フェルトライン王国への地図
茶店の方に足を運び、ミズキたちの姿を見つけることができた。
話していた通りに冷やしぜんざいを食べている。
俺も何か注文しようと思い、茶店の受付に向かった。
受付の奥が調理場になっており、直接注文して商品を受け取るようになっているようだ。
こちらが近づくと初老の女が顔を見せた。
「あら、いらっしゃい。注文は何にする?」
「ええと、冷たい抹茶をお願いします」
「銅貨三枚ね」
俺は受付のところにある受け皿に銅貨を置いた。
少しして、先ほどの女がグラスを運んできた。
「はい、ありがとさん」
「いただきます」
俺はグラスを手に取り、ミズキたちの近くの椅子に腰を下ろした。
「冷やしぜんざい、美味しそうですね」
「商店どうだった?」
ミズキはこちらにたずねた後、白玉を口に運んでもぐもぐと食べた。
「ヤルマ土産は興味深かったですし、水着の品質はよかったです」
「だよねー。サクラギでもあんなの見たことなかった」
「なかなかの着心地で、拙者も気に入りました」
冷やしぜんざいが美味しいのか、アカネは上機嫌だった。
「ところで、商店の店主がフェルトライン王国のレイランドというところから来たみたいなんですけど、二人はその街をご存じですか?」
「うーん、聞いたことがある程度かな。ヤルマから離れた場所だよ」
「アカネさんはどうです?」
「残念だが、かろうじて位置関係が分かるといったところだ」
ミズキとアカネは詳しいことは知らないようだ。
フェルトライン王国はサクラギとは縁のないところなのだろう。
「待たせたね。地図が完成した」
カイルが丸まった紙を小脇に抱えてやってきた。
「この人がレイランド出身のカイルさんです」
「二人はマルクの仲間?」
「うん、そうだよ」
カイルの投げかけにミズキが答えた。
彼はミズキとアカネを交互に見た後、机の上に手にした紙を広げた。
「ここがヤルマ。それでこの線で囲ってあるのがフェルトライン王国。その中の小さい枠の内側がレイランドってわけ」
カイルは少しめんどくさそうな話し方だが、特に他意はないと思った。
おそらく、これが彼の自然な態度なのだろう。
「短い時間でここまでの地図ができるなんて、手先が器用なんですね」
「まあ、服を作ったりするんだから、紙に線を引くぐらいは余裕だな……」
そこまで褒めたつもりはないのだが、カイルはあからさまに照れている。
褒められることに慣れていないのかもしれない。
「この地図、縮尺は正確だろうか?」
地図をじっと見ていたアカネがカイルにたずねた。
ミズキ以外には敬語を使わないことを改めて実感した。
「服を作る時と同じで寸法を間違えば、全体のバランスが崩れる。多少の誤差はあったとしても距離感は正確だ」
カイルはわずかにムッとした反応を見せて、アカネに目を合わせずに言った。
「そこまで正確な地図が書けるなんてすごいなー。よかったらくれない?」
ミズキは日本風美少女のため、異国育ちのカイルに魅力が伝わるかは読めない。
ただ、今の彼を見た感じ、まんざらでもないようだ。
地図が褒められたことにミズキの甘えるような仕草が加わって、やられそうになっている。
「う、うん、そうだな。ボクの手書きだし、価値があるものではないから持っていくといいよ。それにキミたちは水着を買ってくれたから」
「やった、ありがと!」
ミズキは心の底から喜ぶように声を上げた。
そんなにフェルトライン王国に行ってみたいのだろうか。
「さっきは話が途中でしたけど、フェルトライン王国というかレイランドに行ってみますか?」
「ヤルマもいいけど、ずっといたら退屈しそうだし。それにあたしこれでもお姫様ですから、諸国を回って見聞を広めたいのです」
「ご立派です。さすがは姫様」
ミズキの言葉が芝居がかかっているが、本心から逸脱したわけでもないだろう。
それにしても、アカネのミズキびいきは目に余る。
「一般人にしちゃ気品があると思ったら、キミはお姫様だったんだ」
カイルはいいリアクションだった。
サクラギにいるとミズキが姫であることは知れ渡っているので、こんな態度を示す人はほとんどいない。
「地図があれば行けると思いますけど、ここからレイランドへの道のりについて情報をください」
そうたずねると、カイルは表情を戻して話し始める。
「キミたちの戦力は?」
「俺は元冒険者で魔法が使えるのと、アカネさんは剣術の腕前が優れています」
「とりあえず、問題なしと見ていいか。とんでもないモンスターが出るような道ではなくて、行商人とかも普通に行き来してるから」
「それを聞いて安心しました」
「レイランドは人口が多いわりに治安はまずまずだけど、置き引きや盗人には気をつけるように」
話に区切りがついて、カイルは机に乗った地図をくるくると丸めて筒状にした。
「じゃあこれ」
「ありがとうございます」
俺は差し出された地図を受け取った。
「そういえば、移動手段は?」
「牛車があります」
こちらの答えを聞いて、カイルは頷いた。
「歩きじゃ遠いから、それを聞いて安心した」
「心配してくれたんですね」
「徒歩で向かおうとする人間に助言しないなんて、そこまで冷たい人間じゃないよ」
カイルは戸惑う様子を見せながら笑みを浮かべた。
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