いなくなった者たち

 俺が扉を見た場所からアデルと二人で廊下を引き返した。

 いよいよ不審な点が多くなり、ミズキたちにも状況を共有しなければならない。

 

 部屋の近くへ戻ったところで、最初にアカネのところへ声をかけた。

 彼女が出てきてから、続いてミズキのところに向かった。


「はいはい」


 ミズキは緊張感のない様子で部屋から顔を出した。


「お休みのところ、すみません」


「どうしたの? 三人揃って」


「ちょっと四人で話したいことがあって……」


 ただならぬ様子を察したのか、ミズキは部屋に入るように促した。


「……失礼します」


 俺たちは順番にミズキの部屋に入った。

 この部屋は俺の部屋よりも広く、二人以上で泊まれるように思った。


 全員が部屋に入ったところで、ミズキは人数分の座布団を並べた。

 彼女に礼を言って腰を下ろす。 

 四人が座ったところで四角を作るような並びになった。


「実は旅籠に不審な点がありまして」


「えっ、そうなの?」


 ミズキは不審な兆候を感じていなかったようだ。

 このことを初めて知ったというような反応だった。


「俺とアデルから順番に話しますね」


 アデルに視線を向けると小さく頷いた。

 俺は起きたことを順番に話して、アデルはアンデッドの気配と扉の細工について話した。


「――まるで、お化け屋敷みたいだね」 


「……そういう見方もできますね。今夜一人になるのは危険だと思うので、一つの部屋で寝るのはどうでしょう。ここなら四人分の布団を敷くことができそうです」


 こちらが提案すると、アカネだけが背筋をピンと伸ばして反応を示した。


「予断を許さない状況ではあるが、貴殿も同室ということか」


 反対しているわけではないが、抵抗があるように見える。

 ミズキへの忠誠心が高く、アカネが難色を示すのは理解できなくもない。


「あたしは別にいいけど。一緒の布団で寝るわけじゃないし」


「そ、それはもちろんそうです」


 ミズキの発言を受けて、よからぬ想像をしてしまった。

 彼女と同衾などした日にはアカネに抹殺されること間違いなしだ。

 己の命を賭けるほどの思い入れがミズキにあるわけではない。


「うーん、雨が強くなってきたね」


 ミズキが窓の外を見て言った。

 この部屋も竹林が近く、不気味な暗がりが窓の向こうに広がっている。


「水牛が心配ですか?」


「多少の雨なら耐えられると思うけど、今日は疲れ気味だったからね。この空模様なら敷地で雨宿りさせてもらった方がよさそう」


 ミズキは水牛を移動させると言って、部屋から出ていった。

 アカネはその後に続いて、彼女も部屋を後にした。 


「行かせちゃってよかったですかね」


「アカネが一緒なら大丈夫じゃない? 私たちは部屋に残りましょう」


「はい」


 窓に打ちつける風雨が強まり、徐々にその音が大きくなっている。

 水牛が本調子でないのなら、ミズキの言うように屋根下や物陰で休ませた方がいいだろう。

 俺とアデルは言葉少なにミズキたちが戻ってくるのを待った。


「……遅いわね。何かあったのかしら」


 しばらく待機を続けた後、アデルがおもむろに口を開いた。

 俺も同じようなことを考えていたところだ。


「様子を確かめた方がいいかもしれません」


「もう少し待って戻らないようなら、その方がいいわね」


 不安になりながら二人を待つ。

 アデルと意見を合わせた少し後、ミズキたちは部屋に戻ってきた。

 部屋に入ってきたミズキを見て、顔色が優れないことが気になった。


「水牛は大丈夫でした?」


「うん、ちょうど雨風を除けられるところに移動できたんだけど……敷地の中になるから旅籠の人に確かめようとしたら、どこにも見当たらないんだよ」


 ミズキを疑うわけではないが、たまたま見つからなかった可能性もある。

 今度はそこでアカネが戻ってきた。


「拙者が彼らの気配を探ってみたが、主人と女衆(おなごし)はいなくなっていた。理由は想像もつかないが、彼らは自分の足で離れたのではないか」


 彼女の表情からは戸惑いの色が窺える。

 述べた見解に確信がないようで、断定的な言い方は避けたようだ。


「そういえば、みんなはお風呂に入った?」


 ミズキが風呂の話題を切り出した。

 会話の流れとは関係ない気がするが、旅の途中で汗を流すのは欠かせないことだ。


「いえ、まだです」


「私もまだね」


「拙者も入っていません」

 

「うんうん、そうか。あたしもまだなんだ」


「風呂に入るのはいいですけど、入浴中に無防備になりそうですね」


 ミズキの提案に水を差したくなかったが、大事なことなので進言した。


「とりあえず、交代で見張りをすれば入れるよね。マルクくんが入る時はちょっと離れて見張りをするから。異変に気づいたら大きな声で叫ぶように」


 ミズキはいたずらっぽい調子で言った。

 シリアスな状況になりつつあるが、いつものペースを維持している。

 彼女は度胸があることを再認識した。


「どのみち、今晩はここから離れるのが難しいですから、腹を括ってすごした方がいいかもしれません。それに不可解なことが多すぎて、どれだけ考えても答えは出そうになくて」


「そうそう、旅籠の人がいなくなったのには驚いたけど、アカネも一緒だし何とかなるかなって」


 ミズキはいつも通りの調子に戻っていた。

 今後のことについて考えるのは、風呂に入ってさっぱりしてからもで遅くないのかもしれない。

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