腹腹時計
四課第三係と一課第七係の不毛な睨み合いはしばらく続いたが、最終的に大岩が折れ、三係は工場内に案内された。
三係の面々は整然と並べられた証拠品の数々を見て、やはりなといった表情を浮かべる。
「……聞くまでもないが、テメェ等がココに着た訳は?」
憮然とした大岩が問う。
「これのせいですよ」
江戸川が携帯端末を出し、PDFファイルを開く。
映し出されたのは一冊の本の表紙。
タイトルは
端的に言えば、都市ゲリラのやり方と爆弾の作り方が記されている。
「やっぱりな。……資料整理係の職権を悪用しやがって」
「たまたま、これが目につきましてね。草薙君に教えたら、興味を持ったらしくて、これが発見された場にこうしてきた訳です」
腹腹時計が発見されたのは一週間前。
オーバーステイした外国人達がアジトにしているとの通報を受け、綿密な計画を立てた入管と警視庁はこの廃工場に突入。
工場内には十数人のベトナム人やフィリピン人がおり、その内数人は窃盗の容疑で山梨県警や山形県警に指名手配されている奴もいた。
半年前のテロ以降、市民の信頼確保に躍起になっていた警察官達は喜び勇んで彼等に手錠をかけた。
日本語の怒鳴り声。フィリピン語やベトナム語の悪態や罵声。母国に仕送りできないと片言の日本語で涙ながらに懇願する声が混ざる中、警察官の一人が工場内に転がっていた本を見つける。
それが、腹腹時計だ。
外国人達に聞いても、元々あったやら日本語が分からないから読んでないと言われ、誰が持ち主か分からず仕舞い。
『都市ゲリラ兵士の読本』という副題に一抹の不安を抱えつつも、物は試しと開いてみれば、それを覗き込んでいた警官達の顔が真っ青になった。
爆弾の作り方が丁寧に綴られており、重火器まで出た大規模テロ事件は記憶に新しく、直ちに上層部へ連絡が行った。
諸々の
「……だが、これがどう第三係の捜査に繋がる。これは俺達公安一課の管轄だ」
そもそも、腹腹時計は一九七四年に東アジア反日武装戦線という極左テロ組織が地下出版した物。
実際にこれを参考に作成された爆弾が使用された事もある。
東アジア反日武装戦線の一部メンバーは日本赤軍と合流し、今も指名手配されている。
公安一課が出て来るのは当然だ。
「ええ。ですが、この腹腹時計は妙な形跡がある」
江戸川は画面をスライドし、都市ゲリラの心構えが書かれたページを開く。
敵に正体を知られてはいけない。左翼的ないきがりを一切捨てる。
などと印字された上に、中国語で翻訳文が書かれているのだ。
「それが?」
「おかしいと思いませんか?」
「あん?」
「百歩譲って、三十年以上前に放置された工場に極左の地下出版物があるのは良しとしましょう。……ですが、何故それに中国語訳が書いてあるんです?」
「俺が知るか。お前は知ってるのか」
「少なくとも、ここで検挙された不良外国人ではないですね。中国語話者もかけるヤツも居なかったそうですし」
江戸川の指摘に、大岩は苦虫を噛み潰したような顔をする。
俺の仕事を奪うなという感情が滲み出ている。
「外国人の証言によると、彼等がここにたむろしだしたのは五か月ほど前。少なくとも、その前から腹腹時計はここに放置されていた」
「簡単な話だ。外国人が居付く前にここに過激派がいただけだろう」
大岩の決めつける様な発言に対し、江戸川は度の強いレンズを光らせながらニヤリと笑う。
「果たして、そうかな」
彼はザッと室内を見回し、今も係員が証拠品を運ぶ押し入れを見る。
「じゃあ、何故。彼等はこんな証拠を残すような事をしたんでしょうかね?」
自身の杖で並べられた証拠品を指す。
「……急いでたんだろ」
「急いでたにしては、天井裏に物を隠す余裕はあった。それに、自身の足取りを残すような真似を犯罪者がしますかね」
「じゃあ、一体なんだと言うんだ」
「……これはあくまで仮定ですが、これらはわざと残して置いたんですよ」
「何の為に」
「またここに来る予定があったからでしょうね。けれど、予想外の出来事が起きてしまった。半年前のテロのせいで、外国人への締め付けが強くなり、アブれた外国人がここに居付いてしまい、ここに戻る事は出来なくなってしまった」
「……別に、それなら過激派組織だって辻褄が合う」
「じゃあ聞きますが、一課ではこの工場の事を検挙騒ぎが起こる前に認知してしましたか?」
江戸川の質問に言葉を詰まらせた大岩。
それが質問の答えになる。
「私がこれらの持ち主が極左過激派ではないと言い切る、一番の理由ですよ。我々が認知していない極左組織はいませんし、認知できない程小さい組織はこんなに物資を確保できませんからね」
まぁ仮定ですが。と付け加えた江戸川は、証拠品をカメラに収めていた草薙らに声を掛けた。
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