くつろげない露天風呂
こうして、四人揃って浴場に移動することになった。
それぞれ必要なものを手にして、ミズキの部屋を出る。
「この扉、外から鍵がかけられないから不便なんですよ」
「誰もいないみたいだから、心配いらないでしょ」
ミズキは施錠について気に留めることなく、廊下を歩き始めた。
彼女は普段通りだが、アデルとアカネは表情に硬さが見える。
ほとんど会話がないまま、帳場の前を通過して浴場の前に着いた。
「男湯と女湯が分かれてますけど……」
「あたしたちが先に入るから、マルクくんは廊下の見張りをよろしく」
「……できたら早めに出てもらえるとありがたいです」
ここに一人で待つのもそれなりに恐ろしい気がするが、男湯に一人だけで入るのはさらに心細い気がする。
丸裸の状態で近くに誰もいなければ無防備なことこの上ない。
三人が女湯の戸を開いて中に入った。
当然ながら最後に戸は閉じられる。
そうなると廊下に人の気配はなく、無音の状態に寒気を覚えた。
「本当に誰もいないんだよな」
他の宿泊客はもちろんのこと、主人と給仕の女の姿も見当たらない。
この辺りの住人の基準は分からないものの、旅籠を営む者が早々に寝静まるとは考えにくいだろう。
「頼むから、三人とも早く出てきてほしい」
そんな嘆きをこぼしつつ、アデルたちが出てくるのを待った。
立ちっぱなしでは足が疲れることに気づき、途中から床の上に腰を下ろした。
時間の感覚が分からなくなりそうなところで、誰かが戸を引いて出てきた。
「お待たせ。もう少ししたらアデルとアカネの着替えが済むから。その後に男湯へ入りなよ。ちなみに見張りは誰がいい?」
ひょっこり顔を出したミズキがメニューは何がいいかというように気軽な感じでたずねてきた。
切迫した状況であれば、三人の中で一番強いアカネ一択だろう。
アデルは魔法が得意なものの、戦い向きというわけではない。
「では、アカネさんで」
「へい旦那、アカネをご指名で」
ミズキは意味ありげにニヤリとした後、女湯の中に戻った。
そして少し経ってから、アカネが姿を現した。
風呂上がりの彼女の顔は上気しており、身体からはほんのりと湯気が上がった。
衣服は日中の活動しやすい装いから、無地の小袖のようなものに着替えている。
「じゃあ、お願いします」
「ミズキ様からのお達しである以上、貴殿の入浴を何人たりとも邪魔はさせぬ」
「……ははっ、気合が入ってますね」
女湯でミズキが何を吹きこんだかは分からないが、アカネはやる気がみなぎっている。
単に風呂に入って気晴らしができただけかもしれないが。
俺は男湯の戸を引いて、脱衣所へと足を踏み入れた。
やはり人の気配はなく、室内は静まり返っていた。
「これから服を脱ぐので、向こうを向いてもらっても……」
「安心して着替えられよ。覗くような真似はせぬ」
ミズキはあぐらをかくようなかたちで、床にどっしりと腰を下ろした。
鞘に入った刀を抱えて、こちらに背中を見せている。
俺はそそくさと服を脱ぎ始めた。
背を向けているとはいえ、異性が目と鼻の先にいるのは落ちつかない。
男同士で組む方が無難な組み合わせだが、今はハンクがいないので諦めよう。
「それじゃあ、風呂に入ってきます」
「遠慮せずゆっくりと浸かるといい」
アカネ自身がゆっくり入ることができたからなのか、彼女から聞いた覚えのない気遣いを感じる言葉を口にした。
どこかむずかゆくなるような気分になりつつ、浴室の戸を引いて中に入った。
もしもの時に備えて、閉じずに開いたままにしておく。
内湯を予想していたが、露天風呂だった。
行灯が濡れないような位置に設置されており、暖色系の明るさがいい雰囲気を出している。
ここまでの出来事がなかったかのように、くつろげそうな場所だ。
俺は手桶でかけ湯をしてから、湯船に足を入れた。
ほどよいお湯加減でゆっくり浸かれそうだ。
「さてさて、外の眺めはどんな感じか」
雨と風の影響もあり、見通しが悪くなっているかもしれない。
あまり期待せずに湯船の中から外側に視線を向ける。
「……あれっ」
不気味さを感じさせる竹林は露天風呂の近くにも生えていた。
行灯の明るさでほのかに照らされているが、深い闇を思わせるような気配が左右に広がっている。
「これはちょっと……」
首の近くまでお湯に浸かっているものの、背中から首筋の辺りに冷たいものが走った。
少女の幻影を見たことも影響して、不穏な気配が自分の内側で伝播するような感覚になる。
恐る恐る脱衣所の方を振り返った。
戸は開いたままで奥の方にアカネの背中が見える。
彼女の姿を目にして、緊張感が和らいだ気がした。
「……うん、身体を流して出るか」
俺は湯船を出てから、頭や身体を洗うために貯められたお湯を使った。
髪の毛まで洗うと乾かすのに時間がかかるため、首から下だけを流すことにした。
最後に顔を軽く洗って、入浴を済ませた。
浴室から脱衣所へと戻り、荷物の中からタオル代わりの布を出して身体を拭く。
寝間着用の衣服に着替えてから、アカネの方に近づいた。
「お待たせしました」
「慌てずともよいのだが」
「今日は色々あって落ちつかない気分なので、これで問題ありません」
「そうか、では姫様と合流しよう」
俺とアカネは男湯を後にした。
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