オルスからの贈りもの
アオブダイの満足度は高く、次に出てきたマグロ丼や特製の味噌汁も美味だった。
料理の味に集中したかったので、酒の類は注文せずにお茶を飲むようにした。
バラムでは食べられない料理ばかりで、徐々に気分は高揚していった。
皆で会話をしながら、楽しく食事をしている。
冒険者同士でも似たような経験はあるが、こうして遠方に旅をして地元の店を満喫することは得がたい経験だと実感した。
俺たちが入店したのは夕方頃だったが、時間帯が夜に差しかかると客足が伸びていった。
マグロ三昧は決して狭い店ではないのだが、半分以上の席が埋まっていった。
従業員はオルスとリンの二人だけなのだが、慣れた様子で仕事を捌いている。
それに地元客と思われる人たちは協力的な態度だった。
仲間同士で歓談するうちに、気づけば夜も更けていた。
クーデリアのことをアデルに話したり、アカネの大食いを観察したりしていると、瞬く間に時間はすぎた。
俺たちの後に来店した客のほとんどは店を後にしていて、残っているお客は少なかった。
「今日はたくさん飲んだし、たくさん食べたわ。そろそろ宿に戻ろうかしら」
「じゃあ、会計をお願いしましょうか」
俺はリンに声をかけて、代金の精算を頼んだ。
すると少しして、合計金額を書いた紙を手にして彼女が戻ってきた。
「アデルさんは先にいたので、アデルさんの分と三人の分で分けて計算したっす」
「すごい、気が利く」
「わあ、サクラギに来てほしい優秀ぶり」
俺とミズキが感嘆の声を上げると、リンは恥ずかしそうしながら紙を一枚ずつ机に置いた。
アデルは紙を掴んでカウンターの方に歩いていった。
一方のミズキは確認するように紙を眺めている。
「アカネの分はあたしが払うとして、マルクくんの分は銀貨二枚でいいよ」
「……それだと、気持ち少ないような」
「誤差の範囲だから、気にしない気にしない」
ミズキはヤルマの酒を飲み比べしていたので、少し酔っているようだ。
上機嫌な様子でアデルと同じようにカウンターへ歩いていった。
「ずいぶんと楽しそうですね」
「……姫様はマルク殿やアデル殿がいると明るくなる」
アカネはツンデレめいた物言いだったが、俺とアデルのことを認めてくれているようだった。
二人が会計を済ませたところで、アカネと一緒に席を立った。
「ありがとうございました!」
リンが元気な声で見送りをして、その後にオルスが近づいてきた。
愛想がいいわけではないが、俺たち四人に会釈をしている。
「マルクよ、ちょっといいか」
「……はい?」
最後尾の俺が店を出ようとしたところで、オルスに声をかけられた。
何の用事か分からないが、足を止めて話に応じる。
「そなたは魔法が使えるのだろう?」
「ええまあ、多少は」
「これも何かの縁だ。クーデリアはそなたを気に入ったようだし、我もそなたを見所のある人物だと思っている」
「…………」
「――マルクくん、どうかした?」
突然の褒め言葉に戸惑っていると、店の外からミズキが戻ってきた。
「オ、オルスさんと話があるので、外で待っててください」
「はいよー」
ミズキは入り口から外に出た。
リンはこちらを気にしつつも、俺たちが使った席を片づけている。
「すみません、黙ってしまって。何か理由があれば聞かせてもらえませんか」
「単純なことだが、リンがそなたを気に入っているのを見てそう思った。それにクーデリアも純朴で気立てのいい青年だと言っていた」
淡々と言葉を並べたオルスの表情は少し緩くなっていた。
「それとこちらこそすまぬ。呼び止めたのには理由がある。店が閉まってから少し時間をもらえぬか? 渡したいものがある」
「いいんですか? 美味しい料理を食べさせてもらった上にそんな……」
俺が遠慮する姿勢を見せると、オルスにポンっと肩を叩かれた。
「我には使い道のないものでな。仔細は渡す時に伝えよう」
「分かりました」
「宿で待つといい。店じまいが済んだら、リンに伝えさせる」
「それでは後ほど」
オルスに別れの挨拶をしてから、リンに手を振ってマグロ三昧を後にした。
滅多に食べられない料理も多く、離れるのが名残惜しい気持ちだった。
それから、アデルやミズキたちと民宿に戻り、リンに声をかけられるまで部屋で待つことにした。
日中は高温多湿なのだが、夜になると気温はそこそこ下がる。
窓を開けて座布団に座っていると、外から涼しい風が入ってきた。
それと一緒に聞き慣れない虫の音、謎の動物の鳴き声が届く。
ゆったりした時間が流れた後、部屋にリンがやってきた。
「店じまいが済んだので、マスターが来てほしいそうっす」
「ありがとう。お仕事お疲れ様」
「どういたしましてっす!」
リンと言葉をかわしてから、民宿を出てマグロ三昧に向かった。
目的地につくと、魔力灯がほのかに光を保っていた。
閉店した後で明るさを調整したのだろう。
店の正面に人影があり、すぐにそれがオルスだと分かった。
「お疲れ様でした」
「では、海岸まで歩こうではないか」
「ここだとダメですか?」
不審に思ったわけではないが、確認した方がいいと判断した。
「夜の海もいいものだ。気が乗らぬならやめておくが」
「いえ、せっかくなので行きましょう」
こちらの言葉にオルスは小さく頷いた。
そして薄明かりの下で、彼は親しげな表情を見せたような気がした。
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