水牛の復活と移動再開

「教えてくれて、ありがとうございました」


「いや、礼を言いたいのはこっちだ。あいつを眠らせてやるために旅籠を解体する決心がついた」


「お節介かもしれませんけど、弟さんとの思い出は大丈夫ですか?」


 男にそうたずねると静かに目を閉じた。

 少しの沈黙の後、目を開いて言葉を続けた。


「……もういいんだ。町から人を呼んでしっかり弔ってもらうつもりだ」


 男は過去の呪縛から解き放たれたように、すっきりした顔をしている。

 これまでは、主人とその家族に起きたことが心残りだったのだろう。

 死んだはずの彼らが現れて宿泊客をもてなしたことを聞けば、旅籠の取り壊しを決断しづらかったはずだ。


「お邪魔しました。俺たちは失礼します」


「これから出発するところで、呼び立ててすまんな」


 男の声は穏やかだった。

 最初とは別人のように思えるほど。 


 俺とアデルは男の家を後にした。

 敷地から道に出て旅籠の方に歩いていく。

 

 二人で歩き始めたところで、牛車がこちらに向かってきた。

 アカネが御者台に乗り、ミズキが傍らを歩いている。


「おーい、ヤルマに出発するよ」


 ミズキはこちらに大きく手を振った。

 彼女の様子からして、水牛は元気を取り戻したのだろう。

 そのまま牛車は近づいてきて、俺たちの正面で停まった。


「地元のおじさんに呼ばれたみたいだけど、どんな話だった?」


「……旅籠の過去についてです。特に問題ないので、このまま出発しましょう」


「具体的なことを知ると怖くなるから、聞かないでおくよ」


「ははっ、そうですか」


 ミズキは耳をふさぐようにして、大げさな動きを見せた。

 今回は色々とありすぎて、さすがの彼女でも怖かったようだ。

 科学が発展しているならともかく、サクラギは近代国家ではないので、目に見えない何かを恐れたとしても恥ずかしいことではないだろう。


「ふふっ、ミズキにも怖いものがあるのね」


「ぐぬぬっ、アデルはアンデッドが苦手なのに……幽霊は怖くないなんて反則だよ」


「ヤルマに行くんでしょ。さあ出発するわよ」


 アデルはミズキに発破をかけるに言って、足早に牛車へと乗りこんだ。

 そんな彼女に続いて、ミズキも中に入った。


「引き続きお願いします」


「うむ、旅籠の件は片づいたのだな」

 

「はい、問題ありません」


 アカネの顔を見て答えると、彼女はかすかに表情を緩めて頷いた。

 

 水牛が復活をしたことで、移動が再開できるようになった。

 今回は無事で済んだものの、目に見えない相手はこりごりだと思った。


 雲の切れ間から覗く太陽の下、牛車は前へ前へと進んでいく。

 昨日の雨の影響で道の状態が悪くなり、ところどころにぬかるみがある。

 しかし、水牛はそれを苦にする様子はなかった。


 車内で進み具合を見ながら、その足運びを感心して見ていた。

 仮に馬車の移動だった場合、ここまで順調に進めはしないだろう。

 ランス王国に持ちこめば水牛が流行しそうな気はするが、サクラギと異なる気候に順応できるかは予想できない。


 移動中に天気がいい時は牛車の幕は上がっており、車内から御者台と水牛の後ろ姿を目にすることができる。

 のんびりしているようで力強いところは、どこかハンクを思わせる気がした。

 

 取りとめもなく、昨日の出来事を思い返したり、実際の魔王はどんな存在なのかを考えるうちに、牛車は先へ先へと進んでいった。

 道沿いに民家が見えることもあれば、水田や畑が見えることもあった。


 しばらく経った後、風に乗ってだしのような香りが漂ってきた。

 今日は朝食抜きなので、気づけば空腹感が刺激されている。

 

「アカネさん、何かいい匂いしませんか?」


「この近くに地元でよく食べられている、南国そばという麺料理の店があったはず」


「そろそろお昼だしお腹が空いたから、そこに寄ろうよ」


「もとよりそのつもりです。牛車を停めたら参りましょう」


 アカネはミズキの空腹具合を把握しているようだ。

 ちょうど進行方向に食堂っぽい店が見えてきて、牛車は道の脇へと移動した。


「三人で盛り上がっていたわね。南国そばなんて聞いたことがないから、どんな味なのか気になるじゃない」


「俺も初めてで、興味が湧きました」


 アデルと会話をしながら客車から外に出る。

 ヤルマに近づいているみたいで、湿度が増して気温も高かった。

 食堂に目を向けると横長の平屋で橙色の瓦屋根がまぶしい日差しを受けている。


 俺たちは列になって歩いて、順番に店の中に入った。


「はい、いらっしゃい」


 来店を歓迎するように給仕中の女が言った。

 従業員は彼女一人のようで、お客はまばらだった。

 おそらく、彼女が店主なのだろう。


「四人なら、あっちの席を使ってもらえる?」


「はい、分かりました」


 彼女が示した席へと移動すると、机と座布団が置かれた座敷席だった。

 全員が腰を下ろしたところで、店主の女がグラスを持ってきた。

 

「うちはお品書きとかなくてね、南国そばしかないよ」


「それが目当てなので、大丈夫です」


 俺とアデル、ミズキは並盛りを注文して、アカネは大盛りを注文した。

 一見細身のアカネが大盛りを頼んだからなのか、店主が「多いけど大丈夫?」と確認していった。


 外が蒸し暑かったこともあり、出されたグラスに口をつける。

 適度に冷えたお茶で独特の風味があるが、種類は分からなかった。


 建物の内装はサクラギと趣きが異なり、風通しがよくなるような工夫がされている。

 地球でも同じような土地があるはずだが、湿度が高いと自然にそういう造りになるのだと思う。

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