マグロ丼と膨大な魔力量

 俺とミズキもアデルに続いて、客車から外に出た。

 魔力灯が煌々と明るいことで、マグロ三昧の存在感が際立っている。

 

「これじゃあ、中は見えないか」


 外から中の様子を窺おうとしたが、曇りガラスがはまっていた。


「とりあえず、入ってみるわよ」


 アデルは足取りも軽やかに店の引き戸を引いた。

 

「……えっ?」


 彼女は中の様子に目を向けた後、今度は同じ戸を閉じた。


「何かありました?」


 アデルの様子を不思議に思いつつ、彼女に近づいて問いかけた。


「す、すごい魔力量……あれはきっと魔王よ」


「本当にいたんですか!?」


 自分の目で確かめたくなり、引き戸に近づいた。

 開けようと手を伸ばしたところで、自動ドアのように戸が動いた。


「――うわっ」


 入り口の向こう側に屈強な身体つきの男が立っていた。

 艶のある白髪と褐色の肌、彫りの深い顔立ちが目にとまる。

 和の要素ゼロの風貌なのだが、小豆色の作務衣を身につけている。


「――客かと思ったが、どうかしたか?」


 男は存在感のある声で言った。

 アデルの言葉通りなら、彼が魔王ということになるが。


「……ちょっといい?」


 男を前にして立ちつくしていると、アデルが服の袖を引いた。

 無言で彼女に従って、店の前から少し離れる。


「先に入ってるよー」


 俺たちを横目にミズキとアカネはマグロ三昧へと入っていった。

 男はこちらを一瞥してから店に戻った。


「……何か異常でも?」


「あの男、魔力量がとんでもないわ。魔王なんて与太話と思っていたけれど、本当にいるのかもしれない」


「今まで会ったことのないタイプとは思いましたけど、そんなに魔力があるなんて」


 男との距離は近かったが、そこまでの魔力は感じなかった。

 アデルほどの経験はなくとも、膨大な魔力ならば気づくはずなのだが。


「方法は分からないけれど、簡単に見破られないようにしているみたい」


「信じる人が少ないとはいえ、魔王が実在するとなれば大騒ぎですから、看破されないようにしているのかもしれません」


 これ以上の長話は魔王に警戒心を抱かせることになる。

 無害な存在であるかは分からないが、現時点では刺激しない方がいいだろう。


 俺たちは入り口に向かい、何ごともない様子で中に入った。


「マスター、お客さんっす」


 今度は魔王と思われる男ではなく、元気な声の少女に迎えられた。

 彼女は前かけをしており、給仕を手伝っているようだ。

 日焼けした肌と雰囲気から、地元の人間だと思われた。


「あそこの人たちの連れです」


 少女にそう伝えて、先に入ったミズキたちと合流した。

 テーブル席の椅子に腰を下ろし、店の状況に目を向ける。

 地元客と観光客が半々ぐらいの比率だった。


「やっぱり、マグロ三昧って名前だけあって、マグロ料理が中心みたいですね」


「どの料理も美味しそうー。ここを選んで正解だったね。あとこれ、お品書きだよ」


 ミズキが見やすいように向きを変えてくれた。

 お品書きにはマグロを使った料理の名前が並び、好奇心と食欲が刺激される。

 まずはシンプルなものを注文して、その後にお腹に余裕があれば追加で何か頼めばいいだろう。


「俺は決まりました」


「私も決まったわ」


「おおっと、二人とも早いね。あたしは気になる料理がいくつかあって――」


 ミズキが言いかけたところで、店員の少女がグラスを運んできた。


「こちら、サービスのジャスミン茶っす!」


 薄めたウーロン茶みたいな見た目のお茶がグラスに入っている。

 彼女は人数分のグラスを置いてから、ミズキに声をかけた。


「お客さん、うちのおすすめはマグロ丼っす。近くの漁港で水揚げされた新鮮なマグロを使っていて、とっても美味しいっすよ」


「そうなんだ。あたしはそれにしようっと。アカネは決まった?」


「はい、すでに」


「じゃあ、注文いいですか?」


 ミズキがたずねると、少女は注文を取るための紙と鉛筆を取り出した。


「ご注文をどうぞ!」


 結局、四人全員がマグロ丼を頼むことになった。

 注文内容を控えた少女はカウンターの方へと歩いていった。

 魔王と思われる男はそこで黙々と料理を作っている。


「あんまり怪しい感じはしないですけど、本当にそうなんですか?」


「魔力量からして、ただの食堂の主人ってことはないわ。直接たずねるのは気が引けるけれど」


「どんな反応が返ってくるか分かりませんし、今日はマグロを味わうだけでいい気分になってきました」


 アデルと小声で話していると、向かいの席のミズキがじっとこちらを見ていた。

 

「もしかして、例の話?」


「はい、そうです。店の中で具体的な名前は出さないようにしてください」


「うんうん、大丈夫」


 ミズキが理解を示したことに胸をなで下ろした。

 彼女の直球な性格を考慮すれば、店主が魔王であるかを確かめそうだった。


「――待たせたな、マグロ丼だ」


 渋い声がして、店主がすぐそばにいることに気づいた。

 言葉では形容しがたい迫力があり、思わず背筋に緊張が走る。

 

「はい、お待ちどお! マグロ丼っす」


 店主と少女が二つずつどんぶりを運んできて、机の上に四つのどんぶりが並んだ。

 

「わおっ、すごいボリューム」


「これでもかとマグロが盛られているわ」


「ふむ、食べごたえがありそうだ」


 俺たちの反応を引き出すほど、盛りだくさんの切り身が乗っていた。

 新鮮な赤身がどんぶりの高さを上回り、白米よりも多いんじゃないかと思えるほどに重ねてある。

 魔王が魔王であることを気づかれないように、マグロ丼へ注目を向けさせようとしている――そんな考えは邪推だろうか。


 ひとまず箸を取り、マグロ丼を食べてから考えることにした。

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