腕利き兵士二人のルーティン
翌朝、宿屋のベッドで目が覚めた。
寝る直前まで部屋を暖炉で温めることができたが、さすがに就寝時には消火するしかない。
そのため、毛布の外側に露出した首や頭の部分に冷えを感じた。
深夜から明け方にかけて気温が低かったようで、窓に霜が凍るのが見える。
昨晩はホットワインをおかわりしたため、二日酔いを心配していたが、それは杞憂だったようで体調に違和感はなかった。
毛布をどかして起き上がると寒さで身体が震えそうになる。
慌てて上着を羽織ってから暖炉に火を入れた。
バラムでは暖炉がある家など稀であるため、こうして暖を取ることに新鮮な感覚を覚える。
火の魔法で薪に着火した後、こういう時は便利だなとしみじみと思った。
それから部屋が暖かくなったところで、上着を脱いで身支度を整えた。
寝起きの頭から意識がすっきりした状態に変わってから、宿の食堂で朝飯を食べることにした。
廊下に出て少し歩いた先に大きめの部屋があり、扉を開けて中に入る。
室内は暖房が効いているようで、ずいぶんと暖かく感じた。
中央に置かれた暖炉の中で赤々と薪が燃えている。
仲間はいないようで他の宿泊客がちらほらと目に入る。
寒冷地ということもあり、温かそうな料理を食べているようだ。
ひとまず空いた席に腰を下ろすと、こちらに気づいた女将がやってきた。
「あら、おはようさんね。今から料理を出しますから」
「はい、お願いします」
そのまま待つと彼女がトレーを手にして戻ってきた。
目の前に湯気の浮かぶスープと茶色いパンが出された。
どちらも木製の器に盛られており、自然な風合いがいい味を出している。
早速パンに手を伸ばして、適量をちぎって口へと運ぶ。
バラムから遠く離れた土地ということもあり、小麦の品種や焼き方が違うようだ。
ライ麦パンのような風味が香ばしく、パン自体の味が強い感じだった。
固形物だけでは口が渇くので、スプーンを手に取ってスープを飲むことにする。
こちらは昨日の夜にラーニャが飲んでいたものに似ている。
サラサラのクリームスープで具は野菜などのようだ。
「……おっ、これは」
沈んでいて気づかなかったが、このスープもサーモンスープだった。
食べやすいように小さめにカットされたものが入っている。
具が魚介類のわりに臭みはなく、とても飲みやすい味だ。
パンと交互に食べ進めるうちに短い時間で完食した。
「お客さん、おかわりもあるけど?」
「いえ、満腹なので」
こちらが断りを入れると女将は笑顔のまま、食器を下げ始めた。
美味しい朝食の余韻を感じながら、今日の予定を考える。
大まかな距離を考えれば、今日中にはカルンの街には着くはずだ。
エスタンブルクの主要な街らしいので、もしかしたら有力な情報が手に入るかもしれない。
「はい、食後にどうぞ」
「どうも、ありがとうございます」
腰を下ろしたまま考えを巡らせたところで、女将がハーブティーを出してくれた。
マグカップに入った温かいお茶からいい香りがしている。
少し冷ましてから口に運ぶとホッとするような味がした。
ハーブの種類は分からないが、リラックス効果があるものかもしれない。
「――おっ」
三人のうちの誰かが現れるのを待っていると、リリアとクリストフがやってきた。
外で身体を動かしていたのか、二人は汗ばんでいて湯気のようなものが上半身から浮かんでいる。
彼らは女将に話しかけた後、こちらに気づいた。
「マルクくん、おはよう」
「二人とも、おはようございます」
近くに来てはっきりしたが、二人とも動きやすい服装になっている。
リリアの顔は上気しており、彼女の美しさが際立つように見えた。
「外は寒そうですけど、運動でもしてきました?」
「いつもの日課だよ。二人で模擬戦をやってきたんだ」
リリアとクリストフは旅の途中で稽古をすることがあった。
彼らにとって欠かせないことのようで、荷物には通常の剣以外に訓練用の木剣も積まれていた。
ある時に興味本位で覗いてみたら、気軽に参加させてほしいとは言えないレベルの高さで、冒険者上がりの身では文字通り太刀打ちできないと悟った。
「なるほど。二人は朝食はまだですか?」
「うん、まだだね。今から着替えてその後に食べるよ」
クリストフはそれだけ言って食堂を後にした。
リリアもでは後ほどとだけ告げて、彼の後に続いた。
あまり表には出さなかったものの、いつも以上に本気で鍛錬をしていたような様子だった。
外の寒さもあるだろうし、それなりに負担があったように見える。
二人を待ちながら食堂でのんびりとお茶を飲む。
他の宿泊客は行商人や旅人のようで、それぞれに出発したようだ。
残るのは俺一人でマグカップの中身が半分になったところで、女将がおかわりを注いでくれた。
ハーブティーを味わいながら、ふとあることに気づく。
食堂に入ってからしばらく経つが、ラーニャの姿は見えなかった。
リリアたちよりも後になるのなら、宿屋の朝食にしては遅い時間になる。
心配するようなことでもないのだが、女将にたずねてみることにした。
「すみません。もう一人同伴者がいるんですけど、もう朝食を食べましたか?」
「ああ、あの美人さんなら、食事の後に外を歩いてくるって言ってたね」
「そうですか。分かりました」
馬車の移動が長かったからか、あるいは故郷に近づいたからなのか。
四人で行動することが多かったので、一人ですごしたいのかもしれない。
特に女将が急かすこともなく、暖炉のある食堂は落ちついた雰囲気ですごしやすいように感じた。
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