二度目のマグロ三昧

 ミズキとアカネの二人とウミマチ商店を離れる頃、夕方の時間になっていた。

 空を眺めれば絵に描いたように鮮やかで、薄く青みがかった空に橙のグラデーションが重なるような色合いだった。

  

「結局、アデルと行き合いませんでしたね」


「どの辺りを散策してるんだろ」


 俺とミズキは首を傾けた。

 そんな様子で歩いていると、前方からリンが小走りで向かってきた。


「リンちゃん、急いでどうしたの?」


「マグロ三昧で必要なものがあって、買い出しっす」


「へえ、今日も偉いね」


 ミズキの言葉にリンはうれしそうな顔を見せた。

 彼女はすぐに歩き出そうとしたが、何かを思い出したように足を止めた。


「そういえば、アデルさんはマグロ三昧にいたっす。買い出しに出る時、お兄さんたちと顔を合わせたら、いることを伝えてほしいって」


「そう、分かった。教えてくれてありがとう」


 俺が感謝を伝えると、リンは小さく頭を下げてどこかに歩いていった。


「どうしましょうか? アデルが呼んでるなら、マグロ三昧に行きます?」


「あたしは問題ないよ」


「拙者も姫様に同じだ」


 ミズキは自然な反応で、アカネはわずかに高揚を感じさせる。

 アカネはマグロ三昧が気に入ったのかもしれない。


「じゃあ、行きましょうか」


 俺たちはマグロ三昧へと歩き出した。


 しばらくして、見覚えのある店構えと看板が目に入った。

 日没までまだ時間があるため、魔力灯の明るさはそこまで目立たない。


「のれんが出てますし、店は開いてますね」


 俺たちは順番に店内へと足を運んだ。


「いらっしゃい。……おや、そなたちは昨日の」


 中に入ったところでオルスに声をかけられた。

 彼はあまり表情を変えずに俺たちを見た。


「どうも、こんにちは」


「仲間のエルフなら、あそこの席だ」


 オルスは店の奥のテーブル席を指先で示した。  

 その方向にアデルの姿が見えた。


「ああっ、いますね。ありがとうございます」


「まだ空いている時間だ。注文はゆっくりで構わん」


 俺はオルスに頷いて返して、アデルのところに向かった。 

 席に近づくと、彼女は俺たちの存在に気がついた。


「みんな、来てくれたのね」


「リンちゃんから伝言を聞いたので」

 

 アデルは地酒の水割りを飲んでいるようだ。

 顔はほのかに上気しているが、酔いが回っているようには見えない。


「町の散策が終わってやることもなかったら、マグロを食べにここへ来たの」


「いいですね。俺も食べようかな」


 俺とミズキたちはアデルと同じテーブル席の椅子に腰を下ろした。

 机の上にはお品書きがあり、自然とそこに目が向いた。


「――どうだ、クーデリアには会えたか?」


 注文について考え始めたところで、お盆にグラスを乗せたオルスがやってきた。 

 彼は質問をしながら、俺やミズキたちにグラスを差し出した。


「ありがとうございます。素潜り漁を終えたところで会えました。想像していたよりも話しやすい人でした」


 勇者というだけで想像が膨らむところだが、本人に会えば全ては先入観にすぎないことを実感した。


「ほう、それはよかったな。旅の目的が達成できたわけだ」


 オルスは淡々と言った後、グラスの中身が冷えた果実水だと説明した。

 ヤルマで採れる柑橘類のエキスを抽出したものらしい。


「そういえば、クーデリアさんが獲った魚をここで食べられるそうですけど」


「そうだ。今日のおすすめはアオブダイの刺身だが」


「じゃあ、それを一つ」


 俺が注文を始めると呼び水になったかのように、ミズキとアカネも料理を頼んだ。

 アオブダイの刺身や一品料理を頼みつつ、三人ともマグロ丼を選んでいた。


「ははっ、気が合いますね」


「ここのマグロは美味しかったから」


「拙者も姫様に同意です」


 席について談笑するうちに、買い出しを終えたリンが戻ってきた。


「ようこそっす」


「お疲れ様」


 俺が声をかけると、はにかむような顔を見せてリンは厨房の方に歩いていった。


「あたし一人っ子だから、リンちゃんみたいな妹がほしいな」


「愛嬌があるし、性格がいいですよね」


「マルクくんは弟か妹はいないの?」


 ミズキは素朴な疑問といった感じで言った。


「俺も一人っ子ですよ」


「ふむふむ、そうなるとアカネも一人っ子だから、妹がいるのはアデルだけだね」


「そういうことになるのかしら」


 アデルは水割りを飲みながら、楽しそうな表情を浮かべている。

 そこまで会話に加わらずとも、この場にいるだけで満足なのだろう。


「まずはアオブダイの刺身だ」


「取り皿はこちらをどうぞっす」


 オルスがリンを伴い、机の上に皿を置いた。

 皿には白身魚の切り身が何枚も重ねられている。

 わずかに残る皮の部分に青みが残ることで、これがアオブダイであることがかろうじて分かった。


「うわぁ、ホントに食べるんだ」


「見た目はあれっすけど、美味しいっすよ」


 リンの満面の笑みを見て、ミズキは引き気味の表情を元に戻した。


「何だかタイみたいで美味しそうですけど」


 俺はそう言いつつ、皆に先んじて箸で掴んだ。

 肉厚でしっかりした感触があり、それは口に含んでも同じだった。

 しょうゆとわさび以外に魚自体の旨味がしっかりと感じられる。


「マルク殿、その表情はまんざらでもない様子」


 アカネはこちらが感想を言う前に刺身に手を出した。

 それに合わせて遅れまいとミズキも箸を掴む。


「リンちゃん、アオブダイの美味しさが伝わりそうでよかったね」


「はいっす」


 俺とリンが和やかに言葉をかわす横で、ミズキとアカネはアオブダイの刺身を味わっている。

 二人もこちらと同じ印象を抱いたようで、うっとりするような表情を見せた。

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