしょうけどもうミナト君が生まれた時点で関わっちゃってるのよ」

「強制的ですね」

「強制よ。一つの国の覇権を争ってきた家同士が、一人邪魔になる存在に家族がいたらどうすると思う?」

彼女はそういうと今までに見せない表情をした。

まるでこちらをなにか別の生き物でも見ているかのような冷たい感情を伴わない感じ。

きっと僕のことを対象としてはみているけど人としてはみていない。

背筋が更に寒くなるような感覚がした。

黙っていると彼女は続ける。

「当たり前だけど、消すわよね。 でもそれをしなかったのはなぜか? 貴方の父、曳舟幸四郎の存在と彼が手にしていた情報のおかげで貴方は生存を許されていた。 でも貴方の存在を確認できたのはミナト君が高校に入学した際なんだけどね。 君が通うあの高校は黒百合家の息がかかっている場所なの」

依乃里さんはそういって紅茶を口にする。

 「そこに我々が所持するクローン体の一部であるtype1、2を貴方の監視役として置かせた。だからミナト君、貴方は安全に暮らしてこれた。 私たちの管理下にいたってことよ」

「…………」

「けれどね、状況が変わった」

「父の死ですか?」

「そう。 貴方のお父さんが死んだという報告を受けて三家の動きが変わったのよ」

「なら僕を殺すんですか?」

「それで済むんだったら、すでにしてると思うわ。 言ったでしょう。貴方と隣のアヤメさんは大事な客人だと」

依乃里さんはジッとこちらを見つめる。

すると彼女の後ろの小窓が開き運転手の原田が顔を覗かせる。

「お嬢様、到着いたしました」

その言葉を依乃里さんは聞くと、ただ頷き口を開いた。

「さぁ、つきましたわよ」

彼女がそう言い、気が付くと車の振動が止まっていた。

「より詳しい話は食事でもしながらにしませんか?」

依乃里さんはまるで仮面を被るように態度が変わった。

僕とアヤメはもう一度、顔を見合わせた。

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