転生者が営む商店

 一見すると他の民家と変わらない雰囲気だが、屋根の色が鮮やかに塗られており、看板が出ていることで商店であると区別ができる。


「ウミマチ商店とはそのまんまな名前ですね」


「何だかヤルマっぽい雰囲気がするでしょ」


「地元客というよりも観光客相手な感じがします」


「あたしとアカネは冷やしぜんざいを食べながら、あそこで休憩してるから」  


 ミズキに聞いていた通り、軒先には日除けが設けられていて、その下には飲食ができるように机と椅子が置かれている。


「店の中が気になるので、商店を覗いてきます」


「じゃあまた後で」


 俺は商店の入り口に向かい、ミズキとアカネは茶店側に向かった。


 扉を開けて中に入ると色んな商品が陳列されていた。

 地元で採れるような果物、ヤルマ土産になりそうなお菓子と雑貨類。

 店の一角には数種類の水着が置かれている。


「らっしゃい」


 声がした方に目を向けると、一人の男が椅子に座っていた。


「……どうも」


 不審に思われないように返事を返した。


 男は明るいオレンジの髪色で、どことなく線が細い印象を受けた。

 出身は他国のようで、ランス王国周辺で見られる洋装に近い衣服を身につけている。

 近隣諸国では金髪の人が大半のため、どこか遠い別の国から来た可能性もある。


 始まりの三国では信仰が禁じられているため、転生者であることを開示するのに抵抗があった。

 しかし、ヤルマではそういった法令はなく、そういった話題を咎める文化的な背景もないと思われる。

 彼が転生者であるかを確かめるつもりだった。


 買い物客を装って、店内を歩いて回る。

 水着以外はこの土地ならではの商品であり、文化水準との乖離は見られなかった。

 俺は男性用の水着を手に取り、ぼんやりした様子の男に近づいた。


「あの、ちょっと聞きたいことがあるんですけど……」


「んっ、何か用?」


「単刀直入に言いますけど、あなたは転生者ですか?」


 男はこちらの問いに反応して、目を見開いた。

 しかし、慌てる様子はなく、何ごともないふうで言葉を返す。


「その通り、ボクは転生者だね。そんな質問をするキミも転生者だろう」


「はい、そうです」

 

 男に視線を向けると若そうな見た目だった。

 こちらを警戒する素振りは見られず、肩の力を抜いて話すことができそうだ。


「ボクの名はカイル。キミの名は?」


「俺はマルクといいます。ここから離れた土地のバラムという町から来ました」


「えーと、バラム? 聞いたことがないな」


 男は腕組みをして頭を傾けており、考えを巡らせているようだ。

 ここからランス王国までの距離を考えれば、バラムのことを知らないとしてもおかしくはない。


「ところで、この水着はカイルさんが作ったんですか?」


「うん、ボクが作った。よくできているだろう」


「はい、男女どちらの水着もデザインがいいですね。俺はこれを見て、あなたが転生者なのではと思いました」


 カイルは椅子から立ち上がり、別の椅子をこちらに運んできた。

 そして、グラスに何かを注いで近くの机に乗せた。


「まあ、座んなよ。今日は客が少なくて退屈なんだ……あと、それ飲んでいい」


「あっ、ありがとうございます」


 俺はグラスを手に取り、椅子に腰を下ろした。

 ちょうどのどが渇いていたので、グラスに口をつける。


「これはマンゴーですか?」


「ヤルマで採れたものを絞ったもので、なかなか美味しいだろ」


「はい、甘みがあっていけますね」


 カイルが親しげな態度になった気がするが、水着の完成度を褒めたことで気をよくしたのかもしれない。


「それにしても、どうして水着にしようと?」


 俺は手にした水着を掴んだまま、カイルに問いかけた。


「ボクは転生前、服を作ることに興味があったけど、それが叶う前に寿命を終えた。運命のいたずらか神のおぼしめしか……そんなことはどうでもよくて、自分の服を作って売ってみたかった。地元の人相手ではボクが作りたいようなものに需要はない。それで観光客向けに水着を作ることにした」


 平然と話しているが、彼にも紆余曲折があるのだと思った。

 

「大事なことを教えてくれて、ありがとうございます」


「いや、自分以外に転生者がいると知れてよかった」


「出身はヤルマではないですよね?」


「故郷はフェルトライン王国のレイランド。その水着の布はよくできてるだろ? ボクがレイランドから持ってきた」


 現代日本の水準には及ばないものの、適度に機能的で丈夫な生地だった。

 この世界の基準で考えれば、高い技術力が背景にあることが分かる。


「それだけ発展したところから、ヤルマに来たんですか?」


「レイランドは人口が多い上に、だいぶ都会だから。ゆっくりした生活がしたくなって、ヤルマへ越してきたわけ。俗に言うスローライフってやつ」


「はぁ、スローライフですか……」


 カイルは分かるだろと同意を求めるように言ったが、俺にはいまいちピンとこない言葉だった。


「あんたは旅の途中だろ? だったら、レイランドに行ってみるといいんじゃないの。レイランドはこの世界でも指折りの都市で、物見遊山に向いてる」


「ここからは遠いですよね?」


「まあ、馬車でもだいぶかかる。これも何かの縁だから、地図を書いてやる」


「ありがとうございます。何も買わないのも悪いので、この水着を買わせてください」


 カイルは意外そうな顔をした後、片方の手をそっと差し出した。


「銀貨三枚。地図ができるのに時間がいるから、茶店の方で待っているといいよ」


 俺は銀貨を手渡して、店の外へと歩き出した。

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