Emerald

僕の視界に振り上げた鉈が入る。

もうダメだ。

死ぬんだ。

そう思った瞬間だった。

ガシャンという割れる大きな音が響き渡り、黒い影が突然、僕に馬乗りになる蛇男の顔に直撃した。

ゴッという鈍い痛みが聞こえたと同時に蛇男は真横に吹き飛んだ。

そしてすぐに黒い影はものすごい速さで蛇男に向かっていく。

それが人間だと理解したのは一秒にも満たない刹那。

僕が視界で人間と理解した時にはその誰かわからない人物は蛇男が空中に浮いている間にさらに蹴りで攻撃をしていた。

蹴りをくらった蛇男はそのまま勢いよく壁に激突した。

ドンという激しい衝撃音が廊下に響く。

そして突入してきた人物は僕に背をむけて仁王立ちしながら蛇男の方を見ていた。

僕の目に飛び込んできたのは存在する人間ではあり得ない色のエメラルド色の髪。

暗い中、髪が薄く緑色に発光しているのがわかった。

エメラルドの宝石を砕き、髪の毛に溶け込ませたよう。

それに僕は一瞬、目を奪われ自分の中の時間が止まったように感じられた。

くるりと目の前の人物が僕の方に振り向いた。

振り向いた人物の正体は僕と年端の変わらぬ女の子だった。

何と表現したらいいのだろうか?

彼女はエメラルド色の髪をなびかせ、唇を真一文字に結び、僕を見据える両目はヒョウのような獰猛な肉食獣を連想させるような鋭さがあった。

「大丈夫?」

彼女は不意に口を開いた。

僕はあまりにも彼女に見とれ、急に声をかけられた事に驚いた。

「えっ……」

「呆けてるくらいだから大丈夫そうだね」

女の子はぶっきらぼうに言うと僕の方から顔を背け、蛇男の方に向き直る。

「そこを動かないほうがいいよ。怪我をしたくないならね」

「へ……?」

女の子が言ったことに理解が出来ずに僕はただ彼女の後ろ姿を見ているだけ。

そんな僕をよそに彼女は腰に手を回すと自身の服の中に手を入れる。

するとそこから刃渡りの大きな刃物を取り出した。

見た目が包丁のように見えけれどしっかり見るとそれがナイフだと気が付く。

僕はその生々しく鈍い光る物に身がすくんでしまいそうになる。

彼女はそれを逆手に持ち替えるとゆっくりと構えた。

すると彼女の向こう側で倒れていた蛇男は先ほどのことが何もなかったかのようにゆっくりと立ち上がる。

そして仮面の下から無機質な声を放つ。

「ダレダ、オマエハ?」

どうやら蛇男も目の前の女の子の存在を知らず、声に抑揚がなくとも混乱している雰囲気だけ感じ取れた。

「誰でもいいじゃない」

目の前の女の子はぽつりと言うと一気に駆け出した。

そしてそのまま蛇男と距離を詰めると逆手にしたナイフを素速く男の首元めがけて振りかぶった。

蛇男は女の子の攻撃を予想していたのか、身体を反らしつつ後退する動きを見せる。

すかさず女の子は攻撃の手を緩めることなく第二撃目の蹴りを繰り出す。

女の子の足はまるで鞭のようにしなり、蛇男の懐へ食い込んだ。

蛇男は蹴りの衝撃で教室の壁に激突する。

そこへ女の子は蛇男の太ももへむけてナイフの切っ先で切りつけた。

黒いレインコートをナイフの先は貫通し、その下にある蛇男の皮膚を裂いた。

裂けた部分からは蛇男のさけた皮膚が見え、真っ赤な血が流れ出しているのが見えた。

ナイフで裂かれた蛇男は怯むことなく手にした鉈を振り上げ、女の子にむけて振りかぶった。

女の子はエメラルドの髪の毛をなびかせながら鉈をかわし、蛇男にむけて前蹴りを放った

蛇男は後ろに吹き飛び、床を転げる。

女の子はすぐに蛇男を視界に入れながらナイフを構えた。

蛇男はゆらりと立ち上がると首をゴキゴキと音がしそうな感じで左右に倒す動作をする。女の子に切られた太ももからは赤い血が流れ続けているが蛇男は意に介することなく手にした鉈を女の子にむけて構えた。

まるで痛みを一切感じていないかのように見え、僕は呆然としていまう。

「痛覚をナノマシンで覆っているのか」

女の子は一人で納得するように言う。

僕には彼女が何を言っているのかよくわからなかった。

蛇男は鉈を構えながら見えない仮面の下から声がした。

「イタイジャナイカ」

蛇男のくぐもった声が聞こえた。

「嘘をつけ。 痛覚を遮断して戦闘マシーンに成り果ててる奴がいう言葉か?」

女の子は蛇男を挑発するように言うと鼻で笑う。

「ウルサイ。 オレノジャマヲスルナ。 ウシロニイルソイツヲ、ヨコセ」

蛇男はそう言うと片手をポケットに入れて何かを取り出した。

見ていると蛇男は小瓶のような物でそれを手にした鉈にぶつける。

すると小瓶が割れて中に入っていた内容物が鉈の刃の部分に流れるようにかかる。

その液体がついた鉈を蛇男はこちらに刃先をむけたまま足を動かした。

「ドケ、オンナ」

蛇男はまた感情のないくぐもった声で言う。

「嫌だといったら?」

それに対して、女の子はただ淡々と反論した。「コロスマデダ」

そう蛇男は言うと床を思いっきり蹴りこちらに突進を仕掛けてきた。

被り物の蛇の頭は本物の蛇が突進を仕掛けてくるような感じで恐怖を憶える。

僕は足がすくみその場から動けなくなってしまった。

すると前に立っていた女の子は向かってくる蛇男に対して間合いをつめる。

それに蛇男は鉈を素速く振り下ろした。

女の子はそれをかわすどころかさらに蛇男にむかい間合いを詰め、懐に飛び込む。

鉈は空を切った。

女の子は蛇男の胸元にめがけ、突進する。

ドンというぶつかる音がした後、蛇男は後ろによろめく。

見ていると蛇男の左胸のところにナイフが刺さっていた。

そのまま蛇男はよろけながら脱力すると後ろに倒れた。

ズシンという重たい音が響いた。

少しして蛇男は動かなくなり、仰向けの状態で動きを止めていた。

「ふぅ……」

それを見ていた女の子はナイフを蛇男の胸から引き抜きしばらくしてから息を吐くと向きを変え、こちらを向いた。

さらりとエメラルドの髪が揺れ、目を奪われる。

彼女は僕の方を向くと、じっと数秒、その場で固まる僕を見て言った。

「終わったよ」

彼女は先ほどとはうって変わり、かわいらしい声を出しながらナイフについた血を払う仕草をする。

「へ……?」

虚をつかれた僕はなんとも言えない声を出してしまった。

状況が飲み込めず、僕は頭が真っ白になってしまった。

正直、何も考える事が出来ない。

そんな僕をみて察したのか彼女は口を開いた

「そうだよね。 いきなりこの状況じゃ、何も言えないよね」

彼女はナイフを腰の方に回し、そのままそれを仕舞う。

「こんなとこじゃなんだから逃げようか」

女の子は辺りを見回しそう言うと僕に向かい、手をスッと差し伸べる。

「えっと……」

僕は差し出された手を見つめ、どう答えようか迷っていた。

彼女の方を見ると彼女はエメラルドの髪を窓から入ってくる風でなびかせながら微笑んでいた。

僕は差し出された手を出されるがまま、握ろうとした。

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