四人の話し合い

 女将は気配りが好きなようで、ラーニャにもハーブティーを出した。

 それからごゆっくりと言って、食堂を離れていった。

 調理や掃除の係ぐらいは雇っているのかもしれないが、この宿を彼女が切り盛りしているようだ。


 朝食を取るには遅い時間帯のため、すでに残っているのは俺たちだけだった。

 話し合おうということになったものの、暖炉で温まった部屋ではくつろいだ気持ちになる。

 この先に控えることは容易ではないと分かっているのだが、気を張りすぎては消耗することを冒険者時代の経験で学んでいた。


「それで次の目的地はカルンの街でしたっけ」


「ああ、そうだ」


「わりと大きな街で、ラーニャさんの里の人たちの情報が集まるといいですね」


 励ますつもりで言ったのだが、ラーニャはどこか浮かない様子だった。

 感情の濃淡が見えにくい彼女であっても、おぼろげに憂いの色が読み取れる。

 ここに至るまでにこのようなことはなかったため、彼女の中でどういった変化が起きたのか気がかりになる。


「いつもと様子が違うみたいだけれど、よかったら話してくれるかい?」


 どう声をかけるべきか決めかねていると、クリストフが気遣うように言った。

 兵士長――上に立つ者――として仲間への配慮が自然とできるのだと思った。

 誠実な彼の態度が響いたのか、ラーニャは口を開こうとしている。 


「以前、この村に来たことがある――」


 ぽつりとこぼした後、視線をテーブルに向けたまま黙ってしまった。

 誰も先を促すことなどできず、薪が燃える音だけがパチッと響く。

 しばしの沈黙をおいて、彼女はおもむろに口を開いた。


「村の様子を見て、ずいぶんと時間が経過したことを知った。手がかりが見つかったとして、連れ去られた里の人たちが無事であるかは分からないと気づいてしまった。ようやく、エスタンブルクまで戻ってこられたのにな……」


 かけるべき言葉が見つからなかった。

 同胞が無事であることは彼女にとっての希望というのは間違いない。

 もしかしたら、本人も時間の経過に気づいていたのかもしれないが、実際にそれを示す光景を見るまでは考えずにいられたのだろう。

 

「……気づいたことがあるけれど、話してもいいかな」


 いたたまれないような空気の中、クリストフが切り出した。

 ラーニャは小さく頷いて発言を促す。 


「あまり触れたくないことだと思うけれども、ラーニャさんの里を襲った者たちが殺すつもりだったなら、その場でやっていると思うんだ。それで連れ去ったことには目的があるのなら、どこかで生きているんじゃないかな」


 クリストフは言葉を区切った後、ラーニャの反応を窺うような素振りを見せた後、再び口を開く。

 そんな彼の様子を俺とリリアが見守るような状況だった。


「どれだけ時間が経ったのか分からないほど経過したとしても、ダークエルフという種族が長命なら希望が持てる……そう考えるのは楽観的だと思うかい?」


 ラーニャは口を閉じたまま、クリストフに投げかけられた言葉を消化しているように見える。

 希望が持てるかは難しいところだが、それでも悲観的になるような状況ではないと思う。

 彼女だけでなく、俺自身もクリストフの前向きな姿勢に影響を受けた気がした。

 ここまでに具体的な情報がないからこそ、彼のような心持ちは大事なことだ。


「クリストフ……礼を言う。お前の方が私よりも希望を持っているのだな。心のどこかで諦めがあったことは認めなければならない。皆の消息が掴めるまでは信じる心を抱き続けるとしよう」


「ふふっ、それはよかった」


 クリストフの笑みに気負いはなく、見ている者を安心させるような力があった。

 リリアがいるだけでも心強いが、彼が同行してくれたことで頼りになることを改めて実感した。


「何やら神妙な雰囲気だったから心配だったんだけど、どうやら大丈夫みたいだね」


 会話に区切りがついたところで、女将がやってきた。

 ラーニャの様子に集中して気づかなかったが、食堂に戻っていたようだ。


「……あ、はい。大丈夫です」 


「深刻な話をすると疲れるだろうね。よかったら、甘いものでも食べるかい?」


 女将の提案にリリアの目が輝くのを見逃さなかった。

 彼女は遠慮がちに俺やクリストフを見回した後、まっすぐに片手を掲げた。


「では、お願いします」


「いいですね。俺も頂きます」


「僕もそうしよう。ラーニャさんも食べるよね?」


 クリストフがたずねると彼女は小さく頷いた。

 四人の答えを受けた後、女将は気をよくしたように表情がほころんだ。


「焼きたてを出すから、そのまま待っててね」


 女将はハーブティーを注ぎ足せるようにティーポッドをテーブルに置いて、そそくさとキッチンの方に歩いていった。

 軽やかな足取りから彼女自身が楽しんでいることが伝わってきた。


「焼きたての甘いもの……どんなお菓子が出てくるのでしょう。エスタンブルクの食べものに興味を惹かれます」


 深刻な話をしていたのを忘れさせるほど、リリアはうっとりした表情を浮かべていた。

 そんな彼女のおかげで、俺自身もくつろいだ気分になる。

 マグカップにハーブティーを注ぎ直して、ゆっくりと口へと運んだ。

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