南国そばとお肉の角煮

 どこか郷愁を感じさせる内装に見入っていると、木製の盆にどんぶりを乗せた店主が近づいてきた。


「はい、お待たせ! 先に並盛り三つね」


 湯気の浮かぶどんぶりが机の上に乗せられていく。

 やはりここでもフォークはないようで、人数分の木箸が用意された。

 少しげんなりしつつ、自分の分のどんぶりを手元に寄せる。


「お先にどうぞ、拙者の分もすぐに来そうですから」


 アカネは三人が待っているのに気づいて、そう声をかけた。


「そだね、先に食べるよ」


 ミズキは笑顔を浮かべて、箸を手に取った。


「いただきまーす」


「「いただきます」」


 目の前の箸を握って、手元に視線を向ける。

 何度か箸を使うところを見せているのだから、そろそろ使えるようになっていても気に留めないのではと考えた。

 少し楽観的な気もするが、深く考えないようにして食べ始めることにした。


 どんぶりの中の汁は半透明で麺は少し太めだった。

 トッピングに豚の角煮みたいなものと青ネギ、紅ショウガが乗っている。

 

「はい、美人のお姉さんの大盛りね」


「ふむ、美味しそうだ」


 食べようとしたところで、アカネの分が出された。

 どんぶりは並よりも大きく、麺の量も多そうだ。

 注文時、店主が量の確認をしたのも理解できる。


 アカネは表情の変化が乏しいものの、どんぶりを引き寄せる様子から喜んでいることが分かった。

 彼女が食べ始めたのを見て、自分の手元に意識を向けた。

 

 どんぶりに手を添えて、麺へと箸を伸ばす。

 箸で掴んで口の中へ運ぶとだしの風味が伝わってきた。

 麺自体は食べやすい固さでのどごしがよい。


「うん、美味しいですね」


 そう言って周りに目を向けると、三人とも食べるのに夢中だった。

 こちらの視線に気づいたアカネが気まずそうに目を逸らした。

 美味しいものを食べられるのはいいことなので、邪魔をしないでおこう。

 

 続いて麺の上に鎮座した豚の角煮風に箸を伸ばす。

 どう見ても美味しそうな見た目で、一気に口へと運んだ。


 しっとりとして甘みがあり、適度な噛みごたえがある。

 使われている豚肉自体に脂が乗っており、ジューシーな仕上がりだ。

 薄く切られているのは、しっかりとそばを味わわせるためだろう。


 ちなみにランス王国周辺に養豚は存在せず、イノシシを食べる習慣しかないので、この肉もイノシシかもしれない。

 そんなことを考えつつ、二切れ目を掴んで口へと運ぶ。


「おばちゃん、ちょっといい?」


 ふいにミズキが店主に声をかけた。

 お茶のおかわりでも頼むのだろうか。


「はいはい、お嬢ちゃんも並盛りじゃ足らないかい?」


 店主は明るい笑顔を見せて言った。


「あははっ、そこまで大食いじゃないけど! お肉を煮たのを追加で頼める?」 


「ああっ、イノシシの角煮だね。どれぐらいいる?」


「あたしと……みんなはいる?」


 ミズキの呼びかけに俺を含めた三人が反応した。


「私も何切れかもらえるかしら?」


「俺もお願いします」


「拙者は麺がたくさんあるので、少しだけ」


 四人から追加の注文を受けて、店主は顔をほころばせた。


「この辺じゃありふれた料理なんだけど、そんなに気に入ってくれてまあ、うれしいじゃないか」


「それじゃあ、よろしくね」


「はいよ、ちょっと待ってもらえるかい」


 店主はご機嫌なようで、足早に厨房の方へと向かった。


 自分のどんぶりには麺がまだ残っているため、ひとまずすすって待つ。

 何度か口へ運ぶうちに気づいたのだが、南国そばの雰囲気は沖縄そばに似ているように感じた。

 サクラギが和風国家であったり、根本的に偉大なる者――謎の老人――が創造した世界であることを踏まえるなら、日本をモデルにした可能性もある気がした。


 あの老人に会って久しいが、あれから会っていない。

 実質的にこの世界の神のような存在なので、おいそれと気軽に会えるはずもないのだが。


 南国そばを食べながらそんなことを考えていると、店主が大皿を持ってやってきた。

 皿の上にはごろごろとイノシシの角煮が転がっている。

 俺たちの反応に気をよくしたようで、気前のいい盛りつけだった。


「はい、お待たせ! たっぷり乗せといたよ」


「うわぁ、ありがと!」


「けっこうなボリュームね。食べきれるかしら」


「これはいい。食べごたえがある」


 ミズキ、アデル、アカネの三人は目を輝かせている。

 そして、すぐにミズキが箸を伸ばした。


「いただきまーす」


「姫様、拙者も頂戴します」


 続けてアカネが角煮を持っていった。

 念のため、俺も一つ回収しておく。 

 

 出されたばかりの角煮を箸で掴むと存在感に目を奪われた。

 南国そばの上に乗せられたものは薄めに切られているが、こちらはそれよりも厚みがある。

 

「美味しそうなのに、後回しにするのはもったいないか」


 俺は後回しにするのをやめて、そのまま口の中に放りこんだ。

 噛めば噛むほど肉汁がにじみ出て、濃厚な味が広がる。


「イノシシの肉をこんな調理法で食べるのは初めてだわ」


「アデルも初めてなんですね」


「イノシシは焼くことが多いし、煮るにしてもスープみたいにすることがほとんどね」


 アデルはほくほく顔で角煮を食べている。

 皆の顔が和んでいて幸せな光景のように見えた。 

 

「……姫様、その辺りでお控えください」


 するとそこで、アカネの遠慮がちな声が聞こえた。

 油断していたら、大皿の上の角煮が減っている。


「ごめんごめん、ついつい美味しくって」


「私もまだ食べるから頼むわよ」


「うん、これは――おばちゃん、おかわり!」


「はいよ、まだあるからね」


 ミズキの呼びかけに店主が威勢よく応じた。

 これでは大食い家族のようだが、角煮の備蓄はまだ足りるようだ。

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