美しい夕日と食堂の発見

 俺たちは町の入り口付近で牛車に乗り直して、宿と食事ができる店を探し始めた。 

 この時間帯は夕食の準備などがあるのか、人通りはあまり多くない。

 空き家などはないようで、どの家からも生活の気配が感じられた。


「姫様、よろしいでしょうか」


「何かあった?」


「ゼントク様より頂いた地図に、『ヤルマの西の浜から夕日を見るべし。要チェックや!』と書かれているのですが」


 客車はそこまで広くないため、二人の会話が聞こえてくる。

 アカネが使っていた地図はゼントクが用意したものだったらしい。

 

「ちょうどいい時間帯だし、ありなんじゃないの」


「すみません、話が聞こえてしまって。俺も見てみたいです」


「よしっ、行ってみようか」


 俺とミズキが同意して、その後にアデルの承諾があった。

 せっかくなのでと牛車は西の浜へと向かった。


 町の中を通過すると、途中から人工物が少なくなった。

 道の両脇には見たことのない植物が生えている。


「牛車はここまでにして、あとは徒歩で向かうべきかと」


 砂浜が見えてきたところで、アカネが牛車を停めた。

 水牛の踏破力なら進めそうだが、負担をかけないようにしたいのだろう。

 それに先へ続く道幅は少し狭いようだ。 


 俺たちは客車から外に出て、砂浜の方に足を運んだ。


「すごい! 砂がたくさんある!」


 ミズキは砂浜を前にしてテンションが上がり、ステップするように踏みしめている。

 アカネはかすかに表情を緩めて、そんな様子のミズキを微笑ましげに見ていた。


「海はいいもんですね。波の音とかどこまでも続く海の広さとか」


「海のないところで育ったから、こんなふうに開けた場所は不思議な感じがするわ。それと潮の匂いは好きよ」


 前を行く二人に遅れて、俺とアデルは歩いていた。

 近くでは地元民や観光客に見える人たちが夕日を眺めている。

 日中の暑さを考えれば、夕涼みをする人もいるかもしれない。 


「おーい、こっちこっち!」


 ミズキの様子を遠巻きに見ていたが、波打ち際に近づいた彼女が声をかけてきた。

 とても楽しんでいるようで、海水に触れようとしたり、飛び跳ねてみたりと忙しそうにしている。


「ははっ、呼ばれてますよ」


「やれやれ、海の水は浴びたくないけれど、付き合ってあげるわ」


 俺とアデルは砂浜を歩いてミズキの元へと近づいた。

  

「これだけの水が寄せては返して、どこまで流れていくんだろうね」


「いやー、どうでしょう。世界の向こう側までとか」


「私もさっぱりだわ。遥か彼方は開拓されてないらしいもの」


 楽しい時間ではあるのだが、何やら深遠な雑談が始まっていた。

 ある程度の沖合までは途中にある島々などの情報があるものの、さらに先になると未開とされている。


「姫様、夕日がきれいです」


「おおっ、すごくきれい」


 アカネが控えめにミズキに伝えた。

 俺とアデルもミズキと同じように夕日へと視線を向けた。


「地平線に沈む夕日とは趣きが違いますね」 


「ガルフールとも違った雰囲気で、とてもきれいに見えるわ」


 俺たちだけでなく、砂浜周辺にいた人の大半が同じ方向に注目していた。

 見る者を魅了するような美しさが夕日にあるように感じられた。


 砂浜で夕日を眺めてから、俺たちは牛車へと戻った。

 水牛は少しお疲れのようでうとうとしているところだった。


「水牛の調子はどうですか? あまり詳しくないので、見ただけでは分からなくて」


「この子たちはヤルマみたいなところが発祥だから、いつもより元気だよ。今日は歩いた分だけ、ちょっとだけ疲れたみたいだけど」


「なるほど、それなら安心です」


 ミズキは話を終えてから、水牛を軽く撫でて客車に上がった。  

 

 ついさっき夕日が沈んだところで、先ほどよりも暗くなっている。

 アカネが牛車用の松明に点火したため、移動に困るほどではない。


「先に宿を探す感じですか?」


 客車が動き始めてから、ミズキにたずねた。

 すでにホーリーライトを唱えてあり、車内は明るさが保たれている。

  

「ヤルマは観光に来る人がいて宿は何軒かあるから、まずは夕食からにしようって」


「それはアカネさんが?」


「うん、そう」


 ミズキは元気なままだが、水牛と同じように少しばかり疲労感が窺える。

 砂浜で動き回っていたので、その分の疲労が蓄積したのかもしれない。


「そういえば、砂浜から町の方に入ってきてから、魔力灯が見える気がするんですけど……」


「魔法を使える人がほとんどいないから、サクラギでは見かけなかったものね」  


 アデルも同じように感じたようで、こちらに同意を示した。


「もしかしたら、ヤルマに移住した魔法使いがいるとか?」


 ミズキが冗談めいた口調で言った。


「ランス王国周辺だけでもたくさんいるので、その可能性もありえなくはないと思います」


 仲間同士で世間話をしつつ、牛車が目的地に着くのを待つ。

 やがて道の先で一際明るい魔力灯が目に入った。


「田舎らしからぬ明るさですね」


 煌々と光を放つ魔力灯に目を見張った。

 その光の隣には食堂のような建物が見える。


「マルクくん、気づいた?」


「はい、食堂が見つかりましたね」


 さらに近づいていくと、店の看板を目視することができた。


「ええと、『マグロ三昧』ですか……」


 食堂は素朴な雰囲気の板張りの建物で、入り口の上に大きな看板がかけてある。

 そこに店名が大きく書かれていたのだ。


「ふふっ、面白そうな店じゃない」


 牛車が停まったところで、アデルは楽しそうに客車を出ていった。

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