RYOKO.com
憎しみと侮蔑の視線を背に、公安四課の面々は工場を後にした。
草薙が運転するマークXは環八通りを第二京浜方面へ走っている。
「本当に、アレでいいんですか?」
山寺が後部座席でハイライトを嗜んでいる江戸川に訊ねる。
「アレでいい」
江戸川は紫煙を吐き出しながら返答する。
「こっちとしては、極左とは違うという確信が欲しかっただけだ。黒色火薬の製造痕なんて、資料として提出されればいくらでも見れる」
そりゃあそうですけど、など呟く山寺に代わり、今度は草薙が口を開く。
「個人的には、あの中国語が気になりますね。もしかしたら、あの本、中国に一度持ち出された事があるのかも」
「可能性としては捨てきれないが、如何せん情報が少なすぎる。今はとりあえず、本庁に戻って他のメンバーに報告をする事だ」
煙草の灰を携帯灰皿へ落としつつ、レスポンスを返した江戸川は、草薙の顔をバックミラー越しに見た。
「これから、お前達三係の本格始動だ。係長、気張っていけ」
「了解」
草薙は一言一句ハッキリと返事をした。
千代田区霞が関二丁目1番1号。警視庁。
草薙らが公安四課のオフィスに戻ると、新設された三係のエリアで手招きする男がいた。
新品のデスクに早速、わかばの吸殻とブラックコーヒーの空き缶の山を作っているの男。三係主任の石川警部補だ。
「汚いなぁまったく」
山寺がぼやく。
「何の用?」
「係長様の調査結果が、早く聞きたくてな」
彼は飲みかけの缶コーヒーを飲み干し、山にまた一つ追加した。
「んで、腹腹時計の件は?」
「情報収集の後、厳密に精査って所」
「そうかい」
草薙の返答につまらなさそうに返事をし、パソコンに向き直る。
「じゃあそっちは? 何か、面白い事は見つけた?」
人に聞くくらいなんだから、オメェはどうなんだ。と言わんばかりに草薙は石川を睨む。
「そうは言ってもなぁ。第四の思想自体新しいものだから、過去の事件と比べるのも難しいし、新しいが故にそれを概念へと昇華させるだけの情報が乏しい。……この広大な情報の海から、信頼に値するモノを見つけるだけでも一苦労なのに、係長殿も無茶を仰る」
豊かな天然パーマを揉みながら、内容とは反する余裕の笑みを石川は浮かべる。
それには草薙も苦笑するしかない。三係結成前からの付き合いがそうさせるのだ。
「……でもまぁ、強いて言うなら」
だが彼は笑みを崩して、しかめっ面になるとパソコンを操作した。
「コイツですよ」
石川が『RYOKO.com』というサイトを開く。
Now Loadingの文字が消え、ショパン――革命のエチュードをBGMに青空をバックにして一人の天使が姿を現した。
天使の身体は何処かから拾ってきたであろうフリー素材だったが、顔は違った。
三係いや、公安四課のメンバー、それどころか今や日本人全員が知っている顔。
弓立涼子だった。
天使とのコラージュに使われている画像は、ニュース番組から引っ張ってきたであろう高校の卒業アルバムの写真だ。
「……何? このサイトは」
「中々手が込んでて面白いだろ。こりゃあな、弓立涼子の信奉者が立ち上げたファンサイトさ」
「ファンって……。相手はテロリストなのに?」
「テロリストだからさ」
犯罪者の神格化は今に始まった事ではない。
古くは5・15事件で犬養毅を暗殺した海軍青年将校ら。
総理官邸や警視庁を襲撃し一国の総理大臣を殺害。幾ら高説な意義を唱えようとも、やっている事はただのテロリストな訳だが、憂国の士としてその行動は英雄視された。
近年では北海道・東京連続少女監禁事件の犯人がその顔つきから監禁王子などともてはやされ、実際に監禁を望むファンまで出てきたほどだ。
二次元とリアルの区別が付かなくなった挙句、世の中を舐め腐った人間の屑なのにだ。
石川がマウスを操作し、天使から伸びるフキダシの一つ『審判』をクリックする。
「これは……」
出てきた画像群に、草薙と同じ様に画面を覗き込んでいた山寺は絶句した。
広がるのは射殺された老人達の死体。
逃げ惑うのを後ろから撃たれたのか、折り重なるように倒れた者。
自身が死んだのも気が付かない内に頭を吹き飛ばされた者。
軒下に吊るされ、射撃の的にされ肉塊と化した者。
まさに地獄絵図。一瞬、何処かの紛争地域でイカレた戦場カメラマンが撮影した物を見せられたのかと錯覚させるが、撮影地点は日本。
それも、東京都だ。
正確に言えば、奥多摩町のある村。弓立率いるテロリストが都心部へ進撃するまで滞在していた地であり、日本犯罪史上最悪の大量殺人の舞台となった。
村人全四十八人が、一夜にして殺害されたのだ。
一部の村人の遺体は焼かれていたが、大多数の遺体は放置され、カラスや虫に貪られるがままに。
通報を受け、村に駆け付けた警官隊は言葉を失った。
状況が状況の為、厳しい情報管制が敷かれ一般市民はその惨状を目にする事は出来ない……はずだった。
大きな誤算。
弓立らが去った後、警官隊が到着するまでの間に村に立ち入った人間が居たのだ。
その名無しは遺体の写真を撮った。
だからこそ、このRYOKO.comに写真がある。少なくともそれは、通常の精神を持った人間がする事ではない。
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