食堂でのひと時

 食堂でまったりしているとリリアたちが戻ってきた。

 二人とも着替えを済ませており、髪型も整えられていた。

 彼らの様子を目にして、どこか腑に落ちるような感覚を覚えた。


 兵士は腕っぷしだけでなく規律も重視される。

 それに彼らは王都を守る役割のため、王族と接することが市民よりも多いことが想像できる。

 国王陛下は比較的寛容な人だと聞いているが、それでも身だしなみがいい加減というわけないはいかないはずだ。

 他の兵士をしっかり観察する機会はないものの、二人の様子を見る限りではそういったことへの意識が高いように見受けられる。


 あまり凝視するわけにもいかず、視線をずらしてマグカップに手を伸ばす。

 リリアとクリストフはそのまま近くの席にやってきて、それぞれに椅子に腰を下ろした。

 身体を動かしてきた後ということもあり、どこかさっぱりしたような表情が印象に残る。 


「ほぼ毎日欠かさずに鍛錬を続けていて、すごいですね」


 同じようなことを言ったことがある気もしつつ、そんな言葉が口をついた。

 率直な感想を述べたわけだが、意外と二人の反応は薄かった。


「衛兵を担う上で鍛錬は欠かせません。マルク殿が冒険者の時、鍛錬はどのようにされていたのですか?」


 この話題も少し触れたことがあると思うが、こうして質問されたのは初めてだろう。

 現役の頃から時間が経過しているため、当時を思い返しながら言葉を返す。


「……剣技と魔法を半々の割合で鍛えていたと思います。俺に限らず冒険者全般に言えることですけど、兵士の人たちほど意識は高くないような気がします。理由もなくやらない日もあれば、依頼があったのを建前にサボってしまうこともありました。誰しも必死さはあったとしても、『王家に託された役割』のような責任感はなくて、自分のために努力するというのは動機づけが難しかったかもしれません」


 簡潔に答えるつもりだったが、思いのほか長くなってしまった。

 リリアとクリストフが耳を傾けてくれたことで、話しやすかったみたいだ。


「そうでしたか。それは興味深いです。以前の王都へ向かう旅では話せなかったことですから、冒険者の方々は私たちとは異なる動機で活動されているのですね」


「僕もリリアと同じ意見さ。普段、冒険者の人と顔を合わせる機会は少ないから、彼らの考えを聞く機会もほとんどない。マルクくんの考えが総意でないとしても、君の答えが一番近いような気がするよ」


 二人はにこやかな笑みを浮かべていた。

 どちらも腕が立つ兵士だが、人当たりがよくて穏やかな性格である。

 性格的にも利他的な要素が強くなる、城仕えの方が合っていそうだ。

 冒険者の中には荒くれ者も少なからずいるため、それぞれの個性に合った生き方というものがあるのだろう。


「こちらこそ二人の考えが聞けてよかったです。バラムでは兵士を見かけることがほとんどないので、知らないことが多いと気づきました」


「――はいはい、お待たせね。お話しもいいけど、しっかり食べてちょうだい」


 女将が二人の食事をトレーに乗せて運んできた。

 スープは冷めておらず、リリアたちに温かい食事を出そうとする気配りを感じた。


「これは美味しそうです」


「そういえば、魚が好きでしたね。サーモンが入っていて食べごたえがありますよ」


「マルク殿からいいことを聞きました。早く食べましょう」


 リリアの顔に喜びの色が見える。

 彼女はクリストフに声をかけながら、すでにスプーンを手にしていた。

 昨日の夜の食堂と同じように、熱いスープにそっと息を吹きかけて冷ます。

 スプーンが口の中に入るとリリアは目を輝かせた。


「――とても美味しいです」


「あらまあ、うれしいこと言ってくれるわね」


 女将は少し離れた席で一休みしており、リリアの感想に反応を見せた。

 リリアはその声に気がついて、笑顔で応じて返した。


「これはいいね。冷えた身体が温まる」


 リリアに少し遅れてクリストフも感想を述べた。

 二人とも美味しそうにスープを口にしている。


「そういえば、そのパンもよかったですよ」


 パンが寂しそうにしているので、俺が食べた際に感じたことを伝えた。

 するとリリアが反応して、素早く手を伸ばした。

 彼女は食べやすい大きさにちぎってから、おもむろに口の中に運んだ。

 もぐもぐとした後、満足げな表情を浮かべた。


「これも美味しいです。ミルク風のスープと合いそうです」


 美味しそうに食べるリリアを眺めながら、口を挟みすぎるのは野暮だと気づく。

 ここはひとまず黙ることにした。

 身体を動かしてきたところなので、自然と食が進むのだろう。

 クリストフもパンとスープを交互に口へと運んでいた。


 兵士特有の傾向なのか分からないが、二人とも瞬く間に完食した。

 あるいは空腹だっただけなのかもしれない。

 食事を終えた二人にも女将がハーブティーを出した。

 今度は三人でまったりするような時間になる。


「――ここにいたのか」


 するとそこへ、ラーニャがやってきた。

 どうやら、様子からして俺たちのことを探していたようだ。

 彼女もテーブルに加わって、この後の予定について話を始めた。

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